第26話、一時間二十三分。
――時は遡り、ここは日本のビルの一室。
豪華な革張りのソファーに腰掛けて、銀の細工が施されたサングラスをかけた颯剛人が厳めしい面持ちでモニターを見つめていた。
「お兄様、またそのようなお顔をして――何か問題でも?」
そんな表情を見慣れている秘書で、妹でもある麗華がそんな兄に話しかける。
「いや、特に変わった事はないのだが、タケくんからの投稿がこの数日無いのが気になってね。何事もなければいいのだが……」
「ふふっ、すっかりタケくんのファンですね。彼の動画を見るようになって何だか楽しそうですよ」
麗華はフランス人だった母親譲りの青い瞳を楽しそうに輝かせるが、兄の次の言葉でそれも険しく変わる。
「そうじゃない。彼から寄せられる情報は俺たちにとって有用だからだ」
「サラエルドの街でお会いしたエルフから伺ったという例の――」
「あぁ、運営が彼に教えた詠唱呪文は、かつて異世界で魔族が使っていたという事実だな。運営側には確実に魔族かそれに縁のあるものがいる」
「ですが、魔法を使える者があちら側に付いているとして、ならばなぜお父様とお母様を殺める必要があったのでしょう? 魔法という不可思議な物があるのでしたら、そのような事をする必要はないのでは?」
「それに関しては、現在別の方面でも調査中だよ。それよりだ、このWooTobeの投げ銭というシステム――よく考えられていると思わないかい?」
「一人で援助できる金額が十万円までといったシステムがですか?」
「あぁ、大金を所持している個人から一度に億単位の投げ銭をできなくしている事で、タケくんの成長速度を制限している。これが意味するのはなんだと麗華は考える?」
麗華は、兄の成長を制限されているといった問いかけに、不快感を示す。
これまで自分の努力で成長してきた兄妹からすると、他人にそれを制御されると言うことがおぞましいものに思えたからだ。
「タケくんが急成長するのは運営にとっては好ましくないと言うことですわよね? でもそれならなぜ運営はタケくんを異世界へ送ったのでしょうか、聞いた限りではあちらの人間よりもこちらの世界から渡った人の方が成長速度も保有する魔力も高いと言うではないですか。それならば遅かれ早かれタケくんはあちらの世界でいう勇者になってもおかしくはないと私は考えますが……」
「はははっ、さすがに勇者は飛躍しすぎだろう。彼はいち素人の配信者だよ」
「そうでしょうか?」
麗華はそれならばなぜ、兄が彼に肩入れするのか、彼に異世界で成り上がれと言ったのか、兄の真意を測りかねて首をかしげた。
WooTobeの運営が、異世界からの配信を止めさせない理由も定かではない。
これまで公序良俗に違反する配信者のアカウントを削除してきた運営が、魔物という人ならざるものの殺害シーンを配信する武郎をその対象にしないことも不可解だ。
まるでそれが運営の目的であると語っているように――。
「おっと、彼が動画をアップしたようだ。久しぶりの生配信は――一時間後か。麗華、すまないが午前の会議を午後からに変更しておいてくれないか?」
「まったく、お兄様ときたら。ふふっ、それでは社長、その様に手配いたします」
――――時は戻る。
配信者が冒頭に一言挨拶をしただけの状態で生配信は続いている。
ゲスト:生配信つまんねぇからさっきアップされた動画でも見てこよっと
ゲスト:アッ、俺も俺も
ゲスト:こんな生配信見たことねぇぜ。だっせぇの
ゲスト:おっ、始まった。すげー冒険者が三十人近く駆り出されたのか
ゲスト:前衛は剣士と槍使いか――タケと比べたら月とすっぽんだな。場慣れした猛者の雰囲気を感じるぞ
ゲスト:すげーゴブリン百体はいるんじゃね?
ゲスト:おぉぉぉーーー剣士つえぇ。一刀両断とはまさにこの事だな
ゲスト:地面から次々と弓かついだゴブリンが出てきた
ゲスト:後衛の弓兵もなかなかだな。狙い違わずにゴブリンに刺さってるぞ
ゲスト:やっぱゴブリンよえぇ~ゲームと同じかよ
生配信は武郎のうつむいた表情を映しているが、リスナーたちはそれを無視し、チャットではゴブリン討伐作戦の模様をおもしろおかしく伝え賑わっていた。
ゲームではモンスターが死ぬと死体は消える。
でも武郎の動画にはゴブリンの死体が残っていた。
次つぎに量産される死体の山に、リスナーたちは大興奮だ。
そして動画も終盤に差し掛かると、ある一部のリスナーが問題のシーンに気づきそれが波及していく。
ゲスト:あれっ? 今のなんかおかしくねぇか?
ゲスト:今、変な所から矢が飛んできたぞ
ゲスト:ゴブリンの矢は放物線に飛んでたけど、今のは――まずいだろ?
ゲスト:ちょっと生配信を最小化して大画面で確認してくるわ
ゲスト:おれも――
ゲスト:俺もそうしよっと
ゲスト:なんだ? みんな何に気づいたってんだ?
ゲスト:ヒント! 一時間二十三分あたり
ゲスト:やっぱり? 俺も変だと思ったんだよ。あんだけ強かった冒険者が簡単にやられる訳ねぇもん
呆然とリスナーの会話を見ていた俺は、兄貴が倒された場面の話か……。
やっぱリスナーの目から見ても兄貴は強く見えるよな。
そんな事を考えていた。
でも次のリスナーの発言で、一気に冷や水をぶっかけられる。
ゲスト:今、大画面で見てきたぞ。やっぱりだ。強い冒険者は――仲間の矢で殺されたぞ。
ゲスト:俺も確認した。えげつねぇ~異世界やばいな。背後から仲間に殺されるなんて。
「――なっ、何ッ!」
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