14.もてなしと再会と
その日は、思いもかけない歓待を受けた。シャルカの民たちは、わたくしに様々な料理をふるまってくれたのだ。
羊の肉と根菜の煮込み、肉入りの揚げパン。お祖母様から聞いていた料理の数々が、目の前にずらりと並んでいた。
「まあ……素敵ですわ、おいしいですわ!」
勧められるまま、次々と料理を口にしていく。初めて食べるそれらの料理は、素朴ながらもとてもおいしかった。作り方、城の料理人たちに教えてもらえないかしら。
「いい食べっぷりだ、チェレスタ」
馬の乳から作った酒をあおりながら、ケイナが笑っている。なんというか……親戚のおじさん、といった感じの態度だ。
「祖母からお菓子の作り方は教わっていたのですけれど、きちんとしたシャルカの料理を食べるのは初めてなのです。こんなにおいしいだなんて……」
うっとりとため息をついたものの、すぐに気持ちがしぼんでしまう。
「……祖母はフロージュに来てからずっと、こういった料理を食べたかったのでしょうね……できることなら、お墓にお供えしたかったですわ……」
料理の皿を前にうつむいていたら、ケイナの静かな声がした。
「きっと、ライエは喜んでいるだろう。お前がこうして、我らと食卓を囲んでいることを」
はっとそちらを見ると、彼はどことなく寂しげな、けれど温かい目でわたくしを見つめていた。お祖母様を思い出させるそのまなざしに、目頭が熱くなるのを感じた。
「だからお前は、ライエの分も楽しみ、味わえ。そうして彼女に語るといい。実際に口にしたシャルカの食事が、どれほど美味だったのかを」
「祖母に語る、ですか?」
「ああ。墓まで足を運べずとも、このシャルカの空を見上げ、胸の中で語りかければいい。そうすれば、お前の言葉はライエに届く」
「はい、そうしますわ!」
明るく答えると、ケイナだけでなく、周囲の大人たちも優しく微笑んでいた。
たくさん食べて、みんなで騒いで、ぐっすりと眠って。
そうして次の朝、元気いっぱいに天幕を出た。
しかし少し進んだところで、シャルカの男性がひとり、馬に乗って近づいてきた。困惑したような顔でケイナに近づき、何やら耳打ちしている。
それを聞いているケイナの眉間に、どんどんしわが寄っていく。さてどうしたのだろうと思っていたら、彼はなんとも言えない顔でわたくしを振り返った。
「フロージュの軍は撤退したようだが、なぜかお前の夫が、昨日のあの場所にまだ留まっているらしい。ちょうど、我らの行く手に立ちふさがっている形だ。いったん、迂回するか」
その言葉に、昨夜の浮かれた気持ちが一気に吹き飛ぶ。どうして、ヴォルフがそんなところにいるのだろう。
「あ、あの、そちらに寄らせてはもらえませんか!?」
あわててお願いすると、ケイナがさらに考え込み、ため息をついた。
「……そうだな。我らが近づけば警戒させてしまうだろうが、お前の言葉なら聞くだろう。理由を聞き出したうえで、さっさと追い返してくれ。我らの草原にフロージュの人間が居座っているのは、どうにも落ち着かん」
うんざりしたケイナたちに連れられて、その場所に向かう。そこには小さな天幕がひとつ張られていて、外には馬が五頭つながれていた。そのそばに、人影が見える。どうやら、馬の世話をしているらしい。
人影はわたくしたちに気づくと、手を止めて立ち尽くし、甲高い声で叫んだ。
「あーっ、チェレスタ様だ!!」
「ヘクター!」
思わず叫び返すと、天幕の中から次々と人が出てくる。ヴォルフと、新米騎士が三名。みんなわたくしの顔を見て、一瞬ほっとしたような顔をした。
しかし彼らが動き出すより先に、騎乗したままのケイナが進み出て、声を張り上げる。
「お前は……チェレスタの夫だったか」
こちらに背を向けているから表情までは分からないけれど、その声は今までとは違い、打って変わって厳しいものだった。
「お前たちは無事に下がらせてやると、昨日そう約束しただろう。なのになぜ、ここに留まっている。隙をついて、こちらに攻めてこようという魂胆か」
「妻が敵地にいるというのに、自分だけ安全な城に戻るなど、とうていできはしません」
するとヴォルフが、すかさず言葉を返した。馬上のケイナを見上げ、少しもたじろぐことなく答えている。
「彼女が戻ってくるまで、私はここに残るつもりでした。この天幕は、この場を動かない私を見かねた配下の者が、運んできてくれたのです」
敵であるケイナに対して、ヴォルフはあくまでも礼節を欠くことなく、冷静に説明している。その態度に、わたくしの近くにいるシャルカの民が、ほう、と感心したようなため息をついた。
「混乱を招いてしまったことについては、謝罪いたします。ですがどうか、妻の無事を願う思いを、くんではいただけないでしょうか」
ふっと、草原に気まずい沈黙が満ちる。やがて、ケイナがふっと小さく笑った。
「先代の辺境伯はとんだ腰抜けで、城からろくに出てこなかった。だが、お前は骨があるようだな。さすがはチェレスタの夫といったところか。悪くはない」
その言葉に、こっそりと笑みを噛み殺す。
昨晩たっぷりお喋りしたおかげで、ある程度ケイナの人となりは分かっていた。
彼は物言いこそ厳しいけれど、意外と人はいい。ケイナの枝を束ねているだけあって、彼はシャルカの民の中でも特に厳格だけれど、誠実で筋の通った人間には、同じように相応の誠意を返す。
だから、ケイナは案外ヴォルフと馬が合うのではないかと思っていたのだ。そして、予想通り……というか、予想以上にケイナはヴォルフを気に入っているようだった。
「あの、ケイナ様!」
ケイナの隣に馬を進め、呼びかける。
「これからわたくしたちが向かう場所に、ヴォルフ様も連れていってはもらえませんか?」
「彼を、か。しかしフロージュの人間に、あの地の場所を教えるのは気が進まない」
「ですがこの辺りの地をどうするかについての権限を持っているのは、わたくしではなく彼ですわ。いずれきちんと話して説得するつもりではありましたけれど、どうせなら実際にその場所を見てもらったほうが、話が早いと思うのです」
「それにも、一理あるが……」
ケイナは腕組みして、難しい顔で考え込んでしまう。
ヴォルフはさっぱり訳が分からないだろうに、じっと黙ってこちらの様子をうかがっている。彼の後ろでは、ヘクターたちがおろおろしながら、ことのなりゆきを見守っていた。
「……そうだな」
ケイナの言葉に、その場の全員が注目する。
「分かった。ヴォルフ、お前のみ同行を許そう。ただし、武器のたぐいは全て置いていってもらう」
「ああ、かたじけない」
一方的に言い渡された条件を、ヴォルフは即座に受け入れている。そのためらいのなさに、シャルカの民たちがどよめいた。
話がまとまったのを見て取って、馬から急いで降りる。ヴォルフに駆け寄ると、彼はわたくしの両肩に手をかけ、間近から顔をのぞき込んできた。
「無事だったか。ああ、よかった……」
わたくしをまっすぐに見つめ、震える声で彼はつぶやく。
すっかり憔悴しきっている彼の様子に、一気に申し訳なさがこみあげてくる。昨晩、シャルカのみんなと大騒ぎしていた間、きっと彼は気が気ではない夜を過ごしていたのだろう。
「はい、無事……といいますか、とても平和な一晩を過ごしてしまいましたの……心配かけてしまって、ごめんなさい……」
「貴女が無事ならば、それでいい。ひどい目にあっていなかったようで、ほっとした」
彼の言葉に、シャルカの民がざわめく。あとで無事に帰してやるというケイナの言葉を信じていなかったのかと、そう言いたげだ。
でも、ヴォルフのこの反応も仕方がない。お祖母様からシャルカについてたくさんのことを教えてもらったわたくしとは違い、彼はシャルカについて何も知らないのだから。
前に、この辺りの気候などについて彼に説明したけれど、さすがにシャルカの文化については話していない。
あわてて身をひるがえし、シャルカの民たちに向き直る。
「ケイナ様、シャルカのみなさま。夫はみなさまについて、誤解しているだけなのです。文化の違いが招いたささやかな行き違いだと、どうぞそう流してくださいませ」
それから急いで、ヴォルフにささやきかけた。
「ヴォルフ様、詳しい事情はのちほど必ず説明します。ただ、彼らは誠意をもって接すれば必ず応えてくれる方々なのだと、そう覚えておいてください」
「あ、ああ……」
わたくしがシャルカの民の肩を持ったことに驚いたのか、ヴォルフは目を丸くしている。それがおかしかったらしく、ケイナたちが笑いを噛み殺していた。なんだか、収拾がつかなくなりつつあるような。
「と、ところでみなさま!!」
とっさに声を張り上げて、全員をこちらに向かせる。
「ひとまず、目的地に向かいましょう!」
わたくしが仕切ってしまってよかったのかと思ったけれど、みなは笑いながらうなずいてくれた。
昨日とはまるで違う、和やかな空気が辺りには流れていた。




