表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4



 グレイスの姿がちらりと見えた気がして、エミリオは早々に歓待の輪を抜け出して協会へと足を向けていた。


 討伐後はしばらく非番が続く。どうグレイスにアプローチしようか悩みながら、協会の正面入り口をくぐった瞬間、エミリオから一切の表情が抜け落ちた。


 当然だ。受付のおじさんが、人目をはばかることなくグレイスを抱きしめていたのだから。


 グレイスはこちらに背を向けているのでエミリオの来訪に気づいていないが、受付のおじさんが気づいているのは明らかで、にやにやしながらグレイスの髪に触れている。


 エミリオは戦慄した。


 セクハラだ。公然とセクハラが行われている。


 なんてところだ。こんな場所に彼女を置いてはおけない。


 エミリオは受付の変態の魔の手からグレイスを救うべく引き剥がした。


「きゃ」


 かわいらしい悲鳴を上げた彼女の肩をがしりと掴んで、目線を合わせる。


「グレイス! こんな職場、今すぐ辞めるんだ!」


「え?」


「嫌なら嫌と言っていい! 言うべきだ! あんな風にべたべた触られて……!」


 エミリオは困惑ぎみのグレイスに気づかず、触られていたところを念入りにハンカチで払った。


「ひどいな〜、そんな病原菌みたいな扱い」


 エミリオがマゼランを視線で射殺せそうな冷眼で見据えていると、グレイスが身じろぎした。いつの間にかしっかりと抱き込んでいたようで、彼女の顔は赤くなっている。


「は、離してください!」


「……」


 おもしろくない。非常に。


 なぜ自分はだめで、このおじさんはいいのか。


「こんなおじさんの方がいいのか……?」


「いいもなにも――」


「いや、待って! それ以上言わないでくれ。聞きたくない」


 自尊心がへし折られて地に突き刺さりそうになっている。


 それなのにグレイスは口を開いた。


「マゼランさんはお父さんみたいな存在で、エミリオ様が考えているようなやましい関係ではありません!」


 エミリオの手から抜け出たグレイスは、腰に手を当てご立腹の様子だったが、エミリオは彼女の言葉に心底ほっとした。


 彼女の好みに合わせることもやぶさかではなかったが、いくらエミリオとて、できることとできないことがある。急に二十も年は取れない。


 そして聞き間違えていないのであれば、彼女は今、エミリオを名前で呼んだ。思わずにやけそうになる。


 よく考えれば彼女はエミリオのことを好きだったのだ。中身さえ入れ替えれば振り向いてくれる可能性はまだわずかでも残されているはずだ。


「グレイス」


 真剣な顔で向き合うと、彼女は身構えながらも逃げずにエミリオを見返した。


「なんでしょう?」


「俺にチャンスをくれないか?」


「チャンス……ですか?」


「ああ。きみの心を、もう一度取り戻したい」


 グレイスは苦々しい顔でエミリオを見上げている。


 やはり、だめなのか。もう手遅れなのか。


 エミリオは落胆しながらも、神妙な顔で強かに次の戦略を練っていると、彼女は思わずといった感じで皮肉げなつぶやきをもらした。


「心じゃなくて、魔力の間違いじゃないですか?」


「……え?」


 エミリオは、なにを非難されているのかわからなかった。ぽかんとしていると、失言を恥じるようにグレイスはきゅっと口をつぐむ。


 心ではなく、魔力。


 彼女の言葉の意味を理解した瞬間、愕然とした。


 どうやらグレイスは、魔力ほしさに彼女へアプローチしているのだと誤解しているようだった。


(……いや、誤解……じゃない、のか……?)


 実際魔力がなければ、彼女のことを目に留めもしなかったのではないだろうか。それこそ、彼女を振ったときのように。


 しかし魔力とは、その個人の本質が大きく反映されている部分が大きく、心の変化によって魔力の質が変わることもあるが、グレイスと深く接していさえすれば彼女に惹かれていた自信はあった。


 グレイスの魔力は白百合のように慈悲深くて、ほかの魔力にはないあまさを感じる。それはグレイスがそういう人柄であり、エミリオとの相性がすこぶるいいという証拠にほかならない。


 エミリオくらいに魔力の扱いに慣れていれば、魔力だけでその人がどういう人物なのかわかるのだが、それを今伝えたところで、言い訳にしか聞こえないだろう。


 グレイスは魔力こそ多いが、聖騎士ではない。つまりエミリオには当たり前の感覚が、彼女にはないのだ。


 信頼を根こそぎ失った状態の今、どう取り繕ったところで、魔力目当ての最低男の烙印は消せそうになかった。






「浮かれてたら浮かれてたで鬱陶しいが、落ち込まれたら落ち込まれたで面倒だ。本当に、おまえってやつは……」


 エバンスが、ソファに突っ伏したまま微動だにしないエミリオを一瞥し、大げさなため息をついた。ソファの下では、シャーリーまでまったく同じ格好をして寝そべっている。ぴくぴくと耳を動かして周囲の警戒を怠らないだけシャーリーの方が上だな、などと思われていることに気づくこともなく、エミリオはクッションに顔を埋めたまま、もごもごと反論した。


「恋をしたこともない男に、俺の気持ちはわからない」


「そんな失礼極まりないやつには、とっておきの情報をやらないからな?」


 エミリオは胡散臭げな眼差しをちらりとエバンスへと向けた。


「とっておきの情報?」


「グレイスの個人情報」


 エミリオは飛び起きた。持つべきもはやはり有能な親友だ。


「そんなのどうやって……! いや、どんな違法な手を使っていたとしても、俺はおまえを永遠に心の友と呼び続けるよ」


「おまえみたいな不真面目なやつが本気で恋に落ちると、こんなに阿呆になるものなのか? 魔力提供者の情報は開示してもらえないが、職員はまた別だろう」


「あ……確かに」


 思わずぱちんと額を打った。シャーリーが迷惑そうに顔を顰めたが、気にするエミリオではない。


 協会職員の個人情報を引き出すのもそれなりに難しくはあるものの、魔力提供者の個人情報に比べたら格段にハードルが低い。その手の個人情報は騎士の権限でいくらでも調べられることを、すっかりと失念していた。


「感謝するんだな」


「オンニキルヨ」


「なんだその棒読みは……。はあ、まあいい。これをやるから、ちゃんと仕事してくれ」


 エバンスが薄い資料をエミリオへと手渡し、席に着いた。


 さっそく嬉々としてそれに目を通すエミリオだったが。


「……え、コルト村って」


 グレイスの育った村の名を見た瞬間、思わず顔を顰めていた。


 ――コルト村。


 今はなきその村を、エミリオは知っている。


 知っていた、と言うべきか。


 なぜならエミリオがこの手で潰したからだ。


 もはや跡形もないあの村のことは、思い出すだけでも今でも反吐が出そうになる。


 あれは例年稀に見る魔物の出現が多い年だった。聖騎士も人手不足で、地方に行くほどそれは顕著だった。エミリオは騎士団本部からの要請もあり、一時的に他地区の助っ人として討伐に加勢した帰りのことだった。


 魔物退治の後に雪に行く手を遮られて、やむなく逗留することとなったのが、コルト村。


 エミリオは、はじめからその村に対して違和感を感じていた。


 山奥にひっそりと暮らしているにしては、村人たちの暮らしぶりが妙にいい。立地の悪い場所にあるに拘らず、個々の住居は立派であり、提供された食事も環境にそぐわない豪華なものばかり。


 たとえばこの土地から宝石やら石油やらが採掘できるのならばわかる。だが、コルト村という村の名前さえはじめて聞くほどには、周知されていない寒村のはず。


 どうにもちぐはぐな印象に既視感があり、エミリオは早々に仲間から外れて、吹雪の中、ひとり村の捜索を開始した。


 意識を集中して少しずつ自分の外側へと向けていく。仲間たちの魔力はすでに把握しているので、たとえ猛吹雪だろうと道に迷うことはない。


 膝まであるだろう雪の道をざくざくと進んでいると、かなり微弱な魔力の気配を先に感じて足を止めた。


 その気配はいくつかあった。ひとつの場所に留まって動かない。まだ子供だろうか。魔力の質が定まっていない。それに……。


(魔力切れで、何人か死にかけている)


 村人たちの違和感の正体が掴めると同時に、エミリオは体以上に感情が冷えていくのを感じていた。


 聖騎士として働く間に似たようなことには幾度か遭遇したが、村ぐるみという大規模な犯罪ははじめてだった。

 

 魔力を採取する行為は、献魔協会でのみ許される。法律でそう定められてはいるが、実際は地方にまで目が行き届かない。国外で魔石が高値で取引されていればなおさらだ。


 魔力ではなく血液を採取しているのだと開き直る輩も多い。もちろん血液の採取も医療行為なので、医師でなければ罰されるのだが。


 エミリオは幼くして多くの魔力を持つ子供だったが、父親が聖騎士だったということもあり、誰かに搾取されることもなく、また、魔物に襲われるということもなく育った。運がよかったのだ。


 だがもし、そうでなかったら――。


 他人事とは思えず、エミリオは即、介入を決めた。


 こういった事案は騎士団の中でも対応する部署が違うのだが、今は指揮系統を無視していい場面だろう。


 かすかな魔力をたぐるように足を進めていくと、ふいにそのひとつがその輪から外れるのを感じ取った。


(あ……動いた?)


 慌ててそちらへと足を向ける。


 しばらくして見つけたのは、雪の中に埋もれかけたボロ切れのような――女の子だった。


 真っ白な雪の中に広がるブルネットの髪。エミリオに気づいたのか、弱々しくも芯のあるまっすぐな瞳が向けられて――。



 た、す、け、て――。



 その唇から発せられた救いを求める声に、エミリオは慌てて雪を蹴散らし走った。


 抱き起こした華奢な体に、まず驚いた。


 それから凍りついた前髪をそっと払う。


 声をかけたが、彼女は力尽きたようにまぶたを下ろしてしまっている。ぎりぎり生きている状態で、その頰は血が通っていないのではないかと思うほどに白かった。


 魔力が回復すれば、少しは生存率が上がる可能性がある。エミリオは指を傷つけて少量の血を飲ませようとしたが、分厚い手袋がそれを阻む。時間が惜しかったので、仕方なく唇を八重歯でごく軽く傷つけて、彼女の小さな唇へとそれを重ねた。冷たく凍りついた唇を押し開けて、己の血をわずかに含ませる。


 その場でできる応急処置をして、彼女の体を自分のコートで包み込む。抱き上げてはじめて、その顔をしっかりと見下ろした。


 思い出せるのは、雪に埋もれたブルネットの髪。それとあのまっすぐな、助けを求める強い瞳。



「……グレイス」



 エミリオはようやく腑に落ちた。


 そうだった。


 あの子はグレイスだ。


 なぜ今の今まで気づかなかったのか。


「……女の子って、化けるから」


 誰にともなく言い訳をした。


 実際、エミリオが雪の中見つけた女の子は、発育不足で十歳程度にしか見えなかったのだ。


 それからすぐに引き継ぎを任せて次の討伐へと向かったこともあり、あの子の名前を知る機会もなかった。


 ただ、多くは親元へと返され、家族が見つからなかった子供は協会に引き取られたという話だけは伝え聞いていた。


 グレイスは後者だったのだろう。


 せっかく解放されたのに、家族に再会できなかったのかと、エミリオはしんみりとする。


「コルト村な……。その村のことは俺もよーく覚えている。エミリオ、おまえがブチ切れて村を半壊させたせいで、こっちにまで分厚い始末書が回ってきたからな」


「粗末な納屋で子供が何人も魔力切れと寒さで死にかけてるのを見たら、エバンス、おまえだって絶対にキレてたよ」


「キレてたとしても、俺ならもっと理性的に処理した」


 どうだか。エバンスは子供にあまいところがあるので、エミリオ以上に憤慨したのではないだろうか。村を半壊どころか全壊させ、村人たちは再起不能まで痛めつけたに違いない。そう思うくらい、本当に悲惨な光景だったのだ。


 魔力の有無に関わらず、子供が死にかけているのを見るのは誰だってつらい。助けるのは人として当然の行いだった。


 しかし、だ。


「あの状況なら、誰だってヒーローのように見えただろうな……」


 たまたま助けたのがエミリオだったから好意を持ってもらえただけで、ほかの人だったら、その人を好きになっていたのではないだろうか。


 グレイスがエミリオに告白したというのも、感謝からくる好意の延長であり、恋情というよりかは、憧れや尊敬に近いものだったのだろう。


 それは本当の意味でエミリオに惹かれていたわけではない、ということだ。


 それに告白された日のことは未だに思い出せないまま――。


 振られるわけだ。


 エミリオはまたソファへと前のめりに沈んだ。シャーリーが鬱陶しいとばかりにしっぽをぱしんと床に打ちつける。微妙に牙も剥き出しにしているが、今は構ってやれる気分ではなかった。なにをする気力も起きない。


「頼むから仕事してくれ、仕事を。ほら、見てみろ。こんなに書類がたまって」


「デスクワーク、嫌い……。シャーリー、後は頼む」


 シャーリーの肩をぽんと叩いたら、ぐぁう、と本気で唸られた。陰気が感染るとばかりに、エミリオが触れた場所を丁寧に毛繕いしはじめる。


「はぁ……おまえ、本当にめんどくさいな……。ほら、最後のところをよく見ろ」


 エバンスに促されて資料の最後の部分へとおざなりに目をやる。


 グレイスの来歴だけでなく、趣味嗜好や行動履歴までご丁寧に調べられている。


「エバンス……」


 ちょっと引く。いや、かなり引いた。


「おまえ、意外と粘着質なタイプ?」


「うるさい、いらないのなら返せ!」


 エミリオは奪われないよう素早く身を翻して、読めと言われた箇所へと目を落とす。


 そこには、グレイスのファーストキスの相手がエミリオだという情報が記されていた。


 吹雪の中でのことを意識を失っていた彼女が覚えているはずがないので、先日のキスが、彼女にとってのはじめてのキスだったというわけで。


 実感すると、じわじわと頰が染まっていく。


 ここまでの個人情報をどう調べたのか疑問が残るが、エミリオの気持ちは急浮上した。


 完膚なきまでに拒絶され、一度目の失敗のせいで方向性を誤り続けていたが、ほんの少し、活路を見出せた気がした。


 いくら切羽詰まった状況だったのだとしても、嫌いな相手に、女性が簡単にファーストキスを捧げはしないだろう。


 本来、口移しでなくてもよかったのだ。血や涙の触れた指先を、エミリオの口に突っ込んでも同等の効果が得られただろう。


 少なくてもキスを許容できる範囲内に、エミリオはまだどうにか片足を乗せているのだ。


 勢いよくソファから立ち上がった。シャーリーのしっぽを踏みかけて威嚇されるが、それどころではない。


 まずは、グレイスに言わなければならないことがある。


「ちょっと出かけてくる」


 善は急げとばかりにエミリオは部屋を飛び出した。


「仕事しろよ!」


 もちろんエバンスの声が、グレイス一直線のエミリオに届くことはなかった。



 

補足

グレイスがエミリオに助けられたのは十三歳のときだが、エミリオの目には十歳前後に見えていた

グレイスは保護されてからの一年ちょっとを、療養と協会職員になるための勉強にあて、それからエミリオのいる北ティアドロ地区にある支部へと希望を出して就職し、今に至る

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
たしかに命を助けてくれたヒーローではあるんだが、エミリオの思想も行動も相手を見ようとしない、自分が好きだから行動するタイプのストーカー過ぎて「ざまぁ」タグが付いてないのが恐ろしくなった。ここからでも挽…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ