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5.逃げ場所がないおっさん

 また別の日です。


 今日のおっさんは布団(ふとん)にくるまってお酒を飲んでいました。

 布団(ふとん)にくるまっていると守られているようで安心するのです。

 布団(ふとん)がない星から来た「旅人」もこれには驚きました。


「おっさんがこわいものは減らせないの?」


 「旅人」はたずねます。


「減らせるものもあるし、無理なものもあるさ」


 光であれば目を閉じれば少しは防(ふせ)げます。

 音であれば耳を抑えれば少しは防(ふせ)げます

 他者であれば離れていけば少しは防(ふせ)げます。

 「旅人」たちはそうやって我慢(がまん)をしてきました。


 では減らせないものとはなんなのでしょう。

 「旅人」たちとおっさんとでは生き物が違いますので、こわいものも違うとわかります。


 今日のおっさんはお酒を飲んでいるせいで少し口が軽いです。


「起きたことは無かったことにはできないんだよ」


 過去(かこ)はどうがんばっても変えられません。


 星と星とを少ない時間で移動できるほどの科学技術を持つ「旅人」たちの星でも、それは真理(しんり)でした。

 過去(かこ)を否定(ひてい)するのも、過去(かこ)に縛(しば)られるのも進化を妨(さまた)げる要素(ようそ)とされていたのです。


「失敗(しっぱい)したことも、恥ずかしいことも、今では悪いと思うことも、なに一つ変えられないんだ」


 おっさんがこわがっているものの一つは「後悔(こうかい)」というものだと「旅人」はわかりました。

 けれど「旅人」たちにはこの「後悔(こうかい)」を本当の意味(いみ)では理解(りかい)できません。

 「旅人」たちはおろか、生まれた星のものたちには「後悔(こうかい)」という価値観(かちかん)がなかったからです。


「失敗は起きるものだよ。失敗をしたことがないものなんていないよ。

 本当に恥ずかしいのは自分の前で恥じることがわからないものさ。

 悪いことをしたことがないものはこの世界にいるわけないじゃないか。

 正しいことだけをしてきたと言うものがいたら、そいつはとんでもない大嘘(おおうそ)つきだよ」


 「旅人」の言葉におっさんは目を丸くしてしまいました。

 どんなに理にかなったことを言っていても、それはおっさんが住む星では通じない道理(どうり)だからです。


「おっさんがこわいものは、どれもおっさんの心のせいじゃないかな」


 おっさんの顔が赤くなったのはお酒のせいだけではなくなりました。

 「旅人」はいたたまれなくてその様子を見ていられません。


「ごめん、おっさん。僕はよけいなことを言ったね」

「いいんだ。本当のことだから」


 おっさんは黙ったまま片手に持ったワンカップをちびちびとあおります。

 二人は長いこと無言(むごん)でいました。




 ワンカップが三本も空(から)になった頃、「旅人」は聞きます。


「お酒はそんなにいいものかい?」


 「旅人」の星にはお酒はありませんでした。

 アルコールの類(たぐい)を好む生き物は宇宙にはたくさんいますが「旅人」たちの種族(しゅぞく)はそうでもなかったのです。


 おっさんは少し考えたあとに答えました。


「人もお金も時間も夢も、どれもが変わっていってしまう。それでもお酒は裏切らないんだ」

「お酒は裏切らない」

「ああ」


 「旅人」はつぶやき返します。

 それだけがおっさんの真理(しんり)のようでした。


 けれど「旅人」はお酒を飲みすぎるとよくないことを知っています。

 おっさんたちの中にお酒を飲みすぎて心や身体を壊したものも見ています。

 「旅人」が知っていることをおっさんが知らないはずがないです。


「……酒は裏切らないんだよ」


 それでもおっさんは繰り返します。

 きっとそれはおっさんの中では真実だからなのだと察しました。

 これだけ多くの存在が集まっている星でも、おっさんの味方になりえるのはお酒だけなのだろうと思うと「旅人」は悲しくなりました。


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