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最近、聖騎士の人たちの対応を担当すると、いい笑顔で声をかけられたり、よくやったと背中を叩かれたり、偉業を成し遂げたとでもいうように拝まれたりと、からかいのネタにされている感が否めない。
エミリオは騎士団きっての色男なので、恋愛がらみの嫉妬のあれこれがあったのは容易に想像できるものの、振られて喜ぶ人が騎士団内にこれほど多くいると思うと、少しだけ同情してしまう。自業自得なところもあるので、あくまで少しだが。
グレイスとしては女性たちからのやっかみを懸念していたのだが、そちらは思ったよりも少なくて拍子抜けしていた。
どうやら、エミリオはつき合いたい聖騎士の上位を独走中も、結婚したい聖騎士となると、また違うらしい。ちなみに結婚したい聖騎士の一位はエバンスだという話だ。
そんなことを教えてくれた賑やかな聖騎士たちをお見送りして、書類をまとめてひと息をついたとき、マリエラが血相を変えて飛び込んできた。
どうやら魔力切れを起こして倒れていた子供を保護したという人が協会へと訪れたらしい。
そういった事案は少なくない。なので真面目な顔で対応に当たろうと思ったのだが、続けられた彼女の言葉にグレイスは声を失った。
「それがね、その保護された子供、この北ティアドロ支部にお姉ちゃんがいるって……」
ここは王都にある本部ではなく地方の支部なので、職員全員顔見知りのようなものだ。職員たちの家族もしかり。
だがグレイスだけは違う。
グレイスは孤児だ。
だけどここに来る前、たくさんの弟と妹がいた。血の繋がらない弟妹たちが。
まさか、と青ざめながらマリエラの後に続き、来客用の一室へと向かう。そこには支部局長と、二十代半ばほどの青年が座って待っていた。
困惑するグレイスへと、青年の琥珀色の瞳が向けられる。紅茶色の癖のある髪から、ちらりと涙形の青いピアスがのぞいているのが印象的だった。
身につけているのは一見商人風の衣装なのだが、その雰囲気や居住まいから、どことなく庶民とは異なるものを感じる。
ソファに座っているその青年の斜め後ろには長身の青年が控えており、黒に近いダークブラウンの髪に、キリッと引き締まった表情、背筋のぴんと伸びたその立ち姿は、おそらく護衛かなにかだろう。
(もしかして……貴族、とか?)
ふたりともがグレイスを見極めるかのようにまっすぐ見据えてきて、正直居心地が悪い。
戸惑いながらも、グレイスはひとまず支部局長へと目を移した。真っ白な髭を蓄えた一見温和な支部局長だが、今は普段と違って、その全身からぴりぴりするような剣呑さが感じられる。彼はこわばるグレイスに、まずは座りなさいと促した。
「単刀直入に言おう。茶色の髪に黄緑色の目をした十歳前後の少年だ。知っているかい?」
その特徴だけでは、確証がない。確かに茶色の髪に黄緑色の瞳の弟がいたが、あの子は親元へと帰れたはずだ。
「顔を見ないことには、なんとも……」
「今は魔力の回復治療に当たっている。すぐに会えると思うが、魔力が回復したらしばらく入院になるかもしれない」
「そんなにひどいんですか……?」
腕を組んで、ううむ……と唸る支部局長。
なにか思案するように黙って座っていた目の前の青年が、ここではじめて口を開いた。
「あなたがあの少年の姉? 失礼だが、似ていないな」
落ち着いた口調だったが、疑っていることはすぐに察せた。嘘をつく理由もない。グレイスは正直に答えた。
「血の繋がりはありません。もしその少年がわたしの弟だったら、の話ですが」
違ったらいい。よくはないのだが、少なくとも、グレイスの弟妹たちはみんな幸せに暮らしていると思うことができる。
すると青年たちが一瞬、目配せをしてから言った。
「あなたの名前は?」
その妙な間が気になったが、これも隠すようなことではないので素直に答えた。
「グレイスです」
「……グレイス?」
青年は驚いたような顔で、なぜかまじまじとグレイスを見つめ、護衛の青年も厳しい顔つきでじっとグレイスを凝視する。
その反応を怪訝に思いながらも、グレイスは硬い口調のまま青年たちへと問いかけた。
「そちらはどちら様でしょうか?」
「通りすがりの者だ」
人には聞いておいて適当にあしらわれたことに思うところがあったが、名乗るとそれだけで身元が判明してしまうような人ならばその対応も仕方なのないことだと思い直して、質問を変えた。
「なにがあったのか、わたしにも説明してもらえますか?」
彼は意識を切り替えたように静かにうなずいて、簡潔に説明してくれた。
はじめに道端で行き倒れているその子を発見したのは、彼らではなく御者だったらしい。どうするか尋ねられて、向かう場所は同じだったため、馬車に乗せたと言う。
「見るからにやつれていたが、意識を失う主な原因が魔力切れだったこと、うわ言のようにお姉ちゃんが献魔協会にいるとつぶやいていたこともあり、こちらへと運んだ。魔力切れの場合、普通の病院よりもこちらの方が対応が早い、と聞いたことがあったので。……どうした?」
「あ、いえ……」
見捨てていてもおかしくないところを、わざわざ助けてくれたことに驚いたのだ。
普通の貴族ならば、確実に見捨てていただろう。下手に魔力持ちの子供を救助して、自分たちが魔物に襲われる危険を被る必要はないのだから。庶民とて手を差し伸べるかわからない。そういう世の中だ。
お忍びの貴族だと思ったのだか、違ったのだろうか。グレイスは彼らをそっと窺い見る。道中、魔物に襲われた様子はなさそうだ。
ならば救助された子供は魔物に感知されないほど、魔力を失っていたのだろう。そこまで追い込んだ人間がいるのだとしたら、ふつふつとした怒りが湧く。
逃げて来たのか、事情があったのか、どちらにしてもグレイスがここで働いていることを知っているとなると、弟である可能性は非常に高い。
やるせなさで目を伏せたとき、同僚が魔力の一定回復が終わったことを知らせに来て、青年に断りを入れてから、グレイスは支部局長と連れ立って医務室へと向かうこととなった。
戸口でためらっていると、支部局長にうながされて意を決して入室した。
整然と並んだいくつかの寝台のうち、一番右端に、小さな子供が仰向けに横たわっている。
そっと近寄って顔をのぞき込み、グレイスは無意識に胸元で握りしめていた手を、さらにぎゅっと固く握り締めた。
「フレディ……」
「弟さんか?」
「……はい。下から三番目の子です」
この子の名前は、グレイスがつけた。連れてこられた時点でかなり幼く、自分の名前もわからない状態だったからだ。
もっとも、家族が見つかった時点で本来の名前へと戻っているはずなので、今はなんという名なのかはわからない。
グレイスは拐われた子供たちの中では最年長であり、拐われる前のことも多少だが覚えていた。その時点ですでに孤児だったこともあり、療養期間を終えたらぎりぎり協会で働ける年齢になったことで、家族を探すこともなく、協会に身寄せることをすぐに選んだが。
グレイスは積極的にほかの子たちとは連絡を取り合ったりはしていなかった。冷たいと思われるかもしれないが、本当の家族との絆を再び通わせるために、自分の存在は邪魔になるだろうと判断したためだ。
しかしこんなことになるなら、連絡を取り続けていればよかった。そうしたらなにか異変に気づけたのかもしれないのに。
だが、今さら後悔しても遅い。今はできることを考えるべきだ。
グレイスは支部局長へと向き直った。
「しばらくこちらで保護していただくことは可能ですよね?」
支部局長は意外そうに片眉を上げる。
「ここの規則は、儂よりもきみの方が詳しいだろう?」
買いかぶりすぎだが、模範的な職員となれるようマニュアルはすべて頭に入っているし、あらゆるケースに対応できるよう心がけているつもりだ。
魔力を多く持つことで日常生活に支障をきたすような場合、協会に自分の魔力を提供することで保護してもらえる。
グレイスが支部局長にもらった魔封じの腕輪は、実はかなり貴重なものなので予備はないのだ。
そして、しばらくフレディはここで保護という形で匿い、もし家族を名乗る人が現れたとしても、本人の意識がない以上、知らぬ存ぜぬで追い返すという形で話がついた。
「家族の元へ帰れたのに、なんでこんなことに……」
グレイスは、昔と同じようにこけたフレディの頰を撫でた。
「魔力は人を変える。グレイス、おまえさんが一番よくわかっているだろう」
魔力を買うのは主に他国の人間だ。魔力持ちの少ない周辺諸国へと流れていくことが特に多い。
魔石ひとつでも売ればひと財産稼ぐことができるが、魔力は本来、国のものであると法律で定められている。個人が利益のために独占していいものではないのだ。
魔力を待って生まれただけなのに、なぜ傷つけられなくてはならないのだろうか。なぜ普通に生きることすら許されないのか。魔物ではなく、なぜ人に怯えて生きていかなければならないのか。
(悔しい……)
無力な自分が一番悔しい。
目を覚まさないフレディを気にしながらも、ここ以上に安全な場所はないと仕事へ戻ったグレイスだったが、今一番会いたくない人が受付にいて思わず顔をしかめてしまった。
騎士団は暇なのだろうか。エミリオは制服のまま、受付のマゼランと押し問答していたが、グレイスに気づくと笑顔で手を挙げた。
「グレイス! あっ、ちょっと待って、グレイス……!」
無視しようとしたが、大声で呼び止められて、渋々足を止めた。職員や来客者の好奇の目を避けるように、エミリオを建物の裏手へと引っ張っていく。
手を引くエミリオのやけに嬉しそうな顔が癪だが、仕方ない。人目がないことを確認して、グレイスはさっと手を離すと、エミリオをにらむように見上げた。
「なんのご用でしょうか?」
「グレイス……なんか、機嫌悪かったりする?」
「ええ、まあ、色々と」
つっけんどんに返すが、エミリオはどんな神経をしているのか一切怯むことなく微笑んだ。
「だけどこうしてふたりきりで話す機会を設けてくれたということは、俺の話を聞いてもいいと思ってくれていると解釈するよ?」
「……話を聞くくらいなら」
「ありがとう」
感謝されるようなことではない。殊勝な態度に毒気を抜かれ、グレイスは自分の態度の悪さを深く反省し、真面目な顔で彼に向き合った。
「それで、なにかありましたか?」
「ああ、うん。だけどそれは後でもいいや。それより、グレイスはなにがあった? まさかまたあの受付のおじさんに、セクハラを……?」
よほどそりが合わないのか、エミリオの目は据わっている。
「あの人はわたしのお父さんとでも思っておいてください」
「それはそれで複雑なんだけど……」
マゼランはもともとグレイスのことを気に入ってかわいがってくれていたが、最近やたら娘扱いをしてくるようになり、悪い虫――主にエミリオを、嬉々として払うことに楽しみを見出していた。
「それで? 本当のところなにがあった? 怒っているように見えたけど……もしかして、本当は落ち込んでる?」
鋭い。どきりとして顔を上げた。
さすが聖騎士の観察眼というべきか。彼の見立て通り、グレイスは本心では落ち込んでいた。怒ることで自分を保ち、見ないふりをしていた。過去のことを変えることはできないから、と。
「あ、話せないことだった? そういえば協会にも守秘義務があったか……」
フレディのことは現時点では秘密にしておく必要があるが、彼は騎士団に所属している騎士なので、治安部隊ではないがその点での心配はない。さらに彼は聖騎士だ。そして、グレイスだけでなくフレディの恩人でもある。
身に余る魔力を持って生まれたグレイスたちの気持ちも、彼なら理解してくれるだろうと、その優しさにあまえて胸のうちを吐露していた。
「実は……弟が、親元から逃げて来たみたいなんです。血は繋がっていないんですが、その子も魔力を持つ体質で」
「金に目が眩んだか」
エミリオの口調は淡々としていたが、辛辣だった。だが、その通りだった。
詳しい事情を聞いてこないあたり、彼はグレイスの素性をすでに知っているのかもしれない。
あのとき助けてくれてありがとうと、いつか気づいてくれたとき言うつもりだったが、今は違う気がして口を閉ざす。
「その子が望むに関わらず、そういう場合はうちか協会で預かるのが妥当なところだな。できればうちで預かりたいけど、こればかりは本人の意思だから」
フレディはまだ若いので、騎士団に入るという道も残されている。聖騎士になれば、魔力を多く持って生まれた意味を戦うことで実感できるが、その反面、命を落とす危険が伴う。
エミリオの言うように、強制はできないので、今後は本人の意思に合わせて周りの大人たちが彼を導く形となるだろう。
「……戦うことのできる人にだけ、魔力が宿ればいいのに」
グレイスは戦えなかった。訓練を受けるには遅すぎたのだ。道はひとつきり。協会で働くしかなかった。結果として協会職員は向いていたのだが、たまに普通の仕事に憧れを持つことがある。お菓子屋さんだとか、お花屋さんだとか。
「俺はグレイスに魔力があってよかったと思うよ」
「それは……」
「ああっ、くそっ、そういう意味じゃなく!」
胡乱な眼差しを向けるグレイスに、エミリオは軽く両手を挙げて降参のポーズ。
「わかってる。魔力目当てで告白したと思っているんだろう? だけどあいにく、俺の魔力は今でも充分足りている。きみに比べれば容量は少ないかもしれないけど、使い込んで馴染んだ感覚というか……質が違う。俺の魔石ときみの魔石のどちらかを選べと言われたら、迷うことなく自分のを選ぶ」
「それはわかりますけど……」
「もしグレイスが一生その腕輪を外したくないと言うのなら、それでも構わない。むしろきみの安全のためにもそうしてほしい。魔石だってできれば作らないでほしいくらいだ。だから……俺とつき合ってとは言わないから、ひとまず、俺を信じてくれないか?」
信じるとは。
戸惑うグレイスにエミリオは珍しく弱った微笑みを浮かべた。
「そうだな……とりあえず、言いたいことは言って? きみを振った愚かなこの男に、文句のひとつでも」
「文句……ですか?」
グレイスはわずかに小首を傾けた。エミリオは、見た目に非の打ち所もなく、性格も悪いわけではない。職務関係なく、困っている人に笑顔で手を差し伸べるとことを幾度も見てきた。だからますます好きになった。
あんな風に冷たく振ったのは、相手に変に期待を持たせないための彼の優しさだとわかっている。
「エミリオ様に対して、文句なんてそんなのひとつもありませんよ」
「嘘だね。このクズ野郎! くらいなら、全然怒らないよ? 頰を打ってもいいし」
エミリオが頰を突き出して来るのでグレイスは一歩退いた。
「しませんよ、そんなこと……。文句はないですけど、わたしはただ……」
「ただ?」
「……悲しかったんです。勇気を出して告白したのに、きっと明日には忘れられているんだろうな、って思ったら、それが」
グレイスはなけなしの勇気を振り絞って告白した。見事に玉砕したが、プライベートで話したこともない相手に告白されても迷惑な話だと断られるのは想定の範囲内だった。
だけどせめて、どんな形でも、覚えていてほしかった。
だけど思い返せば、印象の薄い自分がいけなかったのかもしれない。告白の前にもっと親しくなる努力をすべきだった。
後悔したってもう遅い。
だから諦めることにしたのだ。
自分には分不相応な相手だったのだと、恋心に納得させて。
それなのに今さら……、という、わだかまった気持ちはあるが、自分たちを助けてくれた彼への感謝の念は永遠に消えることはない。エミリオはグレイスにとって、かけがえのない恩人であることだけは、変わりようがない事実なのだから。
一度目を伏せてがら、そっと顔を上げると、エミリオが負のオーラを背負いながらうなだれていた。
「……ごめん。俺の軽薄な態度がきみを傷つけた。……やっぱり、グズ野郎って罵ってくれない? きみに告白されたことさえ覚えていないんだ」
グレイスは苦笑し、ゆるゆると首を振った。
「それは仕方ないですよ。わたしは特に美人なわけでもないので、記憶に残らなくて当然です」
「グレイスはかわいいよ」
「お世辞は結構です」
ぴしゃりと言い捨てたが、エミリオは引かなかった。グレイスの両手を握り、真剣な顔をずいっと近づけてきた。
「お世辞じゃない。俺がきみをかわいいと思うのは、俺の自由だ」
それは、そうだが。
たじろぐグレイスに、さらにエミリオは詰め寄る。
「最近うちの連中がきみのことをやたらと気にしているから、本当、気が気じゃない」
それは彼らがわざと、エミリオの前でグレイスに親しげに話しかけては彼にダメージを与えようとしているだけで、好意ではない。むしろ悪意しかない。
「俺はきみが好きだ。だけどグレイスが信用してくれるまでは、過度なアピールやしつこくつきまとうのはやめて、害虫駆除にのみ専念する」
「害虫? ……ああ、魔物のことですか?」
エミリオはにこっとした。どことなく不穏な笑みだ。
「もちろん魔物どもも駆除する。グレイスにもう一度かっこいいと思ってもらうために、この辺りの魔物は全部駆逐する。狩り尽くす」
振られたからと言って、グレイスがエミリオを見下げたことは一度もない。だから今も変わらずかっこいいのだが、あえて言わずにおいた。仕事をやる気になったのはいいことだ。グレイスはやんわりと手を離しながらも、彼を見上げて微笑んだ。
「とても心強いです」
「今はそっちの信頼だけで我慢する」
そう言いつつまた手を握ろうとしてくるのでさりげなく避けていると、エミリオの向こうから例の貴族風の青年が現れてグレイスを呼んだ。
「少年が起きた。支部局長が、きみを探している」
「今行きます!」
エミリオにぺこりと頭を下げてから駆け出して青年の後へと続いた。
「………………はぁぁ!? 今の男、どこの誰だよ!?」




