24.一世一代の大芝居
敵の総大将を捕らえた。わたくしのその言葉を聞いて、イネスは明らかに動揺していた。いつもの偉そうな笑みは消えて、ぽかんと口を開けている。間の抜けた顔ですわね。
「そ、そうなの、か……?」
きっと彼は、思いっきりわたくしを威圧して、脅してやるつもりだったのだろう。
一刻も早くシャルカの連中を討て、さもなくばお前たちを捕らえるぞとかなんとか、そんなことを宣言するつもりだったはず。
ところがわたくしが、いきなり彼の予想を超えた報告をしてのけた。そのせいで、何も言えなくなっているようだった。いい気味。
「ええ、そうですわ。そもそもわたくしたちがシャルカの人間に近づいたのは、不意をついて一網打尽にするためでしたのよ?」
「な、なんだと!?」
澄ました顔で言葉を続けると、イネスは裏返った声を上げた。策略とかそういうのにはまるで縁のない人だから、素直に信じるかもしれないなとは思ったけれど……予想以上にあっさりと信じたようだった。やっぱり、馬鹿だ。
「もう少しじっくりと、時間をかけて進める予定でしたのに……お兄様たちが軍を差し向けてくるから、計画を大幅に早めるはめになりましたわ」
必死に笑いをこらえつつ、とがめるような視線をイネスに送る。
「そのせいで、他の兵たちには逃げられてしまいました。あとあと、面倒なことにならないといいのですけれど」
露骨にため息をついてみせたら、イネスがうろたえつつも怒鳴りつけてきた。
「そ、そういうことなら、書状にきちんと返事をよこせばいいだけの話だろう!」
「そんなことをしたら、わたくしたちの策略があちらにばれてしまいかねませんわ。それにもし真実を明かしたところで、お兄様たちはわたくしの言葉を信じてくれたとは思えませんし」
「う……それは……」
イネスが顔を真っ赤にして口ごもっている。言い返せないらしい。ちょっぴりすっとしましたわ。
「そうだ! 敵の総大将を捕らえたというのなら、連れてこい! 実際に見るまでは、信じないからな!」
あ、やっとそこに思い至りましたわね。でももちろん、ここから先の対応についても打ち合わせ済みだ。
ヴォルフが冷静に、イネスに説明する。
「敵が身柄を奪還してくる可能性がありますので、総大将は城の中庭で拘束しています。ただ、囚われの身となっても戦意をそぐことができず……うかつに刺激すると、ひどく暴れるのです」
ヴォルフが困り果てた顔で肩をすくめると、イネスがわずかにたじろいだ。
イネスは兄たちの中で、一番腕っぷしに自信がある。といっても、騎士たちの平均にも届いていないのだそうだ。
ヘクターたちがこっそり教えてくれたのだけれど、騎士たちがイネスと手合わせするときは、『できるだけ苦戦したふりをして、派手に負けること』という暗黙の了解があったらしい。「しかもイネス様、自分が手加減されてることに気づいてないんですよね」とヘクターはあっけらかんと笑っていた。
けれどさすがのイネスも、ヴォルフには一目置いていたらしい。そのせいか『ヴォルフですら手を焼く敵の総大将』に対してちょっぴり恐れを抱いたようだった。
しかし彼はおびえを隠すように、ふてぶてしく言い放つ。
「ならば、俺の手勢を連れ込んで、数で圧倒すればいいだけの話だろう」
「いえ、ここの中庭は複雑な構造をしているため、多くの兵を投じるには向いていません。その分、敵が攻め寄せてくる心配もせずに済むのですが」
「ちっ、面倒だな。そもそも、地下牢にでも押し込んでおけばよかっただろうに」
「それは考えたのですが、あまりに抵抗するので、そこまで運ぶこともかないませんでした」
不満げにぶつぶつ言っているイネスを、ヴォルフが機嫌を取りつつ丸め込みにかかっている。ヴォルフの誠実な態度に、イネスの警戒も解けつつあるようだった。さすがはヴォルフ。
「イネス様は、最低限の護衛を連れて城にお入りいただけるでしょうか。敵の周囲は、私の配下の精鋭たちが固めております。ご安心ください」
「うむ、そうさせてもらおう。お前たちの働きに期待しているぞ」
そうしてわたくしたちは、イネスたちを引き連れて城へと入っていった。
ここまでは、予定どおり。順調にことが運びすぎていて、少し怖いくらい。
またしても笑いそうになる顔を引き締めて、精いっぱいしずしずと歩く。あと少し、油断してはならない。
やがて、中庭に出た。いつもはみんながのんびりくつろいでいるそこには、とてもぴりぴりした空気が満ちている。
ここの中庭は、少々面白いつくりになっている。三階建ての回廊に囲まれた庭いっぱいに、背の高い生垣でできた迷路が広がっているのだ。
わたくしたちはもうすっかり道を覚えているけれど、イネスは明らかに困惑している。そちらには構わず、素知らぬ顔で迷路を抜ける。
と、いきなり目の前が開け、中央の広場に出た。
石畳の広場の真ん中に、後ろ手に縛られたケイナがひざまずいている。ヘクターたち騎士が、ケイナの周りを囲んでいた。
背後から、ごくりと息を呑む気配がした。イネスだ。狂暴極まりない敵の総大将を前にして、明らかに動揺している。気の小さいところは、相変わらずですのね。
内心あきれつつ、こっそり彼の様子をうかがう。イネスは薄気味悪そうにケイナをちらりと見て、それから彼の周囲の騎士たちを順に見て……ふんと鼻を鳴らした。
「なるほどな。敵ひとり捕らえているとは思えないくらいの、厳重な警備だ。どけ、お前たち。俺がじきじきに、尋問してやる」
彼の声は、また元通りの偉そうなものに戻っていた。なるほど、相手が動けないと踏んで、余裕を取り戻したのですわね。
さらにあきれつつ、すっと脇に寄って道を開けた。ヴォルフも神妙な顔で、同じように道を譲っている。
わたくしとヴォルフの間を通り抜けるようにして、イネスが進み出た。ケイナがしっかりと縛られていること、そしてその縄の先を複数の騎士がしっかりと握っていることを確認してから、腕組みをして胸を張っている。
「ふん、お前が蛮族どもの長か。お前を討ち取れば、俺が次の王となる道もひらかれるな」
ふてぶてしく言い放ち、イネスがケイナの頭を乱暴にひっつかもうとした。
「触るな、汚らわしい」
しかしケイナは、ひざまずいたまま器用に身をよじり、その手をかわしている。
「おい、しっかり抑え込んでおけ!」
それがよほど気に入らなかったのか、イネスはヘクターたちを怒鳴りつけた。ヘクターたちはきりりと顔を引き締めて、縄を握る手に力をこめている。
「まったく、辺境の兵士は役立たずばかりだな……」
「お前よりは、よほど骨がありそうだが」
イネスのぼやきを、どすのきいたケイナの声がかき消す。
「私が蛮族なら、お前は何だ。穏やかなこの地に、余計な波風を立てにきた愚か者だな」
ケイナは燃えるような目で、イネスを見すえていた。そのあまりの迫力に、イネスがひるんでいる。
「このような者が王となるようなら、フロージュは終わりだな。民が哀れでならない」
軽蔑しきった笑いを浮かべ、あごを上げて、ケイナはイネスを見つめる。イネスの顔が、みるみる赤くなっていく。
「な、貴様、俺を愚か者だと……よくもそんな口がきけたものだな!!」
愚か者が愚か者と言われて、怒っていますわね。そんなところが愚かなんですのよ。緊迫した状況にもかかわらず、そんなことを考えずにはいられなかった。
ケイナが捕らわれているのも、ああやってイネスを挑発しているのも、全て作戦のうちなのだ。もっとも、イネス本人はまったく気づくことなく、罠の奥深くに向かって面白いように突き進んでいる。
ただ、イネスが連れてきた護衛たちの顔には、とまどいの色がある。さすがにイネスほど馬鹿ではない彼らは、うっすらと違和感を覚えつつあるようだった。これ以上長引かせると危険かもしれない。
「おい、辺境の騎士たち、この無礼者をしっかり取り押さえておけ! 今ここで、俺がたたっ切ってやる!」
そわそわしていたら、イネスが震える声で怒鳴りながら、腰の剣に手をかけた。
「それっ!」
そのとき、ぴったり重なった掛け声とともに、ふたつの人影が素早く動いた。




