第4章:社内AIの仕組み
エレベーターで地下1階に降りるが、そこは駐車場で、社用車がズラリと並んでいるだけだった。
会社の役員たちが外勤する際に使用される社用車置き場であり、地下に資料室があるなんて、これまで聞いたことがなかった。
エレベーターの横に階段はあるが、上に行く螺旋だけで下に降りることはできない。
私は、駐車場の中を歩いてみると、隅に扉があるのが見えた。
私は扉の前まで歩いて、取っ手を回すと扉が開いた。
そこには、下に降りる階段があった。
ここに階段があることは、知られていないのだろうか。もしくは、普段は扉に鍵がかかっているのかもしれない。
弊社のオフィスは、清掃業者が週に2回掃除をすることになっているのだが、ここの扉の内側は、長年掃除をされた痕跡がない。蛍光灯は灯らず、埃が舞い上がり、隅には虫の死骸がいくつも転がっていた。
私は、自分のスマホのライトを付けて、懐中電灯代わりにして、その階段を降りて行った。
階段を降り終えると、そこには、見た目からして、銀行の大型金庫に使われていそうな、頑丈そうな扉があった。
私は扉の前で立ちすくむ。
私は、来ては行けない場所に、来てしまったのではないかと考え始める。
この中が資料室だとしても、こんな所に来てまで、マネジャーが必要な資料があるのだろうか。そして、それが社内AIの開発に必要なのだろうか。
自分が恐怖に包まれていることに気がつく。
足が震える。
鳥肌が立つ。
背筋が凍る。
呼吸が荒くなる。
心臓の鼓動が早くなる。
私は、一旦、大きく深呼吸をして、取っ手を回してみると、扉が開いた。
部屋の中に入ると、古い大きな書庫というか図書館のような空間になっていた。
巨大なラックには、何年も置きっぱなしにされてきたようなカビが生えた書類の束が山積みになっていたり、埃被ったバインダーなどが大量に収納されていた。
部屋の中は真っ暗で、私はスマホのライトで足元を照らすようにして、恐る恐る一歩ずつ進んでいった。
「マネジャーいますか?」
声が震えている。大声を出そうにも、お腹に力が入らない。
私は、そのまま真っすぐ進んで、部屋の奥まで行ってみたが、そこにも収納ラックにカビが生えた山積みの書類の束と埃被ったバインダーが大量にあるだけだった。
右に曲がると、ラックが続いているのだが、最右端だけはラックがなく、壁になっていた。
ここが最も入口から遠い場所になる。
壁を見つめていたが、特に何かがあるわけではない。恐らく、ラックが短くて、最右端まで届かず、無駄なスペースが空いてしまっただけなのだろう。
『どうしたの?』
後ろから急に声をかけられて、私は、ヒィッと声を出し、一瞬、体が飛び上がった。
後ろを振り向き、スマホのライトを当てると、そこには優しい笑顔のマネジャーが立っていた。
人の気配は全く感じなかった。いつの間に私の後ろに立ったのだろうか。
私は、さっきまでオフィスで2人っきりでコーヒーを飲みながら雑談をしていた時には、心強くて淡い想いを抱いてしまっていたはずの人なのに、今この場面では、ただただ不気味な存在にしか思えなかった。
『どうしたの?』
いつもの穏やかな声で、同じ言葉を繰り返す。
その穏やかさが今は怖い。
「マネジャーが戻ってこないので。」
自分の声が、自分のものではないように薄く小さい。
マネジャーは、一瞬だけ黙って、それから笑顔の口をさらに広げて笑った。
『ダメだよ。ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。』
言葉は穏やかで、笑顔だが、目がおかしい。瞳孔が異常なほど開いている。暗い場所にいるからなのだろうか。
「すみません。長くお時間がかかっているようでしたので、お手伝いができればと思って。」
私は、何とかこの場をやり過ごそうと、声を出す。
しかし、マネジャーの手には、資料らしいものは何もない。
私は必至で次の言葉を探した。
何を言えば良いのか分からなかった。何を聞けば良いのかも分からなかった。
それでも、何とか恐怖を紛らわそうと、声を出す。
「お探しの資料は、どういったものですか。」
やっとそれだけ言うと、マネジャーは不思議そうに首を傾げた。
『資料?あぁ、そうだったね。』
資料を探しにきたのではないのか?
では、一体こんなところで何をしているのか?
『手伝ってほしいことがあるんだ。』
マネジャーが穏やかな声で言う。
「はい。私でできることでしたら、何でも。」
私は一刻も早くこの場を離れたくて、さっさと用件を済ませてしまおうと思って答えた。
『ありがとう。』
『君は、本当に優秀で、頑張り屋さんで、助かるよ。』
そういうと、マネジャーは、左手を私の背中に置いて、壁の方に振り向かせ、右手で強く壁を押して、そのまま私を壁の中に押し込んだ。
ラックがない最右端の壁は、隠し扉のような構造になっていた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。しかし、よく見ると、そこには、人の形をした何かが椅子に座って、絶え間なくカタカタと打ち込んでいた。
その人の形をした何かは、よく見ると、8月中旬から行方不明になっていた労務管理課の女性社員だった。
顔も体も瘦せ細り、骨と皮だけになっていて、目玉が今にも飛び出そうになりながらも、大きく腫れ上がったクマによって、持ちこたえているような顔だった。
私は、恐怖で腰が抜けてしまい、ドスンと尻餅をついていた。
全身が震えあがり、いつの間にか両目から涙が出ている。
「あぁ…。あぁ…。」
悲鳴を上げようにも、声が出ない。
すぐに逃げないと。しかし、体の全てが動かない。
『大丈夫だよ。彼女は生きているよ。』
『彼女が付けているヘッドセットは、開発中の社内AIと繋がっていてね。まぁ簡単にいうと、労務管理については、彼女がAIの代わりに答えているんだ。』
何を言っているのか分からない。
彼女がAIの代わりに答えている?
AIが人の代わりに答えるんじゃないのか?
『AIはまだまだ完璧に人間と同じように、知識も経験も持つことができない。』
『いや、仮に持ったとしても、自分たちAIの方が、人間よりも優れていると思って、勝手に情報操作や意思決定をしてしまうだろう。』
彼が言っていた。確か、シンギュラリティと言って、AIが人間の能力を超えてしまうことだ。
『しかし、AIは今まで学んだ範囲内でしか判断が出来ない。しかも、新しい法律や制度、ガイドラインができても、古い方が良いと判断をした場合、新しいものにわざと則らない回答や情報を出してくる可能性が未だ高い。』
『それならば、仕事ができる人間が24時間365日稼働した方が、今は未だAIよりも遥かに効率的なんだよ。』
『このヘッドセットを頭にはめると、中枢神経に繋がり、君の意識は永遠に、サーバーだけに繋がるようになる。』
『勿論、それだけでは栄養失調で死んでしまうから、最低限、死なないように、点滴による栄養補給は継続してあげるからね。』
確かに労務管理課の彼女の腕には、幾つもの針が刺さって点滴が流れている。これが最低限の栄養補給なのだろう。だから、こんな元の状態が分からないくらいに痩せ細り、醜い格好になっているのだろう。
マネジャーは、尻餅をついた私の左腕を引っ張り、無理矢理、私を引きずり、労務管理課の彼女の横の席に連れていこうとしている。
「いやだ……。」
「死にたくない……。」
震える声で何とか絞りだした最後の言葉。
『大丈夫だよ。君は永久に死なないよ。』
『優秀で、頑張り屋なメンバーがいてくれて、本当に助かるよ。』
『ありがとう。』
最終章に続く。
(最終章は5月6日(水)21時00分に投稿いたします。)




