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『孤児院から逃げた私は、希少スキル《回復魔法》で世界を渡り歩く』  作者: 楓真パパ
第1章

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第7話

 森を出た瞬間、私は大きく息を吐いた。

 胸の奥に残っていた緊張が、ようやくほどけていく。


「ふぅ……終わったな!」


 ソウマが背伸びをしながら笑った。

 その笑顔は、森の中で見たどんな光よりも明るかった。


「……うん。終わったね」


 薬草の入った袋はずっしりと重い。

 八十束――依頼の十束をはるかに超えている。

 森での作業は大変だったけれど、胸の奥は不思議と満たされていた。


 初めての依頼。

 初めての魔物。

 初めての回復魔法。


 そして――初めての「誰かの役に立てた」という実感。


 森の出口で立ち止まると、ソウマが私の顔を覗き込んだ。


「ノエル、疲れたか?」


「……少し。でも、大丈夫」


「そっか。じゃあ、ギルドに戻ろう!報告して、報酬もらって……今日はごちそうだ!」


「ごちそう……?」


「当たり前だろ!初依頼達成だぞ?祝わないと!」


 ソウマの勢いに押され、私は思わず笑ってしまった。


 ――この人は、本当に明るい。


 森の中で見せた真剣な表情も、私を守ってくれた強さも、

 全部ひっくるめて、ソウマという人なんだ。


 私はその背中を追いながら、街へ向かった。


 リュミエール商都の喧騒が近づくにつれ、胸の奥が少しずつ高鳴っていく。

 初めての依頼を終えたという実感が、じわじわと湧き上がってきた。


 ギルドの扉を押し開けると、いつもの賑やかな声が耳に飛び込んできた。


「ただいま戻りました!」


 ソウマが元気よく受付へ向かう。

 私はその後ろで、袋を抱えながら小さく頭を下げた。


 受付の女性が微笑む。


「おかえりなさい。薬草採取の依頼ですね?」


「はい!これです!」


 ソウマが袋を差し出すと、女性は中身を確認し、目を丸くした。


「……八十束も採ったんですか?」


「えへへ、頑張りました!」


 ソウマが胸を張る。

 受付嬢は驚いたように目を丸くし、薬草の束を丁寧に確認していく。


 そのとき、ソウマが思い出したように口を開いた。


「あと、森でスライムも倒しました!」


「スライムを……?」


 受付嬢の表情が少しだけ変わった。

 驚きと、確認するような真剣さが混ざった目。


「では、スライムの核はどうなりましたか?」


「核……?」


 ソウマが固まった。


 私は横で不安になりながらソウマを見る。


「えっと……石で潰したら……ぐちゃってなって……そのまま……散らばって……」


 受付嬢はそっと眉を下げた。


「……それでは討伐報酬は出ませんね」


「えっ……!」


 ソウマがショックを受けたように肩を落とす。


 受付嬢は優しく、しかし冒険者として必要なことを教えるように言った。


「スライムは、体の中心に“核”があります。あれが魔物としての本体で、討伐証明にもなるんです。石で潰してしまうと核も壊れてしまうので……報酬は出せません」


「そ、そうだったのか……!」


 ソウマは頭を抱えた。


「スライムは弱い魔物ですが、倒し方には少しコツがあります。木の棒で体を切り裂いて、核を取り出すんです。核は硬いので、取り出せばそのまま証明になりますよ。木の棒を使うのは金属だと酸で溶けてすぐにダメになってしまいます」


「なるほど……!」


 ソウマは真剣に聞いていた。

 その横顔は、森で私を守ってくれた時と同じ、まっすぐな表情だった。


「次は絶対に核を持ってきます!」


 胸を張って宣言するソウマに、受付嬢はくすっと笑った。


「はい。期待していますね」


 私はそのやり取りを見ながら、胸の奥が少し温かくなった。


 ――ソウマは、本当に前向きで、真剣で、優しい。


 失敗しても落ち込むだけじゃなく、次に活かそうとする。

 その姿勢が、なんだか眩しく見えた。


「依頼は十束でしたが……追加分も買い取りますね。全部で銀貨八枚になります」


「銀貨……八枚……」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと熱くなった。


 受付の女性が銀貨を並べる。

 光を受けてきらりと輝く銀色の硬貨。


 私は思わず息を呑んだ。


 ――これが、私たちが稼いだお金。


 孤児院では、働いても働いても自分のものにはならなかった。

 どれだけ掃除をしても、どれだけ雑用をしても、報酬なんて一度ももらったことがなかった。


 でも今、目の前にある銀貨は――


 私が、自分の力で稼いだお金。


 胸の奥がじんわりと熱くなり、視界が少し滲んだ。


「ノエル、ほら」


 ソウマが銀貨を半分――四枚を私の手にそっと乗せた。


「……え?」


「折半だろ?二人で稼いだんだから、二人で分けるんだよ」


 銀貨の重みが、手のひらにずっしりと伝わる。


「……こんな……私、初めて……」


 声が震えた。

 銀貨が手のひらでかすかに揺れる。


「ノエル?」


「初めて……自分の力で……お金を……」


 言葉がうまく出なかった。

 胸の奥が熱くて、苦しくて、でも嬉しくて。


 ソウマは優しく笑った。


「ノエルの力があったから八十束も採れたんだぞ?見分けてくれなかったら、全部間違えてたし」


「……ソウマが守ってくれたから……」


「お互い様だって!」


 その言葉が胸に落ちた瞬間、涙がこぼれそうになった。


 ――私は、もう孤児院の少女じゃない。


 ――私は、冒険者なんだ。


 銀貨の重みが、その事実を静かに教えてくれた。


 報酬を受け取ったあと、ギルドを出て、夕暮れの街を歩き始めたときだった。

 ソウマがふと立ち止まり、私の方を振り返った。


「そういえばノエル、寝る場所どうするんだ?」


「……寝る場所?」


 突然の問いに、私は思わず足を止めた。


「だってさ、昨日は……どこで寝たんだ?」


 胸がぎゅっと縮まった。


「……昨日は、まだ街に着いてなかったから……一応途中で出会った商人の人たちと夜を明かしたの」


 ソウマの表情が一瞬で曇った。


「野宿……?」


「うん……。運よく商隊の人たちと一緒になって」


 言いながら、胸の奥が少し痛くなった。

 一晩中逃げてきたから、本当はどこにも泊まっていない。

 あの時出会った男の人を利用させてもらって嘘をついてしまった。


 ソウマは拳をぎゅっと握った。


「……そんなの、ダメだって!」


「え……?」


「危ないし、寒いし……そんなの、絶対ダメだ!」


 ソウマは強い声で言った。でもその声は怒っているんじゃなくて、“心配している”のがすぐに分かった。


「ノエル、寝る場所が決まってないなら……俺が泊まってる宿、紹介するよ!」


「えっ……でも……」


「いいんだって!安いし、主人も優しいし。ノエルなら絶対歓迎してくれるよ」


「……でも、お金……」


「銀貨四枚あるだろ?一泊なんて素泊まり大銅貨5枚くらいだぞ!それに、拠点がないと冒険者は困るんだ。荷物置く場所も、休む場所も必要だし」


 私は銀貨を握りしめた。


 ――自分のお金で、寝る場所を確保できる。


 その事実が胸の奥にじんわりと広がった。


「……じゃあ……少しだけ……お世話になる」


「よし、決まり!」


 ソウマは嬉しそうに笑い、私を宿へ案内した。


 その背中を見ながら、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 ――昨日は、ひとりで歩き続けていた。

 ――でも今日は、ソウマがいる。


 その違いが、胸の奥に静かに広がっていった。


 ソウマが泊まっている宿は、街の中心から少し離れた場所にあった。

 木造の温かい雰囲気で、窓からは柔らかい光が漏れている。


「ここだよ!」


 ソウマが扉を開けると、主人らしき男性が顔を出した。


「お、ソウマ。今日は早いじゃないか」


「この子、ノエルって言うんだ。冒険者仲間で、寝る場所がなくて……泊まりたいって!」


 主人は優しく微笑んだ。


「冒険者か。なら歓迎するよ。一泊大銅貨5枚、食事付きなら8枚だ」


「……お願いします」


 私は銀貨を一枚差し出し、主人は丁寧に受け取った。


「部屋は二階の奥だ。鍵はこれね、お湯を使いたければ大銅貨1枚だ」


 鍵を受け取った瞬間、胸の奥が熱くなった。


 これが、私の部屋。

 

 孤児院では、狭い部屋に押し込まれ、鍵なんて持たせてもらえなかった。でも今、私は自分の部屋の鍵を持っている。


「ノエル、よかったな!」


 ソウマが嬉しそうに笑う。


「……うん。ありがとう、ソウマ」


「礼なんていらないって!仲間だろ?」


 その言葉が胸に落ちた瞬間、涙がこぼれそうになった。


「よし、腹減ったし食いに行こうぜ!」


「えっ……今から?」


「当たり前だろ!初依頼達成の祝いだぞ!」


 ソウマは私の手を軽く引き、宿の外へ連れ出した。


 夕暮れの街は、灯りがともり始めていて、人々の声が温かく響いていた。


「ノエル、何食べたい?」


「えっと……その……」


「じゃあ俺が選ぶ!うまい店知ってるんだ!」


 ソウマは笑いながら歩き出す。私はその背中を追いながら、胸の奥の温かさを噛みしめた。


 ――初めて稼いだお金。

 ――初めての寝床。

 ――初めての仲間。


 今日、私はたくさんの「初めて」を手に入れた。


 そしてその全部が、胸の奥で静かに輝いていた。

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