15.彼らの大切な場所
改めて馬に乗り、ヴォルフを連れてシャルカの聖地を目指す。
昨日以上に厳重に、シャルカの民はわたくしとヴォルフを取り囲んでいた。
ケイナはともかく、他の者はやはりヴォルフに思うところがあるらしい。フロージュとシャルカの間にあったことを考えれば、それも仕方のないことか。
その空気に当てられたのか、ヴォルフの表情もこわばっていた。
互いに警戒している様子の彼らに「大丈夫ですわ」「心配する必要はありませんわ」と交互に声をかけながら、馬を進ませる。疲れた。
そうして草原を進んでいくと、やがて明るい林に行き当たった。その中を通り抜けたとたん、また目の前が開けた。
小ぶりな丘が見えてきたところで、先頭を行くケイナが馬を止めた。こちらを振り返り、短く告げる。
「ここだ」
すると、ずっとおとなしくついてきていたヴォルフが、ためらいがちに口を開いた。
「その……ひとつ、尋ねてもいいでしょうか」
ケイナが無言であごをしゃくると、ヴォルフがさらに言葉を続けた。
「貴殿たちはここを目指していたようですが、ここはどういった場所なのでしょう」
するとケイナは、胸を張って大きく息を吸い込んだ。そうして、辺りを圧倒するような朗々たる声で告げる。
「ここは、我らシャルカの民の聖地。代々の先祖が眠る、かけがえのない地なのだ」
思いもかけない答えに、ヴォルフは絶句しているようだった。彼を尻目に、こっそりと考えをまとめる。
聖地には、シャルカの先祖が眠る。ええと、この地について、お祖母様はなんておっしゃってたかしら。
「シャルカの民、死するとき……なきがらは火にくべ、その魂を天に還す……肉である灰は大地に還し、次の命をめぐらせる……」
思い出しつつ小声でつぶやくと、ケイナが満足そうにこたえてきた。
「そのとおりだ。よく覚えていたな」
彼の言葉に、ヴォルフがさらに混乱したような顔をしている。
「お前の言葉どおり、この丘には、先祖の肉が眠るのだ。我らはここで先祖と語り、先祖をまつる。しかしお前たちが勝手に国境を引き直し、この地を奪ってからは、それもかなわなくなった」
ケイナの声に、悲痛な響きがまざる。けれど次の瞬間、彼は一層雄々しく声を上げた。
「ゆえに我らは、この地を取り戻すため、戦いを挑んでいるのだ」
ヴォルフは顔を引き締め、今耳にした言葉をゆっくりと咀嚼しているようだった。
「……そのような事情があったのですか。私は、何も知らされていませんでした……」
そうつぶやくと、ヴォルフはゆっくりとケイナに視線を向けた。ふたりの力強い視線が、真正面からぶつかり合う。
「もし、この地を貴殿たちにお返ししたならば、もう戦は起こらないのでしょうか」
「ひとまずは。先のことまでは約束できん。我らはフロージュの人間を信用していない。また勝手に、我らの地を奪うかもしれないからな」
ヴォルフのためらいがちな提案に、ケイナはふてぶてしく答える。それでもヴォルフは気を悪くした様子もなく、わたくしのほうを見た。
「……チェレスタ」
「はい、なんでしょう?」
「私としては、この地を彼らに返すべきだと思うのだが、どうだろうか」
「わたくしも、あなたにそうお願いしようと思っていましたの」
何も相談していないのに、わたくしと同じ結論を出してくれた。それが嬉しくて、自然と明るい声が出てしまう。
「どのみち王宮の方々は、この辺境の土地そのものには興味がありません。ばれなければいいだけの話ですわ」
堂々と言い切ると、ヴォルフが無言で苦笑した。同時に、後ろから笑い声がする。
「私たちは、聖地を返してもらえればそれで構わない。過去にお前たちがぶんどった他の部分については、そのままお前たちが持っているといい。それなら、ばれる可能性も減るのではないか?」
声の主は、当然ながらケイナだった。彼は腕組みしたまま、おかしそうな笑みを浮かべている。
「協力、ありがとうございます。それでは、どのような形で聖地を返すかについて、一度検討してみますわ」
そうしてヴォルフとふたり、今まで視察で回った辺境の地理を思い出しながら、顔を突き合わせて相談する。
「そこに林があって、あの山があちらに見えるということは……この場所は案外、城から近いようだな」
「辺境にある村とは離れていますわね。ここなら、シャルカの方々が通っても、すぐにはばれなさそう」
「ただ、国境から少し距離があるし……国境からここまで、簡易な道を整備したほうがよさそうだ」
するとまた、ケイナの声が割って入った。
「それは気にするな。お前たちは邪魔さえしなければいい。私たちは、好きに出入りさせてもらう」
「そうもいきませんわ、ケイナ様」
すぐに言い返すと、ケイナは不満げに眉をひそめた。どうして移動を制限されなくてはいけないのかと、そう言いたげな顔だ。
優雅に微笑み、落ち着いた口調で説明を始める。
「フロージュの民は、シャルカの民を恐れています。あなたがたが好き勝手にうろうろしていたら、フロージュの民がおびえてしまいかねませんわ。それをきっかけとして、聖地のことがばれてしまっては大変です」
ね、そうでしょう? と視線で問いかけると、ケイナも心当たりがあるのか居心地悪そうに身じろぎしていた。
「いつか、民も分かってくれる日が来ます。シャルカとフロージュの民が、笑ってともに過ごせる、そんな日が来ますわ。それまではどうか、決まった道を通ってくださいませ。フロージュの民と、不幸な遭遇をしてしまわないために」
「本当に、強引なところもライエそっくりだな……」
ケイナの言葉に、シャルカの民たちは明るく笑っていた。しかしヴォルフだけは、難しい顔で首をかしげている。
ヴォルフには、まだわたくしの生い立ちのことは話していない。わたくしが戦場で叫んだ内容と、それからのケイナたちの態度とで、うっすらと察してはいるのだとは思う。
でもそろそろ、きちんと話しておいたほうがよさそうだ。
「あの、少し時間をいただけますか? 実は夫には、わたくしの生い立ちも、祖母のこともきちんと話していないんですの」
そうケイナに頼むと、彼は一瞬目を丸くして、ヴォルフに気の毒そうな目を向けた。
「ああ、構わない。……しかしそれなら、そいつが青ざめてお前の帰りを待っていたのもうなずけるな。まったく、かわいそうなことをする。あとで謝っておくことだ」
ケイナのまなざしは、先ほどまでよりずっと柔らかなものだった。もしかしたら、訳も分からないままわたくしの帰りを待つことになったヴォルフに同情しているのかもしれない。
「話す機会がなかったんですの。うかつに誰かに知られれば、大変なことになりかねませんから」
「本当に、フロージュの人間は面倒だな。チェレスタ、そちらでやっていけなくなったらこちらへ来い。我らルルカの枝は、いつでもお前を仲間として歓迎するぞ」
「ええ、ありがとうございます。……それでは、ヴォルフ様」
馬をヴォルフのほうに寄せ、声をひそめる。
「昨日からの騒動の中で、悟っておられるかもしれませんが……改めて、説明しますわ。どうか、驚かずに聞いてくださいませ」
そう前置きして、お祖母様の人生を、お祖母様とわたくしのつながりを話していく。聞いている間ヴォルフはずっと目を丸くしていたけれど、話が終わるとしみじみと息を吐いていた。
「ようやく……納得がいった……貴女のあの不思議な菓子も、素晴らしい馬術の腕も、戦場に単騎で現れ戦を止めた豪胆さも……みな、貴女の祖母殿から受け継いだものだったのか……」
ケイナたちがヴォルフの様子を見て、誇らしげな笑みを浮かべている。そちらにちらりと視線をやってから、さらに言葉を続けた。
「はい。ライア、いえ、ライエお祖母様は、わたくしの誇りです」
切なさがこみ上げてくるのを感じながら、彼に笑いかける。
「だからわたくし、辺境伯に嫁ぐことになったと聞いて、内心大喜びしていたんです。お祖母様が生まれ育ったシャルカの草原を、この目で見てみたい。それが、幼いころからの夢だったんです」
言いながら、来た方向を振り返った。林の向こうから、さわやかな風が草原の香りを運んでくる。「シャルカの風は、切なくなるような緑の匂いがするんだよ」と、お祖母様はそう言っていた。本当に、そうだった。
「その夢が、こんな形でかなうとは思いませんでした。そして今、お祖母様と縁のある方々に出会うことができた。素敵な偶然に、まだ驚いていますの」
するとケイナが、からからと明るい声を上げて笑った。
「偶然ではない。ライエの魂が、我らを引き合わせてくれたのだ。血を流すことなくいさかいを止めるようにと、あの気高い方が、そう言っているのだ」
彼はわたくしとヴォルフのところにやってきて、胸に手を当てるシャルカ流の挨拶をした。
「チェレスタ、そしてその夫。お前たちとなら、なしとげられる気がする。どうか、よろしく頼む」
ヴォルフとふたり同時に、力強くうなずく。胸の中に、ふつふつとやる気が満ちていくのを感じていた。




