27.みんなでつかんだ勝利
城に駆け込んできたマリアンから、豪華な書状を受け取る。シャルカの衣をまとった彼女の手は、かたかたと震えていた。その隣に立ったザイが、心配そうに彼女を見ている。
イネスを追い返す際、わたくしたちは彼に王宮あての書状をたくした。というより、押しつけた。その返事がやってくるのを、今か今かと待っていたのだ。
「マリアンと遠乗りをしていたら、王宮の使者とやらに出くわした。ひとまず書状を受け取って、急いで持ってきた。使者は、ヘクターたちが今こちらに連れてきているところだ」
緊張のせいでろくにものも言えなくなっているマリアンの代わりに、ザイがはきはきと説明してくれた。しかし彼の顔も、どことなくこわばっている。
とうとう、やってきた。この内容次第で、わたくしたちの今後が決まる。
まずはケイナに使いを出して、ここまで来てもらうよう頼む。けれどその前に、わたくしたちだけで書状を読んでおくことにした。ケイナやヘクターが集まるまで、待てなかったのだ。
ごくりと生唾を呑みながら、そろそろと書状を開く。
『辺境伯は、そのまま辺境を治めよ。ただし、国境の向こうの敵と戦いになっても、こちらは一切援助しない。また、みだりに辺境を離れることを禁ずる』
部屋に、痛いほどの沈黙が満ちる。いつの間にか呼吸を止めていたことに気がついて、ふうと息を吐いた。
「……意外でしたわ」
「よかったあ……」
わたくしに続いて、マリアンも安堵のため息をついている。
「どうしようもなく偉そうな文だが、これは安心していいものなのか?」
「一応、あちらからの干渉は止むと、そう判断できそうだが……」
ザイとヴォルフは、この書状の言いたいことがきちんと理解できていないらしい。露骨にほっとした様子のわたくしとマリアンを見て、ちょっぴり困惑している。
「安心できるも何も、わたくしたちの大勝利ですわ」
そんなふたりに、にっこりと笑いかける。
「この文面をざっくり翻訳すると『絶縁だ! お前たちは絶対に、辺境から出てくるな!』となりますわ」
「形だけでも王宮に従い、おとなしくしていれば、これまでどおりに過ごせる……ということです。お互い不干渉、ということですね……」
マリアンもおかしそうに、くすりと笑っている。
「うかつに辺境にちょっかいをかけると大変な目にあうって、イネスお兄様が熱烈に主張してくれたのでしょうね」
いっそ間抜けと呼べるほどに鮮やかな敗北を喫したイネスは、自分の力が足りなかったのではなく、辺境伯とシャルカの民が強すぎたのだと、そう主張するほかなかったはず。
そして他の兄姉たち、イネスより頭の回る兄姉たちは、イネスだけでなくアルフレッドや他の兵たちの話などを考えあわせ、こう判断したのだろう。「触らぬ神に祟りなし」と。
「お兄様たちの悔しがる顔が、目に浮かぶようですわ……」
「うふふ、すっとしました」
手を取り合って喜ぶわたくしとマリアンを見て、ザイがとても複雑そうな顔をしていた。
「……フロージュの王族というのは、とことん面倒なんだな」
「だが、それももう終わりだ。ようやく、彼女たちものびのびと暮らせる」
そしてヴォルフは、とても優しい目をしていた。彼に向き直り、微笑みかける。誰からともなく、明るい笑い声が上がっていた。
「ふむ、そうやって笑えているということは……どうやら、いい知らせだったようだな」
「みたいですね」
いきなり扉ががちゃんと開いて、笑顔のケイナとヘクターが入ってくる。どうやらわたくしたちの笑い声は、廊下にまで響いていたらしい。
ふたりにも書状の内容を、そしてそれが意味するところを伝えると、ふたり同時に苦笑していた。
「まあ、平和になるんだったら、細かい建前とかどうでもいいです」
「そうだな。これからも、我らとお前たちはともに過ごすことができる。大切なのは、それだけだ」
口々にそう言って、うんうんとうなずいている。それからヘクターが、びしっと敬礼をした。
「じゃあ僕、この知らせをみんなに伝えてきますね!」
「俺も行く」
「あ、わたしも」
続いて、ザイとマリアンも出ていった。三人とも、弾むような足取りだった。
「では私も、このよき知らせをシャルカの仲間たちに知らせてこよう。みな、今回の結末を、我がことのように心配していたからな」
明るく笑って手を振り、ケイナもゆったりと退室していく。あっという間に、ヴォルフとふたりきりになってしまった。
つい先ほどまでの緊迫した空気は、もうすっかり消え失せている。隣のヴォルフを見上げたら、彼は柔らかい笑みを浮かべていた。戦いの間に見せていた凛々しい表情も素敵だけれど、やはり彼にはこの優しい表情のほうが似合っている。
くすりと笑って、口を開く。
「使者に、返事を持たせなくてはなりませんね。『承知いたしました』と」
「ああ。それでようやく、片が付く」
「ここまで、頑張ってきてよかった……」
「貴女にも、たくさん苦労をさせてしまった」
「いいえ、あなたとの平和な日々を守るためですもの。これくらい、苦労のうちに入りませんわ」
困難をともに乗り越えたことで、わたくしたちの間にはこれまで以上の絆が芽生えていた。わたくしを見つめる彼のまなざしにも、信頼と愛情が感じられる。
「ヴォルフ様、わたくし……」
感極まって、ゆっくりと進み出た。彼の手にそっと自分の手を重ね、間近で見つめあう。もう一歩、あと一歩近づきたい……。
「そうだ、忘れてました!」
またしてもいきなり扉が開いて、ヘクターたちがぞろぞろと入ってきた。あわててヴォルフから離れ、姿勢を正す。
ああもう、どうしてここで邪魔が入るんですの。今の流れでしたら、抱きつくことだってできそうだったのに。あるいは、それ以上のことだって……。
「どうした、何を忘れていたんだ」
澄ました顔で、ヴォルフが尋ねる。ただその声も、ちょっぴり動揺に揺らいでいた。
「せっかくなので、あれ、やりましょう!」
そう答えるヘクターは、目をきらきらと輝かせている。尻尾を振っている子犬みたいだ。『あれ』が何なのかは分からないけれど、楽しいことであることは間違いない。
「ヘクター、落ち着いてくれ。あれとは何だろうか」
困惑しつつさらに尋ねるヴォルフに、今度はザイが答える。
「宴だ」
「私たちは、戦いの後に宴を開き、互いの健闘を称え、ねぎらうのだ」
ケイナが説明を付け加えて、にやりと笑う。まあ、以前はお前たちフロージュの連中と戦い、その戦果を誇っていたわけだがな、とつぶやいていた。
ちょっぴり気まずさを覚えていたら、ふわふわとした声がした。
「……シャルカの宴って、初めてです……どんなものなのでしょうか」
「とてもにぎやかな、楽しいものだ。期待していていい」
マリアンが両手を胸の前で組んで、うっとりとしたまなざしを宙に向けている。そんな彼女を、ザイが優しく見守っていた。
ヴォルフは彼女たちに目をやってから、ケイナに向き直る。
「ならば急ぎ、宴の準備に取りかかりましょう。ただ、私たちもシャルカの流儀は分かりませんので、教えていただけると助かります」
すると、ケイナの笑みが深くなった。
「それなのだが、ひとつ提案がある」




