第28話、タケの頼み。
坂の上の林檎亭を出た俺は、一目散でサラフィナの店に向かった。
もう2度この店には顔を出しているからな。道を間違うことはない。
ひとけの少ない路地に入り、目当ての店の前に立つ。
もう10時だから、普通なら店は開いているはずだ。
小さくノックをしてからドアを開き中へと入る。
「おや、こんな早くに珍しい。姿見の撮影とやらは断ったはずだが……もしやアルフヘイムに来てくれる気になったのかい?」
カウンター越しから顔を覗かせたサラフィナは、相変わらずの婆の格好で口を開く。
どうせなら若い姿でのお出迎えの方が嬉しいのだが……。
俺が動画を撮影させろと前回来た時に迫ったおかげで、このざまぁだ。
「いや、どちらでもない。遅かれ早かれサラフィナさんの耳にも入るとは思うけど――」
「続きは言わなくても分かるぞ。あの一緒に来ていた男、死んだんだってね」
「どうしてそれを――」
「はぁん、あたしの情報網を舐めてもらっては困るってものだよ。それで身寄りが死んだからあたしの所に来たって事でいいのかい?」
カウンター越しから瞳だけを覗かせて、鋭い視線を俺に浴びせる。
自分たちが保護しようと考えている迷い人の性根を探ろうとしているみたいに。
もしここで俺が首肯すれば、保護をされたとしてもアルフヘイムで歓待は受けられないだろう。胡散臭い人間を見極めてやるといった考えが、サラフィナの瞳からは感じられた。
「いや。今回俺が来たのは、魔法が得意なエルフのサラフィナさんに魔法を教えてもらおうと思って来たんだ」
俺の説明を聞いたサラフィナの眉が大きく跳ね上がる。
「ほぉ? こりゃ驚いた。あれ程小難しい言葉を覚える位ならポイントとやらをためて魔法を覚えるとか言っていたあんたがねぇ。いったいどういう風の吹き回しだい?」
俺はバッグからノートパソコンを取り出しカウンターに置く。
サラフィナは一瞬、嫌そうな面持ちを浮かべるが、俺の瞳をチラリと見ると、
「まちな、こんな所で広げるんじゃないよ。奥へきなッ」
俺の雰囲気から今回パソコンを取り出したのが、邪な理由ではない事を見抜いて奥の部屋へと誘った。この部屋に入るのは初回と今回の二度目だ。
前回と同じく対面に座ると紅茶を目の前に置かれた。
俺はまだ熱いティーカップを横にずらすと、目の前にパソコンを置く。
動画再生プレイヤーで問題の動画ファイルを開くと、例の時間まで早送りした。準備ができた所でサラフィナが見やすいようにパソコンを180度回す。
「ふむ。あたしにこれを見ろって事かね?」
「あぁ。その認識で間違いない」
俺は続く言葉を待たずに、身を乗り出すと再生ボタンをクリックした。
何度見ても憎悪しか生まれない。
兄貴が仲間の手によって殺害される瞬間の動画だ。
俺はサラフィナの表情の変化を正面から見据えていた。
サラフィナの眉が一瞬だけ驚いた様に跳ね上がるが、すぐに冷静を装うように巣に戻るが――鼻には嫌悪の感情がくっきりと刻まれていく。
問題のシーンの再生には時間が掛からなかった。それでもサラフィナに最後まで見せろとせがまれ、俺とアリシアが醜態を晒す瞬間まで再生を続けた。
全て再生し終えると、短く嘆息したサラフィナから言葉がこぼれる。
「ふッ。いつの時代になっても人間というヤツは愚かしいものだ。あの男もさぞ無念だったろうね。仲間に背後から射られたんだからね。それであんたはどうしたい? あの男の仇討ちでもしようってかい?」
仇討ちと言われ、思わず頷きそうになる。
俺は兄貴の仇討ちがしたい。でも弓を射ったヤツだけでいいのか?
それとも狂蛇の剣に所属している全員が対象なのか?
狂蛇の剣の構成人数はラフランの3倍近い8人もいる訳だが、その全員を殺す必要はあるのか? それとも兄貴を殺害する計画を練った者がいるならば、それと犯行を行った者の二人でいいのか?
俺は迷っていた。
今回の件、弓兵の一存だけで行動を起こしたようには見受けられない。
ギルドマスターであるアイザックが首謀犯と断定して、弓兵とアイザックの二人に仕返しをすればいいのか――。
煮え切らない俺の態度を見たサラフィナが、重々しく口を開いた。
「なぁ迷い人様よ、何もあなた様がこの件で仇討ちをしなくともいいと思うのですが……あなたは優しい。優しいから短い間だけでも恩を感じた者にこれほどまでの情をかけられる。でもね、この世界では昔からよくあること。他者を貶め殺害するなんて日常茶飯事なのです。今、あなた様は迷われておいでのご様子、なればここは――」
「違います――」
途中から優しい声音に変わり、女神様のような姿へと変化したサラフィナだったが、諭しかけた所で口を挟む。
「何が違うと言うのでしょうか?」
「俺は復讐を、兄貴の仇討ちは必ずするつもりなんです。ただ、その対象者を犯行に及んで実行した者に止めるのか、それともこの暴挙を考えた真の首謀者なのか、こいつらが所属しているギルドメンバー8人全員を――それを迷っているんです」
「はぁ。そこまでこの者たちは、あなた様の逆鱗に触れたのですか。それで私に魔法を教えて欲しいと?」
サラフィナは心を落ち着かせるようにカップに一口くちを付けると、俺からの返答を待っていた。悲しそうな面持ちで――。
サラフィナが訴えたいことの意味は理解できる。
できるが、それに納得しろと言われても、この感情は抑えられない。
だから俺は彼女に頼む。
今更遅いと後でアリシアに罵られようが、そんな復讐など意味を成さないと瞳でサラフィナから訴えかけられても――。
「はい! 俺がこの本が読めるように、文字を教えてください」
お読みくださり、ありがとうございます。




