25.はい、これで決着ですわね
頭に血の上ったイネスが、剣を手にケイナに迫る。しかしイネスがケイナを斬るより早く、人影が動いた。続いて、鋭い口笛が響く。
「うおっ!?」
まるで獣のような叫び声を上げて、イネスが立ち尽くした。その体には、太い縄がぐるぐるとからみついていた。
さっきの掛け声と同時に、ケイナの周囲にいた騎士がふたり飛び出して、手にした縄でイネスを縛ってしまったのだ。
「ヘクター、いい動きだ」
「ザイこそ、慣れない格好なのにすごいね」
「そうだな、この服装は少々重く、動きづらい。やはり俺は、いつもの格好のほうが楽だ」
イネスを捕らえた縄の両端をしっかりと握ったまま、ヘクターとザイが互いを褒めあっていた。ふたりとも、そろいの服装……騎士の服に身を包んでいる。
和やかに笑いあいながら、彼らはイネスにさるぐつわを噛ませていた。息ぴったりの、見事な動きだった。
「うむ、うまくいったようだな」
さっきまで縛られていたはずのケイナが立ち上がり、楽しげに笑っている。彼の視線の先には、イネスと同じように縛り上げられた護衛たちの姿があった。
ヘクターとザイが動いたのと同時に、他の騎士たちも動いていたのだ。いい感じに不意をつけたので、護衛たちは抵抗することも、声を上げることすらできなかった。
「ええ、思った以上にうまくいきましたわ」
わたくしの言葉に、みなが無言で笑みを浮かべる。とはいえ、まだ作戦の途中なので、うかつに騒ぐわけにはいかない。
ケイナをおとりとして、狭苦しい中庭にイネスをわざとおびき寄せる。そうやってイネスの護衛の兵を減らしたうえで、不意をついてイネスを捕縛する。それが、今回の作戦の第一段階だった。
ただ、イネスは小心者だ。そして、ヴォルフはあまり口がうまくない。話の流れによっては、イネスがたくさんの護衛とともに中庭に乗り込んでくる可能性もあった。もしそうなってしまったら、ヘクターたちだけでは取り押さえられないかもしれない。
だから、ザイたちを騎士に変装させて、何食わぬ顔でまざってもらったのだ。
「しかし、お前の国の王子は、騎士の数すら把握していないのか? 普通なら、おかしいと思うだろうに」
ちょっぴりあきれた顔で、ザイがつぶやく。辺境に送られてきた騎士は、ヘクターたち十名。ところがここには、二十名の騎士がいるのだ。
もしイネスに指摘されたら、「辺境の兵士の中から、腕の立つものを辺境伯権限で騎士として取り立てた」と説明するつもりだったのだけれど……そんな言い訳すら、必要なかった。
「把握するも何も、この人はそもそもそんなことに興味はないと思うよ」
「……仲間に対して、そこまで無関心を貫けるとは……信じられない。これが王子だとは」
さらに険しい顔になってしまったザイを、ヘクターが笑顔でなだめていた。
「まあまあ。おかげで、面白いくらい簡単に引っかかってくれたんだから。僕たちの予備の服とか、城にしまってた制服まで全て引っ張り出してきたかいがあったよね。ザイたちの身のこなしも、とっても自然だったし」
ザイたちルルカの枝の者は、みなとても腕が立つ。しかも、普段からヘクターたちと戦い方を教え合っているから、フロージュ流の立ち回りを熟知している。彼らは、騎士のふりをするにあたって最高の人材だったのだ。
和やかに話しているふたりを見ていたら、地面に転がされたイネスと目が合った。動きを封じられ声も出せない彼は、殺気のこもった視線をわたくしに投げかけていた。
彼とはあとで改めて話をする予定だけれど、一度おとなしくさせておいたほうがよさそうですわね。
口を開こうとしたら、すっとヴォルフが割り込んできた。彼の大きな体でさえぎられ、イネスの姿が見えなくなる。
「ヴォルフ様?」
「……貴女は、悪意には慣れているのだろう。だが、貴女があのような目で見られていることが、どうにも我慢ならなくて……」
切なげに目を伏せて、ヴォルフはささやいてくる。こんなときだというのに、彼の思いが嬉しかった。
「ふふっ、ありがとうございます」
自然と、笑みがこぼれる。彼の目をじっと見つめて、彼のほうに進み出て、そっとその腕に触れた。
ちょうどそのとき、兵士がひとり、迷路を抜けてわたくしたちのもとに駆けてきた。はっと我に返り、ヴォルフの隣に並ぶ。中庭の空気が、一気に張り詰めた。
「外の敵兵、全て無力化しました!」
みんなが固唾を呑んで、報告に耳を傾けている。ヴォルフが重々しい声で、兵士に尋ねた。
「怪我をした者は?」
「ありません! 敵味方とも、全員、無事です!」
その報告に、ヴォルフと胸をなでおろす。周囲から、歓声が上がっていた。
わたくしとヴォルフはふたり並んで、城の外に向かう。みんなはイネスを大きな板にくくりつけると、それを掲げ持ってわたくしたちの後に続いた。病人を運ぶときのような……いえ、むしろいけにえを運ぶときのような、そんな感じだ。
城門をくぐり、外の広場に出ると、笑顔の辺境の兵士たちに迎えられた。ちなみにその半分も、やはりルルカの枝の者だ。騎士の服が足りなくなったので、兵士の服を貸し出したのだ。
彼らの周囲の地面には、丁寧に縛られた王宮の兵士たちが転がっている。
そのさまを見て、ヴォルフがふと眉をひそめる。
「思ったほど、あちらの戦意が落ちていないな……縄を解いたら、襲い掛かられそうだ」
王宮の兵たちは、みなぎらぎらとした目で、わたくしたちをにらみつけていたのだ。イネスの残念な姿を見ても、降伏する様子はない。
むしろ、だまし討ちをくらって捕らわれたことで、一時的にとはいえ士気が……殺気かもしれませんけれど、とにかくやる気が上がってしまっていたのだ。
「そのようですわね。念のために準備をしておいて、よかったですわ」
しかしわたくしたちは、少しも焦ってはいなかった。こんなこともあろうかと、もうひとつ策を用意していたのだ。
板の上でもごもごともがいているイネスを無視して、涼しい顔で待つ。やがて遠くから、馬の走る音がいくつも聞こえてきた。
「チェレスタ! みなさまも、呼んでまいりました!」
先頭の馬に乗っている人物を見て、イネスがさらに激しく暴れ始めた。さるぐつわを取ってやると、彼はそちらを見て裏返った声で叫んだ。
「マリアン!! なぜお前がここに!?」
「もちろん、お兄様の手から辺境を守るためです!」
堂々と胸を張って、マリアンは大きな声で言い返していた。
初めてこの城にやってきたとき、彼女はひとりで馬に乗ることすらできなかった。いつもおどおどとして、誰とも目を合わせなかった。けれど今では、難なく馬を乗りこなし、背筋を伸ばしている。
彼女の変わりっぷりに、さすがのイネスも驚かずにはいられなかったようだ。口をぽかんと開けたまま、微動だにしない。
そして彼女の後ろには、同じように馬に乗ったシャルカの民が、次々と詰めかけている。城にいるルルカの枝以外の者たちだ。
彼らはきちんと整列すると、馬上で一斉に弓を構え、王宮の兵士たちに狙いを定めた。一糸乱れぬ動きとぴりぴりとした気迫に、王宮の兵士たちはすっかり呑まれてしまっていた。
イネスを捕らえ、彼の配下の兵を全部捕らえ、心を折ることで逃げ帰らせる。それが、この作戦の全容だった。
ただ、すんなりと事が運ぶとも限らない。むしろ、どこかでうまくいかなくなる可能性が高い。その場合に備えて、他のシャルカの民たちに協力してもらったのだ。
シャルカの民の圧倒的な強さと、わたくしたちとの密接な関係を見せつけることで、どうあがいてもかなわないと思わせるために。
イネスは馬鹿だ。けれど、辺境の現状を他の兄姉たちが知れば、あちらの出方も変わるかもしれない。力押しではどうにもならないと、そう思わせることができるかもしれない。わざわざシャルカの民を集めたのには、そんな思惑もあった。
シャルカの民と王宮の兵たちとを交互に見てから、マリアンに向き直る。
「マリアンお姉様、みなさまを集めてくださってありがとうございます」
「チェレスタ、そちらもうまくいったようでよかったわ」
静まり返った広場に、わたくしとマリアンの明るい声だけが響いていた。
この策のために、ルルカの枝のみんなは前もって他の枝の民たちに声をかけ、協力してもらえるよう約束を取りつけたのだ。元々シャルカの民は互いに助け合って生きているし、聖地のこともあってか、快諾してもらえた。
……気に食わないフロージュの連中に一杯食わせてやれるなと、不敵に笑っていた者もいたようだけれど。
そうしていよいよ策を実行するとなったとき、ルルカの枝のみんなは手分けして、約束した者たちをここに集めてきたのだ。
マリアンもまた、他の枝との連絡役を務めてくれていた。自分もここの世話になっているのだから、ささやかであっても辺境の力になりたいと、そう言い出したのだ。本当に、以前の彼女からは考えられない発言だ。
「……イネス様」
ヴォルフが、イネスに向かってゆっくりと進み出る。
わたくし、辺境の騎士たち、マリアン、それにシャルカの民たち。みんなの力強い視線を受けながら、彼はイネスに呼びかけた。
「私たちはこの辺境で、隣人たるシャルカの民と手を取り合って生きていきたいと思っています。彼らは決して、敵ではありません」
およそ辺境伯の言葉とは思えない、けれど情のこもった言葉に、王宮の兵たちが目を見張った。その目にあった怒りとおびえの色が、ゆっくりと薄れていく。
「どうか、このまま退いてはいただけませんか」
しかしイネスだけは、思い切り顔をゆがめてヴォルフをにらみつけていた。そうして、吐き捨てるような口調で言い放つ。
「さっさと縄を解け、今ならまだ、貴様たちだけは生かしてやる」
どうやら、彼はまだ降伏するつもりがないらしい。頭が残念なせいで、状況を正しく判断できていないのでしょうね。ああ、面倒。
こうもいきり立ってしまったら、優しいヴォルフにはどうしようもないだろう。
ならばここは、わたくしの出番だ。……ふふっ、とっておきを見せてあげましょう。
すっと進み出て、イネスに微笑みかけた。自分でもおかしくなるくらい、晴れ晴れとした笑みが浮かんでいるのを感じる。
「お兄様、自分の立場を理解しておられませんの?」




