23.もう一手、打ちたいところ
「ザイ。本題って、何かしら」
「俺たちは、崖の上から敵の部隊を見張っていた。俺は、その結果を報告しにきたんだ」
アルフレッドの捕縛に成功したことで少し緩んでいた空気が、一気に引き締まる。
「作戦どおり、敵を分断することができた。奇襲を受けてかなり動揺したらしく、残りの連中はさっさと下がっていった」
その言葉にほっとしていると、ザイはさらに言葉を付け加えた。
「奴らは街道が広くなったところまで出て、そこで態勢を立て直している。今のところ、それ以上下がる気配はない」
「……そうでしたの」
あちらは不意打ちをくらい、さらに前線の指揮官であるアルフレッドを失った。きっと戦意も下がっているだろうに、思ったほど動揺していない。
やはり、あちらの総大将がイネスなのが痛かった。彼なら、軍が壊滅してもなお戦おうとするかもしれない。それくらいには馬鹿だ。もう少し賢い兄が来ていたなら、また違う展開になっていたのかもしれないけれど。
「しばらく、様子を見よう。このまま帰ってくれれば、一番なのだが」
困ったような顔で、ヴォルフがため息をつく。眉間にしわを寄せて、そっと提案する。
「どうせなら、『アルフレッドを無事に返してほしければ、このまま王都に戻れ』と交渉してみるのは……」
言いかけて、口を閉ざす。
馬鹿のイネス相手に、人望のないアルフレッドをちらつかせて交渉する。
アルフレッドは王子の乳兄弟ではあるものの、その王子はイネスではない。となると、イネスにとってアルフレッドは、特に価値のない存在だ。
……どう考えても、まとまらないでしょうね。交渉を持ちかけたところで、そんな奴などどうでもいい、好きにしろと言われて終わりな気がしますわ。
「ひとまず、待ってみるしかなさそうですわね……」
わたくしの言葉に、みなあいまいにうなずいていた。
「やっぱり、退いてはくれませんでしたわ……イネス兄様の性格を思えば、当然ではありましたが」
毎日のように上がってくる報告を前に、ヴォルフと難しい顔を見合わせる。日当たりがよく広々とした部屋には、重苦しい空気が立ち込めていた。
このところ、わたくしたちの会話はイネスのことばかりになっていた。一応新婚の夫婦だというのに、あまりにも色気がなさすぎる。
イネスの軍は現在、街道が封鎖された地点から少し離れた平原に陣を構えている。しかも王宮のほうから、さらに追加の兵を呼び寄せていた。
ちなみに、アルフレッドの身柄を持ち出して脅迫……ではなく交渉を持ちかけてはみたものの、やはりあちらから返事はなかった。
そのことをアルフレッドに教えてやったところ、彼は真っ青になって口をぱくぱくさせていた。それ以来、彼はすっかりおとなしくなってしまったのだ。騎士団長たる自分が王子に見捨てられたのが、よほどこたえたらしい。
おかげで、彼を捕らえておくのはかなり楽になった。もっとも、うっかり脱走でもされたら面倒なので、用心は怠らない。
「離れたところからにらまれているだけなら、そう困りはしなかったのですけれど……」
わたくしたちは辺境の実りだけで十分にやっていけているし、いざとなったらシャルカの民も援助してくれる。だから、王都との交通が絶たれても、どうということはないのだ。イネスがずっとあの場所に居座っても、特に困ることはない。
しかしイネスは、配下に命じて少しずつ、街道をふさいでいる岩や丸太を片付け始めたのだ。崖の上から弓を射かけて阻止しようとしたら、あちらは大盾を頭上に構えてしまった。重装備のフロージュ兵は、守りには長けている。そのせいで、止めようがない。
……油をまいて火でもつければ止められるかもしれないけれど、さすがにそれは最後の手段としておきたい。
「このまま手をこまねいていたら、大変なことになりかねませんわ。手遅れになる前に、こちらも動くべきですわね……」
「しかし、どうしたものか」
ヴォルフとふたり同時にため息をついたそのとき、壁際で豪快な笑い声がした。ケイナだ。
「確かに、あちらの兵は多い。だが、兵士たちの士気は下がりつつある。遠くから見ていても、遠征にうんざりしているのは明らかだ。あれなら、攻めてきたところで簡単に蹴散らせる。一気に片を付けることだって可能だ」
腕組みをしたまま不敵な笑みを浮かべているケイナに同調するように、他のシャルカの民たちも、みんなうんうんとうなずいていた。
わたくしとヴォルフは、現状をどう打破するかについて、改めて作戦会議をすることにした。そのために、シャルカの民たちにもこちらに来てもらったのだ。イネスがすぐ近くまで来てしまっているから、内緒話をするなら城の中のほうがいい。
ただ、ぞろぞろと城にやってきた彼らの姿を見て、新たに加わった騎士たちが困惑を顔に出すまいと頑張っていた。いずれ、打ち解けてくれるといいのだけれど。
「イネス兄様は、横暴ですから……短期間ならともかく、長い間兄様と一緒にいるのは、辛いと思います。当然、士気だって下がりますよね……兵士のみなさん、かわいそう」
何食わぬ顔でシャルカの民にまざっているマリアンが、眉をひそめながらばっさりと切り捨てた。
彼女は相変わらず控えめな雰囲気ではあるものの、こうしてはっきりと意見を口にすることが多くなった。たぶん、いいことなのだと思う。
「ケイナ様のおっしゃるとおりだとは思いますが、わたくしたちはできるだけ血を流さずにこの事態を乗り切りたいんですの」
そろそろと言葉を返すと、ケイナの笑みが深くなる。
「ああ、お前たちは以前からそう言っていたな。確かに、血を流せば流すだけ、我らシャルカとお前たちフロージュの距離は遠ざかってしまう」
朗々と語る彼の顔には、覚悟のようなものがあった。さっきとは違う重々しさが、部屋に満ちていく。
「我らも、無駄な戦いは好まない。だが必要とあらば、我らは誰よりも勇猛に戦える。遠慮することなく、いつでも頼ってくれ」
頼もしく思うと同時に、申し訳なさも感じてしまう。何も言えずに口をつぐんでいたら、また別の声がした。
「この地形なら、奇襲をかけられそうな気もする。こちらから、ここを通って、こう抜ければいい。先手を打って脅かしてやれば、今度こそ尻尾を巻いて逃げ帰るんじゃないか?」
声の主は、壁に貼られた大きな地図とにらめっこしていたザイだった。地図を指さしながら大きく腕を動かし、道のりを示している。
「あのー、だったらいっそ、奇襲ついでにイネス様も生け捕りにできませんか? さすがに、総大将を捕まえてしまったら、もうあちらは手も足も出ませんよね」
さらにヘクターが、とんでもないことを言い出した。
「それは楽しそうだな。周囲の者に支えられていることを忘れてふんぞり返っている人間には、一度身の程を思い知らせてやったほうがいい」
しかもそこに、ケイナが乗っかってきた。あわてて、ヴォルフが口を挟む。
「いえ、そのような形で奇襲を行えるのは、シャルカの方々だけです。さすがに、貴方がたに任せきりにはできません」
ザイが示した奇襲の道筋は、いくつも崖を越えていく、かなり足場の悪いものだった。だからこそ奇襲として成立するのだろうけれど、フロージュの兵たちは道なき道を越えてはいけない。
奇襲という考え自体は、いい案だと思う。イネスを生け捕りにするのも、賛成だ。でも、どうやったら実行できるのだろう。
みんなから視線をそらして、考え込む。
わたくしたちの側の士気は、とても高い。ヴォルフに従う騎士たち、そしてシャルカの民。かつて敵対していたわたくしたちは対話を経て、強い絆で結ばれている。イネスなんかには想像もできない、素敵な関係だ。
一方のイネスの軍は、士気が下がってしまっている。しかも総大将のイネスは単純で、血の気が多くて、考えが浅い。何か一撃食らわせてやれば、あちらを動揺させることだってできるはず。
「奇襲……不意打ち……あっと驚くような、何か……」
そこまでつぶやいた拍子に、ふとひらめいた。顔を上げると、いつの間にかみんなの視線がわたくしに集中していた。
「……わたくし、面白い方法を思いつきましたわ」
みんなを見回して、優雅に微笑む。こちらに向けられている視線に、面白そうな色が浮かびつつあった。
城での話し合いから、一週間後。ついに、街道の封鎖は解かれてしまった。イネスの軍は粛々と、しかし素早く街道を突き進んでくる。崖に挟まれた道を抜け、城からも見えるところまでやってきた。
「出てこい、チェレスタ! もう、逃げ場はないぞ!」
勝ち誇った顔で、イネスが叫ぶ。余裕が出てきたのか、彼は軍の先頭に立っていた。
あわてず騒がず、ヴォルフとふたりで城を出て、イネスの前に進み出る。にっこり笑って、言葉を返した。
「お兄様、ちょうどいいところへ! わたくしたち、敵の総大将を捕らえましたのよ!」




