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「くそっ、協会め、嘘ばかりつきやがって! ここにいるじゃねぇか!」


 男性が口汚く罵り協会の壁を乱暴に蹴りつけると、フレディがますます萎縮していく。グレイスはフレディだけでなく協会職員としての矜持までもを傷つける彼らに、ひと言物申さずにはいられなかった。


「本人の同意のない魔力の搾取は違法です!」


 男の方が眦を上げて突っかかって来ようとしたが、女の方がそれを止めた。おそらく聖騎士の制服を着たエミリオの存在に、ここで手を出しても分が悪いと踏んだのだろう。


 グレイスはエミリオがこの場に居合わせてくれたことをなにより深く感謝した。激高した相手に職員としての対応はできても、応戦はできない。フレディを力尽くで奪われていたかもしれないと思うとぞっとする。


「あんた、協会の職員かい? そこにいるマルコはね、自分の意思で売っていたんだ。魔力じゃなく、その血をね。生活のために。子供では足元を見られるから、あたしらが代わりに売ってやっていた。そうだろう、マルコ?」


 こんなの自分たちが罪に問われないための方便だ。グレイスはぐっと奥歯を噛みしめる。


 猫なで声で話しかけられたフレディはびくっとしたが、グレイスがなにも言わなくていいのよと囁くと、小さくうなずいた気配がした。


「おまえ、今マルコになんて言ったんだ!? どうせ協会はそいつを懐柔して魔力を独り占めするつもりだろう! マルコ、そんなところにいたら飼い殺しにされるだけだぞ! いいからこっちへ来い!」


 男が乱暴に手招きするが、フレディは動かなかった。動けなかったと言う方が正しいのかもしれない。


 エミリオがうっすらと剣呑な空気をまといつつも感情を殺し、聖騎士として一歩前に出て懇切丁寧に対応する。


「彼をあなた方に引き渡すことは、騎士団として承知しかねます」


「なんで騎士団がでしゃばるんだ! そんなことを決める権限はあんたたちにはないはずだよ! その子の後見人は、あたしたちなんだから!」


「いいえ、それがあるんです。彼は騎士団に入団する予定なので」


 なに勝手なことを、とグレイスは思ったが、今は彼に任せておいた方がうまくいく気がして沈黙を貫いた。


「騎士団に入団する? だからなんだ!」


「騎士団とは無縁のあなた方は知らないかもしれませんが……」


 ほんのり嫌味を織り交ぜた前置きをしたエミリオが不敵に言った。


「騎士団に入団すると、魔力は国の所有から、騎士団所有へと完全移行するんですよ」


 エミリオの言うことは正しい。それが子供であれ、騎士団に所属したその瞬間から、親権後見人関係なくその魔力は治安維持のためにのみ捧げられる。


 そもそも魔力を自分の意思で使うことを許されているのは、唯一、聖騎士だけ。魔力を駆使して魔物を屠る。それは聖騎士にのみ与えられた権利だった。


 なんとなく黒い笑みを浮かべているだろうエミリオの顔をわざわざのぞこうとは思わないが、グレイスは代わりにフレディの叔父夫婦をそっと見やる。彼らは明らかに動揺していた。


「あなた方はこの子の後見人を名乗っている。ということは、この子を養う義務を負っているということですよね? 当然、魔力のすべては騎士団のものなので一切合切こちらで管理し、魔力量に少しでも不審な点があれば後見人であるあなた方が相応の罰を受けることを承知で、子供ひとり養育したいと殊勝な主張なさるのなら、どうぞご自由に」


 魔力は騎士団はもらうが、養育費は払え。魔力が減っていたら後見人であるおまえたちが罰を受けろ、と。エミリオはそう言っているのだ。言っていることは正しいのに、真正面から脅しているようにしか見えなかった。


 あちらにとってはなんの得もない話だ。フレディを取り返したいのではなく、フレディの魔力が目的なのだから。


 この様子だと、魔力のない子供の後見人になっていたかどうかすら怪しい。


 そもそも魔力うんぬん関係なく、血液の採取自体、医療行為なので素人が手を出せば違法なのだ。騎士相手にその主張は通らない。せめて血ではなく、涙とごまかしていたら……いや、どちらにせよ無理がある。


 ようやくそのことに気づいたのだろう。彼らの顔色が変わった。


「ちなみにこの子の証言があれば、あなた方をこの場で逮捕することもできるんですよ」


「そんなっ、魔力を売ると言い張ったのはその子だよ!」


 ついに開き直った彼らに、エミリオはグレイスですらぞっとするような低い声でつぶやく。


「誰が魔力の違法売買の罪だと言った?」


 エミリオは彼らへとさらに一歩近づき、怒りのままに吐き捨てた。


「おまえたちがやったことは、児童虐待なんだよッ!!」


 エミリオには彼らを逃す気はないらしい。


 これだけ騒いでいたら野次馬が集まってくるもので、定期巡回していた騎士たちもなにごとかと駆け寄ってきた。


 無駄なあがきで男の方がエミリオに掴みかかろうとしたが、あっさりいなされて両手に縄をかけられた。


 さすがに普段から魔物と戦っているだけのことはある。秒の逮捕劇だった。


 周りがぽかんとしている間に、さくさくと巡回の騎士へとその身柄を引き渡す。


「このふたり、児童虐待でしょっ引いてくれる? で、そっちの取り調べが終わったら、今度はこっちに回して。魔力の違法売買の件で締め上げるから」


「了解です」


 騎士ふたりに引きずられるように、フレディの叔父夫婦は騎士団へと連行された。


「覚えてろよ!」


 その捨て台詞に、エミリオは一瞥さえくれなかった。


 わかってはいたが、彼は聖騎士らしく、個人の利益のために魔力を搾取する人間を心底嫌って軽蔑している。


 そういうところは誰よりも聖騎士の鑑だと思う。


 彼はかがんで、フレディへと目線を合わせると、くしゃりと頭を撫でた。


「これでもう、安心だ」


 フレディはおずおずと顔を上げ、叔父夫婦が連れて行かれるのを遠くに臨み、そしてようやく安堵したのか、その場にへたり込んでしまった。エミリオが両脇に手を入れ、そのまま抱っこする。ぎゅっとシャツを握るフレディの背中を、とんとん叩く仕草は意外と様になっていた。


 フレディは緊張の糸が切れたのか、彼の腕の中で安心したようにうとうとしている。


 グレイスはその様子にひとまず安堵し、ためらいがちにエミリオに尋ねた。


「ですが、いいのですか? まだ騎士団の所属なんかじゃないのに、あんな嘘を……」


 彼は周囲に目を配らせてから、声をひそめてグレイスに耳打ちする。


「むしろこうして声高に宣言しておくことで、この子に手を出そうと考える輩は明確に減らせる。誰も騎士団を敵に回したくはないからね」


 グレイスはそう言われて、はっとした。フレディはグレイス同様多くの魔力を持っている。街の人たちを疑いたくはないが、敵はあの叔父夫婦だけではないのだ。


 金に目が眩んだ人は、本当になにをしでかすかわからない。


 だからエミリオは先んじて、フレディを守るための布石を打ってくれていたのだ。騎士団を利用するような、大それた布石を。


「本当に、ありがとうございます。……わたしでは、対処しきれませんでした」


 自分の無力さが情けない。打ちひしがれていると、エミリオはグレイスの背中もフレディにしていたようにぽんと叩いて励ましの言葉をかけてくれた。


「それは仕方ないよ。騎士団には多くの権限があるけど、協会は基本、慈善事業だし」


 それでも、なにもできなかったことが悔しいのだ。


 手首の魔封じの腕輪をそっと触れる。グレイスができることと言えばこのくらいだ。これがあればフレディが狙われることはなくなる。少なくとも、人間には。


 そっと外すと、エミリオが素早く押し戻した。


「だめだ」


「ですが」


「絶対に、それはだめだ。きみの魔力はおそらく、量も質も桁が違う。その魔力に引き寄せられて魔物が結界を破ってきたら、今度こそ犠牲者が出かねない」


 エミリオは真剣な顔で、再度念を押す。


 街を巻き込む可能性を引き合いに出されたら引き下がるしかない。


 だったらいっそ護身術みたいなものを習おうかと本気で考えはじめたとき、協会内から様子をうかがっていたらしい同僚たちがぞろぞろと出てきた。


「じゃあ、俺はこの辺で。これから取り調べをしないといけないからね」


 もちろん取り調べるのはフレディの叔父夫婦だろう。容赦なく締め上げられるだろうが同情はない。


 グレイスはフレディを引き受けると、片手を上げて颯爽と帰っていくエミリオの後ろ姿を見送り続けた。


 エミリオの姿が見えなくなったところで、ようやくフレディが小さくだが口を開いた。


「かっこいいね」


「そうね」


 このまま恩に着せてグレイスにつき合うことを承諾させることだってできたはずなのに、きっとそんな曲がった考えなど思いつきもしないのだろう。


 少しだけ頑なだった心にそよ風が吹いたように、穏やかな気持ちのまま、もう一度、グレイスは感謝の言葉を唇に乗せた。



**



 エミリオは帰って早々、エバンスに首根っこを掴まれてデスクに押しつけられ、有無を言わさず束になった始末書を書かされることになったが、気分は滅入るどころか高揚したままだった。


「これで確実に俺のことを見直したはず!」


 万が一見直していなくとも、グレイスの憂いの種を取り除けたのなら今はそれでも充分だ。


 それにフレディも叔父夫婦の影に怯えずに暮らせる。


 始末書の十枚や二十枚、安いものだ。


「この後取り調べだとわかってるのか? 口は動かさなくていいからさっさと手を動かせ。権限もないのに容疑者を逮捕して……しかも管轄外のだ。あっちの課長から苦情が入ってるんだぞ。後でちゃんと頭下げて来いよ」


 腕を組んで嘆息するエバンスに、エミリオは不満顔を向けた。エバンスだけは褒めてくれると思っていたのに。


「……悪いやつを捕まえたのに、なんでおまえはそんなに冷たい対応なんだ」


「兼ね合いってものがあるんだよ。魔物みたいに屠って終わりじゃないんだ。人を拘束するためには、裏づけ必要なんだよ。後づけじゃなく、な」


「そんな悠長なことをしているから、あの子は長い間苦しんだんだ。あんな子供が、死に物狂いで逃げて来たのに、許していいのか?」


「はあ? 誰が許すって言った? 罪を犯した人間は、相応の罰を受けるべきだ。だが、そのために必要な裏づけ捜査をすっ飛ばすのは、横暴だって言ってるんだよ」


 エバンスの言うことは正しい。しかしだ、あの場で実力行使に出ていなければ、フレディだけでなくグレイスもなんらかの被害に遭っていたかもしれないのだ。


「俺は、魔力を己の欲のために搾取する連中が、実は魔物よりも嫌いなんだ」


「知ってるよ。俺は同じくらい、魔物も嫌いだけどな」


 むっつりとしながらも始末書と向き合うエミリオの背中を、エバンスはなにも言わずに叩いて行った。


 上に立つものとしてルール違反した部下は叱らなくてはならない。これが彼なりの、最低限の労いだとわかったので、エミリオは少しだけ溜飲を下げた。



**



「ヒュー様? どうかなさいましたか?」


 突然歩みを止めて呆然と立ち尽くしたヒューを怪訝そうに眺めていたグレンが、はっと息を呑んだ。


「っ、まさか!」


 それは期待なのか、不安なのか、そのどちらもか。瞳を揺らす彼の名を、ヒューは縋るように小さく呼んだ。


「グレン」


「……はい」


 ヒューの緊張に引っ張られるように、グレンの声はいつもよりも固く、掠れて聞こえた。きっと自分以上に動揺しているだろうに、ヒューの言葉を待つ姿勢でいる彼へと、深く息を吐きながらも、静かにうなずいてみせた。


「……ああ。間違いない」


 そう答えた自分の声もこわばっていた。それに、ひどく気分が悪い。胸元を冷えた手で握りしめた。


 いくぶん落ち着いてから、それでも心臓は変わらず嫌な音を立てていたが、どうにか冷静に見えるよう努めて居住まいを正した。


 たった今、ほんの一秒にも満たないわずかな間だが、かすかな魔力の波動を感じて衝撃を受けた。


 普通ならば離れていては感じられるはずのない魔力が、まるでここにいると訴えかけるかのようにヒューの脳を直接揺さぶった。


 その魔力の懐かしさに、打ち震える。


 周囲に感じるいくつもの微弱な魔力をものともせず、不意打ちのように全身を貫いたその魔力は、ヒューが唯一知るものに、確かに似ていた。


 人の魔力は環境や感情などで容易に変化する。


 しかしその本質はそう変わるものではない。


 たとえ十何年経っていようと、ヒューにはあの子(・・・)の魔力を判別することができると確信していた。


 あの日から、胸の奥に刻みつけられて離れない深い後悔の記憶。


 だが実際目の当たりにすると、思考さえおぼつかなくなるのだなと、ヒューは戸惑っている自分に苦笑する。


 そしてそれが自分だけでないことが今は救いでもあった。


「……本当に、生きて……っ」


 額に腕を押し当て必死に感情を押し込めようとしているグレンは、まるで子供のように震えていた。幼い頃はさておき、護衛となってからはじめて聞く彼の弱々しいその声音に、主人としての冷静さが蘇ってくる。


 ヒューは無意識に耳のピアスへと触れた。


「やはり、魔封じを身につけていたか」


 魔力を感じたのはほんの一瞬。考えられるのは魔封じを装着しているということだ。


 魔道具は一見アクセサリーなどの常時身につけられる形を取られている場合が多いので、普通の装飾品との見分けが難しい。効果は違うが、ヒューのピアスのように。


 ひとまず手探り状態だった現状に、一筋の希望を見出せたことに深く安堵する。だが同時に新たな問題が生じることへの懸念に、ヒューは頭を悩ませた。


「ヒュー様! やはり彼女が……!」


 献魔協会で見たグレイスという名の職員。


 魔力がないこと以外、ヒューたちが探していたあの子と特徴が一致していた。……名前までもが。


 だが。


「一瞬だった。確証はない」


「ですが!」


 今にも走って行ってしまいそうなグレンに主人として命じる。


「だめだ」


「確認だけでも……! 頼み込んで、魔封じを外してもらえば……」


「怪しまれる。……いいか、グレン。もし、あの子が生きていたとしても、名乗り出ることはしないと決めたはずだ。そっとしておくと」


「それは……わかって、いますが」


「万が一こちらの存在が知れたら、あの子は知らなくていい過去を知ることになる。慎重にならなくては」


 不服そうに、それでもグレンはぐっと感情を押し込めて従う。


 もしあの子が生きていて、幸せそうに暮らしているのならば、その生活を乱さないように見守るだけに留める。


 もしそうでなければ、なにがしかの支援をするつもりでいた。


 ――贖罪という、自己満足のために。


 単なる希望でしかなかった。だが実際に生きていると知った今、グレンのようにヒューの決意も揺らいでいる。


 果たしてどうするのが正解なのか。すぐには答えが出せなかった。


(だが……)


 魔封じをつけているということは、それをつけなければならない状況に置かれているということだ。


 過去にしろ、現在にしろ。


 ヒューはおもむろに、魔力を感じ取った方角、献魔協会へと続く道の先へと歩みを進める。


 グレンは黙ってその後に続いた。



・魔封じの腕輪

身につけている者の魔力を消すのではなく、他者が持ち主の魔力を感じ取れないように隠すための魔道具

人への効果は100%、魔物への効果は80%程度


・魔力探知のピアス

身につけている者に魔力がなくとも、他人の魔力を個人差に至るまで詳細に感じ取れる魔道具

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