22.格の違いは明らかで
ヴォルフの声に、その場の全員が口を閉ざし、彼のほうを見た。明らかに彼が、この場の主導権を握っている。そう思えるくらいに朗々たる、立派な声だった。
しかし呼びかけられたアルフレッドだけは、まだきゃんきゃんと吠えていた。
「この私が、投降だと!? ふざけるな、お前ごときの言うことを聞く義理はない!」
「いや、聞いてもらう。……力ずくでも」
ずっと落ち着き払っていたヴォルフの声が、低くなる。
「私は君に、一騎打ちを申し込む」
ようやく、アルフレッドが口を閉ざした。しかし彼は目をむいて、かすかに青ざめながらヴォルフをにらみつけている。
アルフレッドがそんな表情をしている理由は、容易に推測できた。
もしヴォルフの申し込みを断りでもしたら、今度はアルフレッドが腰抜け呼ばわりされかねない。かつてヴォルフを腰抜けと馬鹿にしていた彼としては、そんな事態は絶対に避けたいはずだ。
ところが、騎士の一騎打ちには、また別の意味がある。敗者は、勝者に従うしきたりになっているのだ。
アルフレッドは、騎士団長になれただけあって、一応は強い部類に入るらしい。ただ、ヴォルフのほうが明らかに上なのだと、ヘクターたちは懸命に主張していた。
一騎打ちを受けなくてはならないけれど、勝てる見込みは薄い。負けてしまえば、大変なことになりかねない。そんな窮地に、アルフレッドは追い込まれているのだ。
さあ、ここからどう出るかしら。ごねるようなら、力ずくでも捕縛するまで。
わたくしたちの視線が集まっていることに気づいたのか、アルフレッドははっと身をこわばらせた。しかしすぐに、優雅な笑みを浮かべた。
「……ああ、いいだろう。受けてやる。こんなへき地でのうのうと過ごし、あまつさえ敵と通じたお前のことだ、さぞかし腕がなまっているに違いない」
……これって、強がりでしょうね。ともかく、受けてもらえたのなら問題はない。だって、ヴォルフが勝つに決まっていますもの。
「では、全員下がってください!」
ヘクターがきびきびと動き、両陣営の騎士たちを下がらせている。細い街道の真ん中に、狭い広場ができた。
広場の端と端に、ヴォルフとアルフレッドが立った。向かい合い、腰の剣を抜く。
「はじめ!」
ヘクターが叫び、一騎打ちが始まる。けれど、次の瞬間、ヘクターの裏返った声が響く。
「ああっ!」
なんとアルフレッドはかがみこむと、足元の砂をひっつかみ、ヴォルフの顔めがけて投げつけたのだ。
「ちょっと、それ、反則ですよ!」
とっさに抗議するヘクターを、アルフレッドがにらみつける。
「知ったことか!」
砂をまともにくらってしまったらしいヴォルフは、空いた左手で顔をぬぐっている。無防備そのものの姿だ。
アルフレッドは凶悪な笑みを浮かべ、ヴォルフに向かって切りかかる。ヘクターたち辺境の騎士が、彼を止めようと飛び出した。
しかしそのとき、ヴォルフが意外な動きを見せた。彼はまだ顔をしかめたまま、すっと腰を落とし、足を伸ばしてアルフレッドの足元を薙ぎ払ったのだ。
「……回し蹴り……ですわね……」
突然のことで対応しきれなかったのか、それとも勝利を確信して油断していたのか、アルフレッドが無様にすっ転ぶ。
ヴォルフはすかさずアルフレッドにのしかかると、手探りでアルフレッドの腕をつかみ、ひねり上げてしまった。
騎士の一騎打ちって、こういうものなのかしら。……たぶん、違うと思う。騎士って、剣の腕を磨き、それをもって戦うことを誇りとしていたような。
「勝負あり! 勝者、ヴォルフ様!」
考え込んでいたら、ヘクターがあわてて叫ぶ声がした。彼もかなり驚いたのか、声が上ずっている。
「大丈夫ですの、ヴォルフ様!?」
急いでヴォルフに駆け寄って、腰に下げていた水筒を手にする。顔に水をかけてやって、ハンカチで拭いた。
「ああ、問題ない。助かる」
「怪我がないようで、本当によかったですわ……」
まだアルフレッドをしっかりと抑え込んだまま、ヴォルフはこちらに笑いかけてくれた。下のほうからぎゃあぎゃあとわめき声が聞こえてくるけれど、無視して見つめあう。
そんなわたくしたちを我に返らせたのは、せっぱつまったようないくつもの声だった。
「ヴォルフ様!」
声の主は、王宮の……つまり、アルフレッドが連れてきた騎士たちだった。なぜか彼らは、きちんと整列して、こちらに向かってひざまずいていた。
何事だと身構えていると、彼らは口々に言い立て始めた。
「私たちの上に立つお方は、やはりヴォルフ様を置いてほかにありません!」
「かつて私は、ヴォルフ様を軽んじていました。しかしアルフレッド様が騎士団長となったことで、自分たちの過ちにようやく気づきました!」
「どうか私たちも、あなたのもとに置いてください!」
彼らは、うっとりとした目でヴォルフを見つめている。尊敬というか、陶酔というか、そういった感じのまなざしだ。
王宮の騎士たちの中には、ふたつの勢力があるのだと聞いた。ヴォルフを慕う者と、アルフレッドについた者と。
前者がヴォルフのもとに戻りたいと思うのはまだ分かるのだけれど、この口ぶりからすると、どうも後者までもが寝返ろうとしているようだ。
「あ、ああ。君たちには、捕虜になってもらおうと思っていたのだが……力を貸してくれるというのなら、ありがたい」
大いにとまどいながら、ヴォルフが言葉を返す。それを聞いて、騎士たちがぱあっと顔を輝かせた。ヴォルフに抑え込まれたままのアルフレッドがもがいているけれど、誰もそちらを気にかけていない。
「……人望の違い、というものなのかしらね」
アルフレッドに目をやりながらしみじみとつぶやいたとき、上からがさがさという音がした。続いて、ザイが降ってきて、軽やかに着地する。
「だろうな。そちらの男、あきれるほどの小物だ。卑怯な手を使ったあげくにあっさり負けるとは、無様だな」
「ですわね。……ではなくて、どうしてあの崖から降りて、無事でいられるんですの?」
さっきまで彼がいたであろう崖は、見上げるほど高い。普通、あの高さから落ちてきたら、ただでは済まない。
「降りながら木の枝をつかんで、落ちる勢いを殺した。シャルカの民ならば、造作もないことだ」
「やっぱり、ザイはすごいなあ……」
とんでもないことをさらりと言ってのけるザイに、ヘクターが感動したようなまなざしを向けた。
「お前も、いずれはできるようになる。ところでヴォルフ、さっきのはいい動きだった」
ザイはいつになく朗らかに、ヴォルフに声をかけた。
「以前、ケイナ殿に稽古をつけてもらったことがあるんだ。このような形で役に立つとは思わなかったが」
ああ、それでヴォルフは、騎士らしくない、けれど見事な動きを見せていたのか。
納得していたら、背後から視線を感じた。そちらを向いたら、今しがたこちらに下ったばかりの騎士たちと目が合った。彼らは、信じられないものを見るような表情をしている。
「ヴォルフ様、そちらの少年は……」
明らかにフロージュのものではないザイの姿に、騎士たちは明らかにたじろいでいた。ちょうど、マリアンが初めて彼に出会ったときと、同じような表情だ。
彼らをなだめるように、ヴォルフが口を開く。
「彼は、私たちの味方だ。彼だけではない。私たちは、シャルカの民たちと」
「やはりお前は、フロージュを裏切っていたのだな!」
ヴォルフの言葉を、アルフレッドの怒りに震えた声がさえぎる。口調こそ堂々としているものの、やはりしっかりとヴォルフに抑え込まれたままなので、どうにもしまらない。
「裏切りではありませんわ。わたくしたちは、フロージュをより豊かにする道を選んだのです」
アルフレッドを、そして不安げな騎士たちを順に見回して、優雅に、そして威厳たっぷりに口を開いた。
「シャルカの民たちは、野蛮なる敵ではありません。分かりあうことができる、大切な隣人ですわ」
ゆったりと語りかけ、微笑むと、騎士たちがほうと息を吐いた。さっきまでの不安の色が、薄くなっている。どうやら、うまくいったようだ。
「何が隣人だ、何が敵ではない、だ!」
しかしアルフレッドだけは、なおも騒ぎ続けている。
「私は知っているぞ、お前はいびられても何もできない、無能の王女だと」
そこまで言ったところで、いきなり彼がぐえっ、と変な声を上げた。その全身から力が抜け、ぐったりとしてしまう。
「私の妻を侮辱することは、許さない」
ヴォルフが、地の底をはうような声でつぶやいた。そのがっしりとした腕が、アルフレッドの首にしっかりとからみついている。どうやらヴォルフが、騒ぐアルフレッドを締め落としたようだった。
「ありがとうございます、ヴォルフ様。ですが……それ、大丈夫なんですの?」
「一応、手加減はした……つもりだ」
さっきの強気な態度はどこへやら、やけに自信なげな返事がやってきた。すると、ヘクターがさっとアルフレッドに駆け寄る。
「大丈夫です、息はしてますよ。さっすがヴォルフ様、いい感じに手加減できてます」
「また騒がれる前に、縛り上げておこう。これ以上こいつの話を聞いていたら、耳が腐る」
ヘクターとザイが力を合わせて、アルフレッドを縄で手際よくぐるぐる巻きにしてしまった。
「さて、やっとそいつも片付いたようだし、本題に入らせてもらう」
少々流れについていけていないらしい騎士たちを無視して、ザイがわたくしたちに向き直った。




