第9話
冒険者になってから数日。
私とソウマは、毎日のようにギルドへ通っていた。
採取系の依頼――薬草、キノコ、香草。
お手伝い系の依頼――荷物運び、店の掃除、簡単な配達。
どれも危険は少なく、報酬も大銅貨数枚から銀貨一枚ほど。
派手さはないけれど、生活費を稼ぐには十分だった。
「ノエル、今日の依頼はどれがいい?」
「えっと……この薬草採取、昨日のと似てるからできると思う」
「よし、じゃあそれにしよう!」
ソウマはいつも元気で、依頼を選ぶときも楽しそうだった。
その明るさに引っ張られるように、私も自然と前向きになれた。
嘘を打ち明けてから、ソウマとの距離は少しずつ近づいている。
あの日、泣きながら話した過去を、ソウマは否定せず、責めず、ただ受け止めてくれた。
その安心感が、胸の奥に静かに根を張っていた。
薬草採取を終え、街へ戻る途中。
ソウマはいつものように楽しそうに話していた。
「ノエル、今日の薬草見分けるのめっちゃ早かったな!俺なんか、また間違えそうになったし」
「ソウマは広い範囲を探してくれるから助かるよ。私だけじゃ、こんなに集められない」
「へへっ、そう言われると嬉しいな!」
ソウマは照れたように笑う。
その笑顔を見るたび、胸の奥が少しだけ温かくなる。
――この人は、本当に優しい。
嘘を打ち明けたあの日から、ソウマは私に対して少しだけ距離を縮めてくれている気がした。
言葉の端々に、気遣いが増えた。
歩く速度も、私に合わせてくれるようになった。
その変化が、嬉しくて、少し恥ずかしくて――
胸の奥がくすぐったくなる。
ギルドで報酬を受け取り、街の通りを歩いているときだった。
依頼を終えて街へ戻る途中、ソウマはいつものように露店の前で立ち止まった。
「ノエル!見てくれよ、この串焼き!めっちゃうまそうじゃないか!?」
「えっ……また買い食い?」
「だって腹減ったし!一本大銅貨一枚だぞ? 安い安い!」
ソウマは財布を取り出し、迷いなく大銅貨を店主に渡した。
店主は慣れた手つきで肉を炙り、香ばしい匂いがふわりと広がる。
「うまっ!ノエルも食べるか?」
「……私はいいよ。宿に戻れば夕食があるし」
「えぇ~?こんなうまいのに!」
ソウマは嬉しそうに頬張りながら歩き出す。
その姿は楽しそうで、見ているとつい笑ってしまう。
でも――
「ソウマ、買い食いしすぎだよ」
「えっ……そうか?」
「昨日も串焼き食べてたし、パンも買ってたし……大銅貨って積み重なると大きいんだよ?」
「うっ……」
ソウマは一瞬でしゅんとした。
「だってさ、ノエル。腹減るんだよ……」
「分かるけど……節約しないと、武器も防具も買えないよ?」
「うぅ……それは……そうなんだけど……」
ソウマは頭をかきながら、視線をそらした。
そのまま歩いていると、武器屋の前に差し掛かった。
店先には剣や槍が並び、夕陽を受けて鈍い光を放っている。
「ノエル、見ろよ!この剣、めっちゃかっこよくないか!?」
ソウマが指差したのは、銀色の刃に青い装飾が施された剣だった。
確かに綺麗で、持っているだけで強くなれそうな気がする。
「これ、いくらですか?」
ソウマが店主に尋ねると、店主は気さくに答えた。
「金貨十枚だな」
「き、金貨十枚!?」
ソウマが固まった。
私は思わず息を呑んだ。
――金貨十枚。
銀貨百枚分。
大銅貨千枚分。
今の私たちの手持ちでは、到底届かない額だ。
「そりゃあ剣は命を預ける道具だからな。安物でも金貨十枚、いいものなら金貨百枚はするぞ」
店主は笑いながら言った。
ソウマは剣から視線をそらし、財布を握りしめた。
「……俺、串焼き食ってる場合じゃなかった……」
「そうだよ。だから言ったのに」
「ノエル……今日の言葉、全部刺さる……」
私は思わず笑ってしまった。
「でも、ソウマらしいよ。元気で、明るくて……ちょっとルーズで」
「ぐっ……ノエル、それ褒めてるのか……?」
「褒めてるよ。でも、無駄遣いは少しだけ減らしてね?」
ソウマは耳まで赤くしながら頷いた。
「……分かったよ。ノエルが言うなら頑張る」
その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなる。
――嘘を打ち明けてから、ソウマは少しずつ変わってくれている。
その変化が、嬉しくて、少し恥ずかしくて、
胸の奥がくすぐったくなる。
宿へ戻る道すがら、ソウマがふと口を開いた。
「ノエル、俺……もっとしっかりするよ。無駄遣いも減らして、ちゃんとお金貯めて……ノエルと一緒に強くなりたい」
「……ソウマ」
「だってさ……ノエルが隣にいると、頑張りたくなるんだよ」
胸の奥が跳ねた。
「……私も、頑張るよ。ソウマと一緒なら……前に進める気がするから」
ソウマは照れたように笑った。
その笑顔は、夕暮れの光よりも温かかった。
そんな日々を続けるうちに、少しずつお金が貯まっていった。
銀貨一枚、二枚、三枚……
気づけば、二人合わせて銀貨十枚ほどになっていた。
「よし!これだけあれば、武器と防具の最低限は揃えられるな!」
「うん。私も……ちゃんとした服が欲しい」
「任せろ!明日は装備屋巡りだ!」
ソウマは嬉しそうに拳を握った。
その姿を見ていると、胸の奥がまたくすぐったくなる。
――嘘を打ち明けてよかった。
あの日、怖かったけれど、話してよかった。
ソウマは離れなかった。
むしろ、前よりも近くなった。
その事実が、胸の奥で静かに輝いていた。
宿に戻る道すがら、ソウマがふと口を開いた。
「ノエル、最近……なんか楽しそうだよな」
「えっ……そう、かな?」
「うん。前より笑うようになったし……なんか、表情が柔らかくなった気がする」
胸の奥が熱くなる。
「……ソウマがいるからだよ」
「えっ……」
「ソウマが……優しいから。私のこと、ちゃんと見てくれるから……だから、安心できるの」
ソウマは一瞬固まり、そのあと、耳まで真っ赤になった。
「な、なんでそんな……急に……」
私は少しだけいたずら心が湧いて、ソウマの反応が面白くて、つい口元が緩んだ。
「……なんでだろうね♪」
「えっ……えっ……?」
ソウマは完全に混乱している。
顔は真っ赤、目は泳ぎ、手はそわそわ。
その様子が可愛くて、胸の奥がくすぐったくなる。
「教えてあげないよーだ♪」
「ちょ、ノエル……!それは……ずるいって……!」
ソウマは頭を抱え、耳まで真っ赤にしながらうつむいた。その姿があまりにも初々しくて、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ……ソウマ、ほんとに分かりやすいね」
「ノ、ノエルが……そういうこと言うからだろ……!」
ソウマは照れながらも、どこか嬉しそうで、その表情が夕暮れの光に照らされて柔らかく見えた。
――こんなふうに笑える日が来るなんて、思わなかった。
胸の奥がじんわりと温かくなり、私はそっとソウマの横顔を見つめた。
ソウマは照れながら頭をかいた。
私はその姿を見て、そっと笑った。
翌朝。
宿の窓から差し込む光が柔らかくて、目を開けた瞬間、胸の奥が少しだけ弾んだ。
昨日、ソウマと話した言葉がまだ心の奥に残っている。
――なんでだろうね♪
――教えてあげないよーだ♪
思い出すだけで、胸の奥がくすぐったくなる。
そんな気持ちのまま階段を降りると、ソウマがもう食堂でパンを頬張っていた。
「ノエル、おはよう!」
「おはよう、ソウマ」
「今日は装備買いに行く日だぞ!気合い入れろ!」
「うん。楽しみ」
ソウマはパンを飲み込みながら、胸を張った。
「俺、昨日ノエルに言われて決めたんだ。無駄遣いしないで、ちゃんと必要なものに使うって!」
「……ふふっ。いい心がけだね」
「だろ!?今日は真面目に選ぶからな!」
その言葉が嬉しくて、私は自然と笑ってしまった。
街の中心にある武器屋は、朝から活気に満ちていた。
店先には剣、槍、斧、弓――さまざまな武器が並び、冒険者たちが真剣な顔で品定めをしている。
ソウマは店に入るなり、目を輝かせた。
「うおぉ……やっぱ武器屋ってテンション上がるな……!」
「ソウマ、昨日みたいなカッコいいで選んじゃダメだからね?」
「分かってるって!」
店主が気さくに声をかけてくれた。
「お、初めての装備かい?二人とも新人冒険者だな?」
「はい!二人で銀貨10枚なんですけどこれで買える武器と防具を教えてください!」
「よし、まかせとけ!」
ソウマは剣の棚に向かおうとして――途中でぴたりと止まった。
「……カッコいい剣は、金貨十枚だもんな……」
昨日の衝撃がまだ残っているらしい。
私はそっと笑った。
「ソウマ、剣じゃなくてもいいんだよ。今はまだ、無理しなくていい」
「嬢ちゃんはわかってるね!坊主、剣がカッコいいのはわかるがまだお前は初心者もいいところだ、身の丈に合ったものを選びな」
「……だよな。よし、ナイフにする!」
店主はソウマが決めたと同時にナイフの棚へ向かい、一本のナイフを手に取った。
刃は短いが、しっかりした鉄でできていて、柄は手に馴染むように加工されている。
「これ、銀貨2枚にしてやるよ!」
「それなら買える!」
「ソウマに似合ってるよ」
「まじか!?ノエルに言われると嬉しいんだけど!」
ソウマは耳まで赤くしながら、ナイフを大事そうに握った。
私は店の奥に置かれた杖の棚へ向かった。
木製の杖が並んでいて、どれもシンプルで飾り気はない。
でも、手に取ると温かくて、しっかりした重みがある。
一本の杖をそっと握る。
「……これ、いいかも」
店主が近づいてきた。
「それは新人向けの木の杖だ。軽いし、魔力の流れも素直だぞ。銀貨一枚で買える」
「銀貨1枚……」
昨日稼いだ銀貨を思い出す。
自分の力で稼いだお金で、自分の武器を買う。
胸の奥がじんわりと熱くなった。
「これにします」
「いい選択だ!」
ソウマが横から覗き込む。
「ノエル、似合ってるぞ!」
「……ありがとう」
次は防具だ。
店主が案内してくれたのは、皮製の胸当てが並ぶ棚だった。
「新人なら、まずは皮の胸当てだな。軽いし、動きやすいし、値段も手頃だ」
ソウマが一つ手に取る。
「銀貨3枚……二人分で6枚か……!買える!」
「ソウマ、串焼き何本買えるんだろうね♪」
「ぐっ……ノエル、それ言う!?」
私は笑いながら、自分用の胸当てを手に取った。
柔らかい皮でできていて、体にフィットしやすい。
これなら動きやすそうだ。
「ノエルも似合ってるぞ!」
「ソウマもね」
二人で顔を見合わせて、少し照れながら笑った。
店を出ると、ソウマが胸当てを抱えながら言った。
「よし!これで俺たち、ちゃんと冒険者っぽくなったよな!」
「うん。なんだか……嬉しい」
「だよな!ノエルと一緒に装備買うの、なんか楽しかった」
「……私も」
ソウマは照れたように頭をかいた。
「よし、次はもっと稼いで……いつか剣も買うぞ!」
「そのためには、買い食いを減らさないとね?」
「うっ……ノエル、今日も刺さる……!」
私は笑いながら、ソウマの横を歩いた。




