第24話、ゴブリン掃討作戦②
ゴブリンの前衛は片っ端から切り倒され、周囲には血生臭い鉄錆の臭いが充満している。巣穴から威勢よく飛び出してきたが、所詮、雑魚のゴブリンだ。
数の上では勝っても、圧倒的に武器が違う。
これまで数々の討伐依頼を受けてきた、戦闘集団の冒険者には敵わなかった。
既に数は最初に報告された三十体まで減らしている。
冒険者たちの表情もここまでくると、真剣味が薄れ切り伏せるたびにふざける者。わざと格好をつけ出す者まで出てくる。
俺もそんな冒険者の演じる戦いを、後でどう編集しようかと考える余裕があった。
そんな時だ。後衛部隊から悲鳴があがった。
「きゃ――、キグナス!」
声の主は振り返らなくてもすぐ分かった。一週間も行動をともにしているのだ。
何があったのかと、アリシアの方を向く。すると、アリシアは悲痛な面持ちを浮かべて前衛を見ていた。
俺も慌ててその視線の先へ目を飛ばす。そこには、前衛で暴れ回っている冒険者たちの中で、ただ一人蹲っている大男がいた。キグナスだ。
キグナスの左肩には矢が刺さっていた。だが、そこまで慌てる必要はないように思えた。あれなら矢を引き抜いて、俺が回復魔法を掛ければ治る。
俺はすぐに中腰の姿勢でキグナスの元へ駆けだした。
ノートパソコンを左手で持った状態だ。映像はブレまくってるだろうけど、編集でごまかしが利く。それよりもキグナスの治療が最優先だ。
俺がキグナスの元へ着く頃には、すでにゴブリンリーダーの首は落とされていた。首を落としたのは、キグナスのライバル――アイザックだった。
蹲るキグナスの隣で腰を下ろすと、すぐにキグナスは気付いてくれた。
「はっ、すまねぇな……タケ。下手うっちまった……」
肩に矢が刺さっているだけにしてはやけに顔色が悪い。動脈を掠ったか……。俺は、返しのついてる矢を無理やり引き抜く。キグナスがうめき声を上げるが我慢してもらうしかねぇ。よし、行ける。
「我、慈愛の女神チョコナリーナに願う。かの者へ、その力の一部を与え癒やしたまえ――フェイルス」
俺の時と同じく青く輝く粒子がキグナスの体の上に噴き上がる。それは、丸い形を形成するとキグナスの体内に入っていった。傷口が仄かに輝く。次の瞬間、それは弾け、傷跡も残さず回復していた。
「兄貴、もう大丈夫です。回復できましたぜ!」
これで大丈夫。そう思った俺は、キグナスに見えるように親指を突き立てる。
しかし、キグナスの顔色は一向に改善されない。
――なんで。
どうして……魔法は成功した。傷口だって完全にふさがって元通りだ。
なのに、キグナスの顔色はますます悪くなる一方だった。
慌ててキグナスの脈を測る。とくん、とく、とく、とく。徐々に弱まっているのが指先から伝わってくる。なんでだ。何が、どうして。訳が分からなかった。
そこに、後衛で弓兵をしていた者たちが集まってきた。
当然、その中にはアリシアもいる。
アリシアは青い顔を隠しもせずに、キグナスの傍らに近寄った。
「キグナス、しっかり、しっかりして!」
傷口が完全にふさがっているのを確認すると、腰に括り付けてある小袋から一つの瓶を取り出した。口でコルクを抜いて、中の液体をキグナスに飲ませる。
「それは?」
俺の見た事のない液体だった。まさかと思いながらもアリシアに尋ねる。
「これは毒の症状なの。でも、これで回復するはず」
アリシアの言葉でハッとする。傷にばかり目がいってて、その可能性を失念してた。くそっ。毒なんて、そんな卑怯なまねをすんのか。ゴブリンは。
半ば八つ当たりに近い感情が湧き上がる。
そうだ、弓矢を見れば――。
弓矢に毒が塗ってあったなら、それを確認できる。そう思って引き抜いた弓矢を探すが、どこにもなかった。あれ、なんで消えたんだ。
俺たちの周囲には、冒険者が大勢いた。そいつらは、キグナスを助けるでもなく、金目の物を必死に拾い集めてた。
矢はそいつらに拾われた?
でも、あんな折れた矢なんて金になるのか?
一瞬、疑念が湧き上がった。だが、隣からアリシアの叫び声が聞こえてきて、意識はキグナスに引き戻される。
「キグナスしっかりして! こんな、こんな所で死んではダメ。あぁ、あなた。あなたにはまだ伝えてなかったけど、来年あなたはパパになるのよ。だから生きて、死なないで。キグナス! 死なないでよぉ」
瞳から涙を溢れさせ、悲痛な声でアリシアは絶叫する。
結局、キグナスの顔色はアリシアが薬を飲ませたあとも良くならなかった。
周囲に金目の物を漁る輩は残っていない。その代わり、作戦に失敗したキグナスを嘲る声。嘆息する息づかい。哀れみの視線が俺と、キグナス、アリシアに向けられていた。
そして、キグナスは言葉を発する事もなく、アリシアの腕の中で息絶えた……。
「うぉぉぉぉぉぉぉーーー。何で、何で。ゴブリンなんて楽勝って言ってたじゃねぇか。それなのに何で、何で兄貴は……」
やり場のない怒りが声となって周囲に響き渡る。
「フン。だから言わんこっちゃねぇ。護衛ばかりで腕磨かねぇからこうなっちまうんだ。おぉ怖ッ。俺も気を付けねぇとな」
何言ってんのコイツ。
キグナスが死んだんだぞ。
この中で、誰よりも剣先が見えなくて、強かった兄貴が。
俺の尊敬するキグナスが死んだのに、何で、ライバルのコイツは笑ってんだよ。何で……そんなヘラヘラしてられんだよ。何で……。
この世界の人間も、あっちの世界の先輩達と同じなのか?
人を貶めて。人の不幸を喜んで。そんな人間しかいねぇのかよ。
異世界に来れば、気持ちいい付き合いができる。そう思ったのは勘違いだったのか。これじゃ、胸糞悪い気持ちのままじゃねぇか。
俺はアイザックを睨み付ける。そんな視線は柳に風とでも言うように、「しっかしヘマこいたもんだ」と、笑いながら去って行った。
この時、ライバルとか楽しそうだ。カッコいいと思った自分を呪った。
キグナスの亡骸はあの場に置いてきた。
この世界に火葬という弔い方はない。
死んだら、ただ土に還るだけ。
せめて、街までは連れて帰りたかった。だけど、あの後すぐに意識を失ったアリシアと、キグナスの二人を運ぶのは。迷い人九日目の俺には無理だった。
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