21.力を合わせれば
ヴォルフが思いついた策をもとに、わたくしたちは着々と準備を進めていった。辺境の兵たちとシャルカの民たちが力を合わせて、静かに、けれど確実に動く。
二つの国の者たちがこんなふうに協力できるなんて、少し前までは考えられない状況だった。そのことはとても嬉しい。王宮から兄たちが難癖つけにきているのでなければ、最高だったのに。
そうこうしているうちに、あっという間に書状が示した期日が来てしまった。
「それでは、よろしくお願いします」
「ああ、任された。互いに無事で戻れるよう、先祖の霊に祈っておいたぞ」
聖地の丘の前で、ヴォルフとケイナが力強くうなずきあう。そうしてケイナは、シャルカの民たちを率いて去っていった。ここからわたくしたちは、二手に分かれるのだ。
「……行こう、チェレスタ。何があろうとも、貴女は私が守る」
いつになく硬い表情で、ヴォルフがわたくしに向き直った。
「ええ、ヴォルフ様。けれど、大丈夫ですわ」
ヴォルフと、それに緊張しているヘクターたちに向かって、ひときわ柔らかく微笑みかける。
「わたくしたちは、ひとりではない。友情と絆で結ばれた、たくさんの仲間がいるのですから。だから、きっとこの難局も乗り切れます」
実のところ、わたくしは負ける気がしていなかった。あちらは力でわたくしたちを屈服させようとしているけれど、わたくしたちのほうがずっと強いのだと、そう確信できていた。
「さあ、わたくしたちの役目を、果たしにまいりましょう!」
高らかに宣言し、進み出る。隣に並んだヴォルフの肩からは、少し力が抜けていた。
辺境と王都とをつなぐ街道は、王都の近くでは広くまっすぐな道だけれど、辺境に近づくにつれて細く、くねくねとしたものに変わっていく。
その中でも一か所、とびきり道が細い場所がある。険しい山の中、両側が切り立った崖になっている場所だ。
そこで、わたくしたちは王都からの軍を待ち構えていた。
わたくしは乗馬服をまとい、騎乗して街道にたたずんでいた。隣には、物々しく武装したヴォルフがいる。わたくしたちの後ろには、ヘクターたち騎士が同じように武具を身につけ、きちんと整列していた。
シャルカの民たちとの訓練を通して、ヘクターたちは明らかに成長していた。辺境にやってきたころの頼りなさは消え失せて、たくましさと凛々しさが漂っている。まだ若いけれど、もう一人前の騎士そのものだ。
負ける気はしない。けれどさすがに、緊張する。少しでも気をまぎらわせようと、周囲にあれこれと目をやっていろんなことを考える。
この問題が片付いたら、何をしましょうか。みんなで、勝利の宴とかできないかしら。どうせなら堂々と、シャルカの民と交流すると宣言してもいいわね。
「……来たぞ」
やがて、ヴォルフが短く言った。あわてて、首から下げていた遠眼鏡をのぞき込む。
岩と木々の向こうに、人影がいくつも見える。ちらちらと見える旗印、あれが意味するのは……。
「あれは……イネスお兄様……面倒なのが来ましたわ」
第四王子イネスは、わたくしたち兄妹の中でも一番血の気が多い。しかも、とびきり玉座に執着がある。
それこそ、一番上の兄である王太子ジョーディーの寝首をかいていてもおかしくない。それくらいには、向こう見ずだ。
彼は外交やら交渉やらにはまるで興味がなく、代わりに腕っぷしだけは強い。彼がここにきたということは、やはりあちらは戦う気まんまんだ。
「ああ、先頭は……予想どおり、だな」
隣では、ヴォルフが同じように遠眼鏡を顔に当てて、小さくため息をついていた。遠眼鏡を動かして、さらにあちらを探る。
軍の先頭に、騎乗した騎士たちが整列している。その騎士たちに囲まれるようにして、ひときわ豪華な鎧をまとった男性がいた。あれが、騎士団長アルフレッドだ。
「でしたら、やはり計画通りに?」
「ああ」
小声でささやきかわし、じっとあちらの動きをうかがう。そうしている間にも、先頭の集団はどんどん近づいていた。
馬上できちんと背を伸ばし、あちらの動きをじっと観察する。まだだ。うかつに動いてはいけない。こちらの狙いを、悟らせてはいけない。
じりじりしながら待ち続け、先頭の集団を食い入るように見つめる。あと少し……今だ!
急いで合図をすると、崖の上で人影がいくつも動いた。
ピィー、という口笛の音に続き、岩や丸太が次から次へと落ちてくる。王宮の兵たちの悲鳴が聞こえたかと思ったら、あっという間に、街道がふさがってしまった。
舞い上がる土埃を見すえ、あちらの状況をうかがう。
ええっと、怪我人は……多少は出たみたいだけれど、重傷者や死人はいないみたいですわね。よかった。いずれ戦いになるのかもしれないけれど、今のところはまだ、余計な血を流したくなかったから。
「どうやら、第一段階はうまくいったようだな」
ほっとした様子で、ヴォルフがささやきかけてくる。街道をふさぐ丸太と岩の高い壁、そのこちら側にいるのは、騎士団長アルフレッドと王宮の騎士たちだけだった。
先日の作戦会議、その場でヴォルフが語った策を、頭の中で繰り返す。
やってくるのが普通の規模の軍であれば、総大将はひとりだけ。自然と、総大将は軍のど真ん中で、騎士や兵士に守られる形になる。
けれど大規模な軍となれば、王族の誰かが総大将となり、騎士団長がその補佐として同行するのが通例だ。
となると、ヴォルフを追い払って騎士団長となったアルフレッドがやってくるのはほぼ決まりだ。そして権利欲にまみれた彼はまず間違いなく、王子の前でいいところを見せようとするだろう。
彼は、自分の腕を過信している。ならばきっと、彼は騎士たちを率いて最前線に出てくるはずだ。
だから、あちらの隊列が長く伸びる場所を選んで、アルフレッドを本隊から切り離し、捕縛する。あとは彼の身柄をちらつかせ、軍を撤退するよう王子に迫る。
……たぶん、兄はその程度では退かないだろうなという気はするけれど、それでもあちらの軍を混乱させ、士気を下げることはできるだろう。やってみて、損はない。
この策の第一段階、アルフレッドを孤立させるために、ザイたちが先回りして崖の上の森に身をひそめていたのだ。わたくしたちの合図に合わせて、あらかじめ用意しておいた丸太などを落とし、道をふさぐために。
「くそっ、くそっ! 馬鹿にしやがって!」
品性のかけらもない罵声に、我に返る。アルフレッドが馬から飛び降り、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら歩み寄ってきていた。怒りに顔は真っ赤で、こめかみには血管が浮いている。美麗な鎧が、まるで似合っていない。
「反逆の辺境伯、ヴォルフ・エリアス! 罠を仕掛けるとはこしゃくな! 剣を捨て、投降しろ!」
彼はきいきいという金切り声で、ヴォルフに向かって怒鳴っている。冷静さのかけらもない。わたくしたちにしてやられたのが、相当悔しいらしい。
話には聞いていたけれど、確かに小物ですわね。王子の乳兄弟という立場以外、何も誇れるところのなさそうな人物。それが、わたくしが彼に対して抱いた第一印象だった。
「騎士団長アルフレッド。久しぶりだな」
「気安く口をきくな、反逆者風情が!」
静かにヴォルフが呼びかけると、アルフレッドの声がさらに高くなった。
かつてヘクターたちが「ヴォルフ様とアルフレッド様、とにかくそりが合わないんですよ。性格も考え方も、まるで逆で」と笑いながら教えてくれた。
ヴォルフはアルフレッドのことを嫌ってはいなかったけれど、アルフレッドはヴォルフのことをとことん毛嫌いしていたということも。
だからヴォルフが落ち着いて話しかければ、勝手にアルフレッドは頭に血を上らせてしまうだろう。そこに付け込めば、より簡単に捕縛できるに違いない。それが、ヘクターたちの意見だった。
……面白いくらい、当たってますわね。こんなのが騎士団長だなんて、情けない……。
あきれていたら、ヴォルフがさらに言葉を続けた。
「アルフレッド。投降してもらうのは、君のほうだ」




