16.明るい未来のために
これからのことを軽く打ち合わせ、いったんケイナたちと別れる。そうして、ヴォルフとふたりでヘクターたちのところに戻った。
「おかえりなさい、ヴォルフ様、チェレスタ様!! もう、生きた心地もしませんでした……」
わたくしたちが無事に戻ってきたのを見て、ヘクターが涙ぐんでいる。他の新米騎士たちも、程度の差こそあれ泣きそうだ。
「心配させてごめんなさいね。ひとまず、戦いは回避できたわ。ただ、ちょっとややこしいことになってはいるのだけれど……」
言葉を濁して、横目でちらりとヴォルフを見る。
ここにいるのはヘクターたち四人だけなので、まずは彼らに説明して、様子をうかがおうということになっていたのだ。いきなり城のみんなに状況を説明したら、大混乱になりそうだし。
けれどやっぱり、緊張する。ヴォルフとうなずきあって、互いに言葉を補い合うようにしながら、シャルカの民が攻め込んできている理由と、その解決策について少しずつ説明をしていった。ひとまず、わたくしとお祖母様のことは伏せて。
そうして、全部話し終えたとたん。
「ああ、そういうことだったんですか。聖地の返却、いいと思いますよ?」
「王宮のほうには、黙っておけばいいんじゃないですか? ばれなきゃいいんです」
「大切なものを取られたら、誰だって怒りますよね」
「和解できたら、最高だなあ。戦いって怖いですし」
ヘクターたちは、平然とした顔で、のんびりとした口調で、口々にそうこたえてきたのだった。
「その……君たちは、敵国であるシャルカに対して、思うところはないのか?」
彼らのあまりにあっけらかんとした態度に、ヴォルフが呆然としながら問いかける。
「ないですね」
四人が同時に、一糸乱れぬ動きでうなずく。
「というか、他の新米騎士たちも同じ意見だと思いますよ」
「元々辺境にいた騎士たちは、先代の辺境伯が逃げたのと同時に王宮に帰りましたし」
「僕たちがシャルカの民と顔を合わせたのって、昨日が初めてだし」
「問題は、俺たちよりも辺境の民たちのほうだと思います。彼らはずっと、シャルカを警戒しながら生きてきたんですから」
彼らの指摘に、ヴォルフとふたり顔を見合わせる。やっぱり、そこが一番の問題になるのだろう。
しかし次の瞬間、またヘクターが明るい声で言った。
「といっても、そっちも案外なんとかなる気もしますよ」
「そうなんですの?」
「はい。今朝、チェレスタ様がシャルカの人たちと戻ってきたとき、僕たち、不思議と怖さを感じなかったんです。昨日、シャルカの軍勢を前にしたときは、怖くてたまらなかったのに」
彼の言葉に合わせて、他の新米騎士も身震いしている。
「たぶん、チェレスタ様があの人たちと、とても親しげにしていたからだと思います。あの姿をみんなに見せて回れば、割とすんなり、シャルカは怖くないって感じてもらえると思いますよ」
それを聞いて、少し考える。一目で分かるほど、わたくしはシャルカの民たちと打ち解けていたのか。だったらもう、隠し立てするのも……。
「……あの方は、わたくしの遠縁なの」
そろそろとつぶやいてみたら、みんな目を真ん丸にして、口をぽかんと開けた。
「その、昨日叫んだように、わたくしのお祖母様が、実はシャルカの出で……あ、このことは内緒にしてくださいまし。今そのことが広まると、余計な混乱を招きかねませんから」
さらに付け加えたら、みんなは顔を見合わせて、それから同時に大きく笑った。
「はい、分かりました! だったらこれをきっかけに、辺境とシャルカで仲良くなってしまいましょうよ」
「そうなれば、チェレスタ様のお祖母様のことも、秘密にする必要がなくなるかもしれませんし」
どうやらヘクターたちは、意外にもこの事態を楽観的にとらえてくれているようだった。けれどその明るさは、わたくしにとってはとてもありがたいものだった。
「ありがとう。そうなるよう、努力するわ。どうか、手を貸してちょうだい」
ちょっぴり目頭が熱くなるのを感じながら答えると、彼らはさわやかに笑って、はい、と答えた。
みんなで城に戻り、ヴォルフの執務室にふたりでこもる。それから、大急ぎで計画を立てていった。
まずは、フロージュ領内にあるシャルカの聖地に、シャルカの民が出入りできるための道を作らなくてはならない。それも、可能な限り目立たないように。
「……目立つことなく聖地に出入りできる道を作るのは、案外簡単そうですわね」
改めて地図で確認してみたところ、聖地の近くに広がる林が、いい感じに目隠しになってくれていることが判明したのだ。林の真ん中を通るように道を作れば、まず辺境の村人とシャルカの民とが出くわす心配はないだろう。
「辺境の民たちについては、私の名前で一度おふれを出しておこう。シャルカが動きだしているようだから、うかつに遠出をしないように、と。そうすれば、さらに安全だ」
「そうやって折を見て、少しずつ民をシャルカの人々に慣らしていくしかなさそうですわね」
てきぱきと計画を立てて、うなずきあう。秘密がもれるのを防ぐために、あえて書き記さずに、計画の詳細はわたくしたちふたりの頭の中だけに残す。
「やるべきことは、だいたいまとまったな。私たちの動きを王宮の方々に気取られないようにしなくては……」
ヴォルフは眉間にしわを寄せていたけれど、じきにふっと笑った。
「だが、やりとげることができれば、戦いはなくなる。それどころか、貴女が自分の出自や祖母殿について隠さずに済む、そんな未来を引き寄せられるかもしれない」
とびきり優しいまなざしを向けられて、愛しさがこみ上げてくる。勢い任せに、彼に抱きついた。
「なっ、チェレスタ!?」
「ありがとうございます、ヴォルフ様……」
驚いているヴォルフをさらにしっかりと抱きしめて、思いのたけを言葉に乗せる。
「わたくしの夫があなたで、本当によかった。わたくし、幸せですわ……」
「……ああ、私もだ」
短くつぶやいて、ヴォルフがそっと抱きしめ返してくる。胸の中いっぱいに温かさが広がっていくのを感じながら、しばらくそのまま寄り添っていた。
計画をまとめ終えたわたくしたちは、すぐに行動に移っていた。善は急げ、ですわ。
まずは聖地のそば広がる明るい林にこっそり手を入れて、馬が数頭並んで歩けるくらいの道を作った。
シャルカの民はこの道をいつ通ってもいいけれど、道と聖地の周囲以外のところには立ち入らない。そういう取り決めだ。
ルルカの枝以外のシャルカの民にも、ケイナがきちんと言い聞かせてくれることになっている。
さらに、ヴォルフがおふれを出して、聖地周辺にフロージュの民が近づかないようにした。ただ、実のところ、このおふれは必要のないものだった。
というのも、辺境の民はシャルカの民を恐れるあまり、そもそも国境の周辺にすらろくに近づかなかったのだ。ひとまず安心ではあるけれど、こうなると辺境の民とシャルカの民との和解が大変そうだ。
いろいろあったものの、道はじきに完成した。さっそく、ケイナたちを招待する。
「なるほど、これなら聖地へ向かうのも容易だな。ほどよく身を隠すことができるし、木がまばらだから奇襲を受ける心配もさほどない」
彼らは馬で道を通りながら周囲を見渡し、満足げに笑っていた。目のつけどころが独特だ。
「現状、聖地はフロージュの土地ということになっています」
みんなを先導していたヴォルフが、馬を止めて説明を始める。
「ですが、シャルカの方々が行き来しても、なんら問題ありません」
少し緊張した声で、ヴォルフはケイナたちに呼びかけている。
「私が受けている命は『フロージュの地を侵略する外敵を迎撃せよ』というものです。ですが貴方がたは、フロージュを訪問している客人にすぎません」
彼の隣に並び、わたくしもにこやかに言葉を添える。
「そしてもうひとつ、『辺境の地に、さらなる繁栄を』という命も受けておりますの。シャルカのみなさまと交流を深めることができれば、きっとお互いに多くのものを得ることができると思いますわ」
もちろんこれは、屁理屈というものだ。王宮の兄姉たちがわたくしたちに下したこの命令には、当然ながらシャルカと仲良くなるなんてことは含まれていない。そもそもこの命令自体、辺境伯夫妻に対する、ごく形式的なものにすぎないのだし。
でもわたくしたちは、その命令を愚直なまでに実行することにした。大義名分、と言ってもいいかもしれない。
わたくしたちの口ぶりなどから、なんとなく事情を察したのだろう。ケイナがにやりと笑った。
「一理ある。『よどんだ水はいずれ腐る、新しき水を入れることをためらうな』と、我らの言い伝えにもあるからな。毒の水を泉に入れてはならないが、お前たちはよい水だ」
「あ、その言い回し、お祖母様から聞きましたわ! ふふ、お褒めいただきありがとうございます」
馬上で深々と頭を下げていると、ケイナがすっと馬から降りた。そうして、わたくしたちのほうに歩み寄ってくる。わたくしたちもあわてて地面に降り立つと、彼はヴォルフに向かって手を差し出した。
「チェレスタ、そしてその夫……いや、ヴォルフ。私たちのために心を砕いてくれたこと、感謝する」
「こちらこそ、これまでの遺恨を超えて、協力してくれたことを感謝します」
そうしてふたりは、がっちりと握手をかわしたのだった。というかケイナ、今初めてヴォルフを名前で呼んだような……。
こんなやり取りを経て、わたくしたちフロージュと、ケイナたちシャルカとのひそかな交流が始まったのだった。




