5.早朝の来訪者たち
わたくしが辺境に来てしばらく経った、ある朝のこと。
「おはようございます!!」
まだ夜も明けきらない中、やけに明るく元気な声が、城門のほうから響いてきた。
あわてて飛び起き、身支度もそこそこに部屋を飛び出す。あの声の感じからすると、敵襲とかそういうものではなさそうだけれど、一刻も早く現状を把握しなくては。
ぱたぱたと廊下を駆けていくと、向こうから走ってくるヴォルフと行きあった。
「おはようございます、ヴォルフ様」
「……ええ、おはようございます。その……」
並んで城門のほうに走りながら、ヴォルフがぽつりとつぶやく。
「もしかして貴女も、城門を確認に?」
「はい。この辺境では何が起こるか分かりませんし、変事を見逃すわけにはまいりませんから」
城主たるあなたの妻として、と言いかけて、とっさにその言葉を呑み込む。今は緊急時だし、彼がうろたえるような言動はできるだけ慎むべきだ。
「私としては、貴女には城内で待っていてほしいのですが……」
幸い、彼はわたくしの隠し事には気づかなかったらしい。やんわりと言葉を返してきた彼に、にやりと意味ありげな笑みをよこす。
「あら、ヴォルフ様。わたくしがおとなしくしていると、そうお思いですか?」
「……いいえ。ただ、何かがあれば私の後ろに隠れてください。……おそらく、危険はないでしょうが」
もごもごとそう言ったヴォルフの顔には、なんとも言えない微妙な表情が浮かんでいた。……彼はもしかして、あの声の主に心当たりがあるのかしら。
小首をかしげつつ走っていると、城の正面玄関にたどり着いた。外に出たとたん、門番がひとり、すぐに駆け寄ってくる。
「ヴォルフ様、チェレスタ様、客人がいらしています」
どうやら、やってきていたのは敵ではなく、客のようだった。しかしそれにしては、門番がやけに困惑した顔をしているような。
「今、客人から事情をうかがったところなのですが……」
決まりが悪そうに言葉を濁す門番の後ろから、さっき聞いたのと同じ明るい声が飛んできた。
「あっ、ヴォルフ様だ!」
背伸びして、門番の肩越しに門の外のほうを見る。わたくしの視線に気づいたのか、門番が急いで横にずれ、道を開ける。
門のすぐ外には、正装に身を包んだ騎士たちがずらりと並んでいた。
ただ、昇ってきたばかりの朝日に照らされたその姿は……気のせいか、どことなく頼りない感じというか……騎士にしては、少々ひ弱な雰囲気というか。
しかも彼らは、やたらと若い。一応、ヴォルフの知り合いではあるみたいだけれど、どういった関係なのか。
とまどいを隠してたたずんでいたら、先頭に立っている騎士がきびきびと進み出てきた。せいぜい十七、八歳かしら。十六歳かも。やっぱり、騎士にしては若すぎる。
彼はばっと元気よく敬礼して、お腹の底から大きな声を出した。
「ヘクター・ルー及び、王宮より派遣されてまいりました騎士九名、これより辺境伯ヴォルフ・エリアス様の指揮下に入ります!」
この声……やっぱり彼が、さっき外で挨拶をしていた人物ね。人懐っこい雰囲気の、親しみやすそうな少年だ。若いということもあって、子犬っぽくもある。
隣のヴォルフが、はっと息を呑む気配がした。横目でそちらをうかがうと、彼はいつになくこわばった顔をしていた。
「ヘクター、君たちが、私の指揮下に……?」
「はい!」
呆然としているヴォルフとは裏腹に、ヘクターと呼ばれた少年はとっても楽しそうな笑みを浮かべていた。やっぱり子犬ですわね。
「しかしヘクター、君は……いや、君たち全員、か……みな、こないだまで騎士見習いだっただろう?」
「辺境に送られる騎士を募集してたんで、志願しました。そうしたら、晴れて騎士に昇格することになったんです。僕たち全員」
ヘクターの言葉に、残り九人が顔を引き締めてうなずく。
「僕たち以外にも、たくさんの騎士が辺境行きを志願してました。でもそちらを差し置いて、僕たちが選ばれたんです」
わざわざ、騎士見習いばかりが選ばれた。なるほど、兄姉たちのたくらみそうなことですわね。何かと物騒な辺境に、わざと弱い兵を送り込む。そういうこと。
納得していたら、ヘクターがヴォルフに向かって笑いかけ、とんでもないことを口にした。
「あ、分かってますよ。たぶんこれって、ヴォルフ様への嫌がらせですよね。毎回毎回、こりないなあ」
その言葉に、耳を疑う。ヴォルフへの、嫌がらせですって?
確かに、彼は貴族の中では低い身分で、そこから腕ひとつで騎士団長となり、ついには辺境伯の地位を得た。彼の成功を妬む者は多いだろう。
でもだからって、騎士団長に嫌がらせを仕掛けるなんて、とても信じられない。……けれどヘクターの口ぶりだと、どうもヴォルフは以前から、あれこれと嫌がらせを受けているようだった。
どうしてそんなことになっていたのか、彼はそのことについてどう思っているのか、知りたくなってしまった。でも、まだそこまで深入りできる仲でもないし……。ああ、もどかしい。
無言で悩むわたくしをよそに、ヘクターはさらにぺらぺらと喋り続けている。
「ヴォルフ様がいなくなって、アルフレッド様が騎士団長になったんですけど……もう、最悪ですよ。この世の春とばかりに、とんでもなく偉そうにふるまってて。みんな、すっかりうんざりしてたんです」
どうやらヴォルフの後釜は、たいそう人望のない人物らしい。そんな人物が騎士団長になったなんて、国の守りは大丈夫なのだろうか。
「辺境行きが決まって、本当によかったです。僕たち、うらやましがられるやら妬まれるやら、大変でしたよ」
ヘクターの語りはどんどん熱を帯びていき、それにつれて表情もどんどん豊かになっていく。見ていて面白い。ただ、騎士というより……役者のよう。
「まだまだ弱っちい僕たちですが、ヴォルフ様のために頑張ります! あ、それと」
元気よくしめくくったと思ったら、彼はそのままこちらに向き直ってくる。
「はじめまして、チェレスタ様。僕、ヘクター・ルーと申します!」
「え、ええ……」
彼の勢いに圧倒されてしまって、とっさに言葉が出てこない。ところが彼はお構いなしに、さらに盛大にまくしたててきた。
「ヴォルフ様のところに王女様が嫁いできたって聞いて、僕たちとっても嬉しかったんです! しかも、想像してたよりずっとずっときれいな方で……僕、今、すっごく感動してます!!」
「こ、こら、ヘクター。少し落ち着くんだ。チェレスタが困っておられるだろう」
「えーっ……だって、本当のことを言ってるだけですよ? 別に、これくらいなら構わないと思います」
少しも反省していない様子で、ヘクターは他の騎士たちに向き直った。
「なあ、みんなもそう思うだろ?」
すると、他の騎士たちも笑顔でうなずいた。それを見て、なぜかヴォルフが照れている。どうにもくすぐったく、浮かれた光景だ。せめてわたくしくらい、しゃんとしなくては。
呼吸を整えて、おっとりとした微笑みを浮かべる。ヴォルフに嫁いでから初めての、自己紹介だ。
「はじめまして、みなさま。夫のことを慕ってくれる方がこんなにいるなんて、妻としてとても嬉しゅうございます」
ヴォルフの妻なのだと誰かに名乗れるのが嬉しくて、ちょっとばかり調子に乗ってしまった。
いつも以上に丁寧に、優雅に話すわたくしに、ヘクターたちが感心したような声を上げ、ヴォルフがさらにうろたえる。……さらに、収拾がつかなくなってきたような気がしますわ。
「ありがとうございます! 僕たち、これから頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」
赤くなっているヴォルフをよそに、ヘクターが晴れ晴れと笑って言葉を返してきた。こちらも優雅な微笑みで、それにこたえる。
ちらりとヴォルフを見ると、彼はまだ困った様子ながらも、かすかにうなずきかけてくれた。
ヘクターたちは、城の外側にある区画で暮らすことになった。兵士や騎士など、城の守りを担当する者たちのために用意された場所だ。すぐ外には、広々とした鍛錬場もある。
今まで城で暮らしていたのは、わたくしとヴォルフ、それに最低限のメイドと使用人と兵士たちだけ。辺境伯夫妻が城に来て日が浅いからか、城の中にはどことなく気づまりな空気が流れていた。
そこに、たった十名とはいえ元気そのものの新米騎士たちが加わったのだ。これで少しは、城もにぎやかになるかしら。
ヘクターたちがそれぞれの部屋に落ち着いたのを見届けてから、ヴォルフは自室へと戻っていく。わたくしも、さりげなく彼のあとに続いた。
「ふふ、素敵な仲間が増えましたわね」
そうしてそのまま、彼の部屋に上がり込んでいた。意外にも彼は、わたくしを追い払おうとはしなかった。
「はい。王都にいたころからの、大切な仲間です」
配下、ではなく、仲間、と彼は口にした。その顔には、柔らかな笑みが浮かんでいる。彼がこんなふうに笑うのは、初めて見た。
ヴォルフにとってヘクターたちがどれだけ大切な存在なのかが一目で理解できる表情に、うらやましさがこみ上げてくる。
そのせいか、ついつい余計なことを口にしてしまった。
「あの。ヴォルフ様。先ほどヘクターが言っていた、嫌がらせ……というのは」
本当は、もっと後で、様子を見ながらこの話題を持ち出すつもりだった。でもわたくしだけ事情を知らないのが、ちょっぴり悔しくなってしまったのだ。仲間外れにされたように感じてしまったのだ。
わたくしの言葉を聞いたヴォルフが、困ったように眉をひそめている。まだ踏み入ってはいけないところに首を突っ込んでしまったと気づき、急いで首を横に振る。
「いえ、立ち入ったことを尋ねてしまいましたわ。どうぞ、忘れてください」
「……貴女には、知っておいてもらったほうがいいのかもしれません」
ところが予想に反して、彼は視線を落とし、静かにつぶやいた。
「私は、王宮では浮いた存在でした」
居住まいを正し、彼の声に耳を傾ける。浮いた存在……そうなのかもしれない。彼は自分の腕ひとつで騎士団長の座まで上り詰めたのだし、彼のことを成り上がり扱いする者がいてもおかしくはない。
「腰抜けの騎士団長。私には、そんな呼び名があったのです」
しかし彼はまたしても、予想外の言葉を口にしたのだった。




