28.にぎやかな、風変わりな宴
よく晴れた草原のあちこちから、楽しげな声が響いてくる。
色鮮やかな敷物が草地の上に広げられ、料理が載った大皿が敷物の上に置かれている。その周囲に人々が腰を下ろし、料理に舌鼓を打っている。
またその隣では、背の低い木のテーブルがずらりと置かれ、料理の大皿がところ狭しと並べられていた。テーブルのそばには質素な木の長椅子が置かれ、やはりたくさんの人が座っていた。
「なるほど、これがフロージュ流か。興味深いな」
ケイナがテーブルの上の料理を眺め、面白そうに目を見張っている。
今わたくしたちは、兄姉たちの干渉を退けたことを祝う宴を開いているところだった。
この場にはフロージュの料理と、シャルカの料理の両方が並んでいる。みんなでつかんだ勝利を祝うための席なのだから、この宴は両方の文化を合わせたものにしたい。ケイナが、そう主張したのだ。
それを聞いた城の料理人と、シャルカの女性たちは、どちらも大いに張り切った。せっかくの晴れの舞台で、自分たちの料理が見劣りするなんて我慢ならない。そんな対抗心を、ひそかに燃やしていたらしい。
結果として、驚くほどたくさんの、とびきり手の込んだ料理の数々がずらりと並ぶことになったのだった。
参加している人たちも、思い思いに着飾っている。
シャルカの人たちは、聖地に集まったときはまた一味違う、とびきり華やかな格好をしていた。たぶん聖地で着ていたのは正装で、今着ているのはおしゃれ着なのだろう。
ふんだんに刺繍を施した上着に、玉を連ねた首飾りをかけ、さらに男は羽飾りを、女は花冠を頭に載せていた。男女問わず目元に化粧を施していて、またそれがとてもよく似合っている。
お祖母様も、若い頃はこんな格好をしていたのかしら。きっと、とてもよく似合ったでしょうね。見てみたかったな……。
感慨に浸りながら、ヴォルフやヘクターたちに視線を向けた。
フロージュ側は、騎士の正装……となると少々物々しくなってしまうので、鎧は外し、代わりにマントをまとっていた。わたくしも、動きやすいドレスの中から、一番華やかなものを選んで着ている。
「ただこれは、フロージュの貴族の宴というよりも、騎士の祝勝会といったほうが正しいかと。あいにく、私は貴族の社会については疎いもので」
ヴォルフが申し訳なさそうに、ケイナに言葉を返す。わたくしも、すぐに言葉を添えた。
「でも、料理はとびきりおいしいですわ。確かに、王宮のものとは違いますけれど」
城の料理人は辺境の人間で、先代のころから城で働いている人物だ。そんなこともあってか、王宮の料理のように凝ったものよりも、どちらかというと素朴な家庭料理のたぐいが得意なのだ。
ヴォルフは騎士団長だったけれど、王宮の宴にはほとんど出たことがないのだとか。そういった場には必ずあのアルフレッドがいて、これ見よがしに他の貴族やなんかと仲良くしていたせいで、少々居心地が悪かったのだと、こっそりそう教えてくれた。
わたくしとマリアンは王宮暮らしが長いし、宴に出たこともある。ただ……。
「実はわたくしとお姉様も、フロージュの宴には詳しくないんですの。ですので、今回の宴の準備は、ヴォルフ様に任せっきりになってしまいました」
マリアンとふたり、もじもじしながら弁明する。
「わたし、王宮の宴に出席したことはあるのだけど、ずっと兄様たちの顔色をうかがっていたから、何も覚えてなくて……」
「わたくしも何度か出ましたけれど、ワインを引っかけられたりして途中退席が常でしたわ」
黙って話を聞いていたケイナの顔が、どんどんゆがみ、しわしわになっていく。難しい顔というよりも、困惑とあきれが入り混じったような、そんな表情だ。
「つくづく、フロージュの王族というものは……」
そうして、深々とため息をつく。
「チェレスタ、マリアン、お前たちはかなりの例外のようだな。まったく、同じ血を引いていながら、どうしてここまで違うのか」
「わたくしのうちには、シャルカの誇りもありますもの。兄姉たちと一緒にしてもらっては、困りますわ」
胸を張って答えると、マリアンが急におどおどし始めた。
「えっと、わたし……そういうのは、特になくて……ただ、辛くて逃げ出しただけなので……」
すると後ろから、ひょっこりとザイが顔を出した。
「お前は、俺たちの暮らしになじもうとしていた。理不尽な苦労を強いる環境を離れ、新たな場所で生きるために努力する。それができるだけでも、十分に誇っていいことだと思うが」
彼の目元にも色鮮やかな化粧が施されていて、凛々しい面差しをさらに引き立てている。かばってもらったマリアンが、感謝をこめて頭を下げていた。
しかしわたくしはわたくしで、まったく別のことを考えていた。
……この化粧、案外ヴォルフにも似合いそうな気がしてきましたわ。今度言いくるめて、塗ってみましょうか。たぶんケイナたちも、喜んで手を貸してくれそうな気がするし。
「それにお前は、努力家なだけでなく案外器用だ。思いのほか早くなじんだことに、みな感心している」
「ザイ……」
手放しで褒められたことがよほど嬉しいのだろう、マリアンは目を潤ませて、ザイを見つめている。……いい雰囲気、のような気がしますわ。
「ほんと、仲、いいねえ。ところで、新しい料理が来たよ。シャルカの……なんか白い塊」
ところがそこに、ヘクターの明るい声が割って入ってきた。本当に彼ったら、いいところで邪魔をするのが得意なんですのね……。
「ああ、あれはうまいぞ。一度お前たちにも食べさせたかったんだ。行こう、マリアン、ヘクター」
そうして三人そろって、少し離れた敷物のほうに駆け寄っていった。珍しくも、ザイが顔を輝かせている。
「その料理って、そんなにおいしいのかしら……?」
気になって、ザイたちが向かっていったほうを見つめる。ケイナが笑って、通りがかったシャルカの女性を呼び止めた。
「ちょうど、もう一皿やってきたようだぞ。おおい、ちょっとそれをこっちに持ってきてくれ」
笑顔で近づいてきた女性が、盆をこちらに差し出してくる。そこには揚げパンが山と盛られた大皿と、白いクリームが入った大きな器が載っていた。
ヴォルフが器をのぞき込んで、首をかしげる。
「……以前、貴女が持ってきてくれたものに似ているな」
「わたくしも、そう思いますわ」
揚げパンにクリームを塗って、ふたり同時に口に運ぶ。
「やはり、同じものだ。貴女は、見事にシャルカの料理を再現していたのだな」
「ふふっ、あのときは頑張りましたもの」
懐かしい味に微笑み合っていたら、ケイナが目を丸くして尋ねてきた。
「チェレスタは、これを作ったことがあるのか?」
「はい。作り方は、お祖母様に習っていましたし……その、ヴォルフ様と少しでも打ち解けたくて」
改めて言葉にすると、なんだか気恥ずかしい。あのときは、どうにかしてヴォルフとの距離を縮めたいと、それしか考えていなかった。でも今にしてみると、必死すぎたなと思えてしまう。
はっきりと自覚はしていなかったけれど、あのころ既に、わたくしはヴォルフに惹かれていた。……たぶん、ひとめぼれだったのだろうなという気もする。
「そうか、お前はつくづく、いい妻を持ったな。……お前が女性に不慣れなのはひと目で分かるが、さすがに妻をやきもきさせるのはどうかと思う。私でよければ、妻と仲睦まじく過ごすこつを教えてやるぞ」
細かい事情は何ひとつ話していないのに、ケイナは笑顔でそんなことを言ってきた。当たっているのが、またこそばゆい。
ところで、仲睦まじく過ごすこつ、って、何かしら。ちょっと気になりますわ。
「な、なっ、ケイナ殿!」
しかし、というより当然のように、ヴォルフがうろたえる。顔を赤らめて、あわあわと口を動かしているけれど、うまく言葉が出てこないらしい。
「まあ、気が向いたら声をかけてくれ。それでは、また後ほど」
からからと軽やかに笑い、ケイナはシャルカの女性を連れて立ち去っていった。あとに残されたのは、赤い頬をしたわたくしとヴォルフだけ。
「……ヴォルフ様。わたくしたちも、まいりましょうか」
「そうしよう」
気を取り直して、あちこちのテーブルや敷物に足を運ぶ。ご馳走を片っ端からつまんでは、みんなと話して回る。
城のメイドや使用人たちは、もうすっかりシャルカの民たちと仲良くなっていた。テーブルの設置や料理の配膳を終えた者たちは、めいめい席について、にぎやかに話しながら食事に舌鼓を打っていた。
しばらくしてわたくしたちは、国や文化の違いなどお構いなしに親交を深めている人々を、少し離れたところから見守っていた。
「……平和、ですわね。とても」
「ああ。こんな光景を見られるとは、思いもしなかった」
「あなたの理想、かなってしまいましたわね」
「これからは、この光景を守れるように努力しなくてはな」
「もちろん、わたくしも全力で手伝いますわ!」
ぐっとこぶしを握って力強く言い切ると、ヴォルフが優しく目を細めた。ああ、なんて温かな笑顔なのでしょう。
「……そんなふうに笑いかけてもらえるなんて、わたくしは幸せ者ですわね」
「チェレスタ?」
不思議そうにわたくしの名を呼ぶヴォルフに、ためらいながら言葉を返す。
「初めてあなたと顔を合わせたとき、あなたはとてもつれなくて……けれど、わたくしのことを疎んじてはいないと知って、ほっとしました」
わたくしを見つめたまま、彼がほんの少し顔をゆがめた。たぶんこれは、後悔の表情だろう。
「それからというもの、どうにかしてあなたに近づきたくて、あれこれとあがいていたんですの」
思い返してみれば、あのころのわたくしはとても必死だった。馬に乗り、料理を差し入れて、彼と一緒に城の中を練り歩き……。
「こうしてあなたと打ち解けることができたからよかったようなものの、ひとつ間違えていたら、あなたにうっとうしがられていたかもしれないと、今さら気づきました」
ヴォルフはわたくしが近づくと緊張していたし、よく顔を赤らめていた。でも正面切って拒絶してくるようなことはなかったから、ついそれに甘えてしまっていた。
結果、とってもいい感じにまとまったからいいようなものの、危なかったですわね。
苦笑していると、ヴォルフがじわじわと赤くなった。視線をそらしかけた……かと思いきや、意を決したようにわたくしをまっすぐに見つめてきた。
「……今だから、白状する。ぐいぐいと積極的に迫ってくる貴女に、とまどったのは事実だが……同時に、かわいらしいとも思っていた」
「まあ……ありがとうございます。わたくし、初めて会ったそのときから、あなたのことを素敵な方だなって思っていましたのよ」
嬉しさのあまり、ついそんなことを口走ってしまった。案の定、ヴォルフが真っ赤になって顔をそらす。
「ふふっ、また赤くなって……そんなところも、愛おしいですわ」
小声でつぶやき、彼のすぐ隣に立つ。並んで、同じ景色を見つめていた。
やがて、どこからか音楽が聞こえてきた。
「あら、この曲は……」




