20.わたくしたちの作戦会議
短くも剣呑な書状を読み終え、ヴォルフとふたり顔を見合わせる。どちらも、無言だった。
思っていた以上に、状況は悪い。まさか兄姉たちが、ここまで思い切ったことをしてくるなんて。
「……ヴォルフ様。猶予は、どれくらいありますの」
「王都で軍が編成され、ここまで進軍してくるには……そうだな、最短で半月といったところだろうか。長くても一か月はかからない」
「そう……」
だとしたら、のんびり悩んでいる時間はない。一刻も早く今後の方針を決めて、対策を講じていかなくてはならない。
この書状の文面からすると、わたくしたちが無事にこの局面を乗り切れる可能性は低い。あちらは、この機にわたくしたちをつぶすつもりでいるだろうから。
「わたくしは、何ひとつ間違ったことをしたとは思っていませんわ」
窓の外に目をやり、独り言のようにつぶやく。秋の澄み切った青空が、どこまでも高く広がっていた。
「ただ、わたくしたち兄妹の確執に、あなたを巻き込んでしまうのが申し訳なくて……」
少しだけためらって、次の言葉を口にする。
「今回の件、もしもうまく乗り切れないようでしたら……そのときは、わたくしが責任を取ります」
かすかに、彼が息を呑む気配がした。それに構うことなく、少し早口で続ける。
「わたくしの祖母は、シャルカの民。そのつながりを利用して、わたくしがシャルカの民と通じた。そういうことにすれば、ヴォルフ様やヘクターたちは守れます。兄姉たちも、わたくしを罰することができれば、いったんは矛を収めるはず」
「断る」
しかし返ってきたのは、今まで聞いたこともないくらいにつっけんどんな言葉だった。
「貴女ひとりを犠牲にして守られるなど、本意ではない。そんなことをすればヘクターたちになじられるだろうし、シャルカの民たちには軽蔑されるだろう」
彼はわたくしのすぐ前に立ち、厳しい顔で見下ろしてくる。
「そして何より、私は貴女を守りたい。たったひとりの妻を守れずして、何が辺境伯か」
珍しくもヴォルフは、怒っているようだった。
「約束してくれ。この先何があろうと、私のそばを離れないと」
彼は力いっぱいわたくしを抱きしめると、固い声で告げた。
「……どうか、私を信じてほしい。私たちが力を合わせれば、どんな難局だって乗り越えていける」
「はい……」
胸がいっぱいで、何も言えなくなってしまう。わたくしは、どんな手を使ってでも彼を、この辺境の平和を守りたい。
けれど彼もまた、わたくしのことを守りたいと思ってくれている。そのことが、痛いほど伝わってきた。
しばらくわたくしを腕の中に捕まえたまま、ヴォルフは立ち尽くしていた。けれどやがて、かすかな声でささやきかけてくる。
「チェレスタ。私たちには、心強い味方がたくさんいる。ここは、みなを頼ろう」
その数時間後、わたくしとヴォルフ、それにヘクターたち新米騎士、さらにザイとケイナとマリアンが、聖地に集まっていた。
聖地の周辺はそこそこ見晴らしがよく、しかもあまり人が来ないから、堂々と内緒話をするにはここが一番だ。
「ちょっと見ない間に、お姉様、すっかりシャルカになじんでしまわれましたわね……」
マリアンは、シャルカの民の衣に身を包んでいた。少し見ない間にうっすらと日に焼けて、おどおどとしたところも少し落ち着いたようだ。
「ええ。ここの人たちは、わたしをいじめないから。それどころか、とてもよくしてくれるの」
当然だと言わんばかりに、ザイが彼女の後ろで胸を張っている。微笑ましいなと思いつつ、先ほどの書状についてみんなに告げる。
「……と、こんな状況になってしまいましたの。どうしたものか、困り果てていて」
ほうとため息をつくと、ヘクターがそろそろと尋ねてくる。
「あの、話し合いはできないんですか?」
「そうできればよかったのだけれど。あの書状と、これまでのお兄様たちの行動からすると……話し合いでどうにかなる可能性はないわ。皆無よ」
わたくしの言葉に、マリアンが身震いしながらうなずく。それを見て、ケイナが重々しく口を開いた。
「なるほどな。チェレスタよ、私たちルルカの枝はお前に力を貸す。他の枝の者たちにもすぐに使いをやって、協力を仰ごう」
「いいのですか?」
思わず確認すると、彼はにっと頼もしく笑い、腕組みしながら答えてくれた。
「ああ。私たちとしては、このままお前たちが辺境を穏やかに治めてくれているほうが好ましい。王宮だかなんだか知らないが、今の平和を勝手に引っかき回すのは止めてもらいたいからな」
「俺たちは、戦いは好まない。無論、避けられない戦いにあっては、誰よりも勇猛に戦うが」
さらにザイも、右手のこぶしを左の手のひらにぱんと打ちつけながら言葉を添えた。
ケイナたちが手を貸してくれるのであれば、とてもありがたい。これなら、打つ手も見つかりそうだ。
ただそれとは別に、ひとつ心配なことがあった。ありがとうございます、とふたりに礼を言って、マリアンに向き直る。
「お姉様は、いったん修道院にでも逃げ込まれたほうがいいかと思います。ここから事態がどう転ぶか分かりませんし、もし兄姉たちに見つかったら大変ですから」
しかしマリアンはいつになくきりりとした顔で、首を横に振った。
「いいえ、わたしはここに残るわ。ルルカの人たちは、わたしのことを仲間だって言ってくれたもの。仲間が妹に力を貸してくれるというのに、わたしだけ隠れてはいられない」
けれどすぐに、自信なげにうつむいてしまう。
「……もっとも、わたしに何かができるとは思えないけれど」
「胸を張れ、マリアン。何もできない人間などいない。お前はまず、自分を認めることだ」
眉間にしわを寄せて、ザイがマリアンに励ましの言葉を投げかける。しかし何かに気づいたように、ふとこちらを向いた。
「ところで、その書状について、ひとつ思いついたんだが」
「何か、考えがありますの?」
「俺たちを打ち滅ぼしたと、そう偽装するのはどうだ? そうすれば王宮の連中も、納得して引き下がるだろう」
「ふむ。シャルカの草原は広い。フロージュの連中に見つからないところまでみなで移動してしまえば、それも可能かもしれないな」
ザイのとんでもない提案に、ケイナがさらりと乗ってきた。なんというか、とても思い切りがいい。
しかし、その案には大きな問題点があった。
「あの、でもそうなったらそうなったで、お兄様たちはシャルカへ侵攻しかねません。残党狩りとか、そんな理由をつけて」
「……そうね。わたしもそう思うわ」
マリアンが同意したのを見て、ザイが思いっきり顔をしかめる。さらにヘクターが、困り果てた顔で付け加えた。
「でも、シャルカのみんなと戦うなんて、ありえないですし……僕たちも、一緒にシャルカに逃げたいくらいですよ」
「そうですわね。どうにかして、今回の命令をつっぱねることができればいいのですけれど」
話し合いは難しい。かといってあちらの要求を呑むことはできない。だったら、こちらの要求をどうにかして押しつけるしかない。
小声でうなっていたら、ずっと考え込んでいたヴォルフが話しかけてきた。
「私たちとシャルカの方々が交流することで、フロージュに利益が生まれるのだということを主張する、というのは……」
彼らしい、平和な案だとは思う。ただこれにも、大きな問題があった。
「……お兄様たちは、交流なんて面倒だ、いいものがあるのなら奪ってしまえ、軍を率いてきたからちょうどいい、なんて考えそうな気もしますわ……」
「チェレスタに全面同意よ」
残念に思いながらも首を横に振るわたくしとマリアンを見て、ケイナがまずいものでも飲みこんだかのような顔になる。
「チェレスタ、マリアン。気を悪くしないでもらえるとありがたいのだが、お前たちの兄たちは、性根の腐った人間ばかりのようだな」
「否定できませんわ」
「そうですね」
即座に肯定すると、ケイナだけでなくザイまでもが天を仰いだ。ヘクターも、どんな顔をしていいのか分からない様子でもじもじしている。
「……あちらは、辺境の兵との戦いを想定して動いている、ということか……さらに、シャルカの民とも戦うつもりである可能性が高い」
と、ヴォルフが独り言のようにつぶやいた。みんな口をつぐんで、彼に注目する。
「となると、必然的に大軍を率いて攻め込んでくるのだろう。それならば……」
彼は何やら考え込んでいるようだったけれど、はっと顔を上げてわたくしとマリアンを見た。
「チェレスタ、マリアン殿。今回の件にからんで、殿下のうちどなたかが辺境においでになる可能性はあるでしょうか」
思いもかけない質問に一瞬きょとんとして、けれど力強くうなずく。
「ありますわ。というより、間違いなく誰か来ますわ。わたくしに、直接嫌がらせをするために」
「……さらに、チェレスタの苦境を、直接見届けるために。兄様たちは、伝言では物足りないと思うでしょうから」
こんなことを断言できてしまうのが情けなくもあるけれど、まぎれもない事実だ。わたくしをやりこめる絶好の機会を、兄たちが見逃すはずもない。
複雑な思いでかぶりを振っていると、ヴォルフが声をひそめて言った。
「ならば、ひとつだけ、打つ手があるかもしれません」




