第4話
食堂を出たあと、ソウマは勢いよく私の手を引いた。
「よし、まずは冒険者ギルドに行こう!」
「えっ、もう行くんですか?」
「当たり前だろ!早く登録しないと依頼も受けられないし!」
照れながら私の手を引くソウマの足取りは軽く、まるで新しい世界へ飛び込むことを楽しんでいるようだった。
私はその背中を追いながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
街の中心にある大きな建物――それが冒険者ギルドだった。
石造りの壁に巨大な紋章が刻まれ、出入りする人の数は市場以上に多い。
「すごい……」
「だろ?ここが冒険者の拠点だ!」
ソウマは胸を張って扉を押し開けた。
中は広く、依頼書が貼られた掲示板、受付カウンター、酒場スペースまである。
「よし、受付行こう!」
ソウマは迷いなく受付へ向かい、私はその後ろにそっとついていった。
受付の女性が優しく微笑む。
「冒険者登録ですね?お二人とも初めてですか?」
「はい!俺はソウマで、こっちはノエル!」
受付の女性が優しく微笑む。
「では、身分証と洗礼証をお願いします」
「洗礼証……?」
私は思わず聞き返した。
受付の女性は少し驚いたように目を瞬いた。
「えっと……洗礼は受けていますよね?スキルを授かる儀式です」
私は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を落とした。
「……その、事情があって……まだ、受けていなくて」
「事情?」
「はい。育った場所が……ちょっと、そういうのを受ける環境じゃなくて……」
できるだけ自然に聞こえるように言った。孤児院のことは言えない。
人身売買の孤児院で洗礼など受けられるはずがない。でも、それをそのまま言うわけにもいかない。
受付の女性は深く追及せず、困ったように眉を下げた。
「洗礼を受けていないと、冒険者登録はできません。まずは教会で洗礼を受けてください。すぐ近くにありますよ」
ソウマは驚いて私を見た。
「ノ、ノエルって……洗礼受けてないの!?」
「……はい。ちょっと、色々あって……」
私は曖昧に笑ってごまかした。ソウマはそれ以上聞かず、すぐに私の手を取った。
「よし、行こう!洗礼受ければ問題なしだ!」
その勢いに押され、私は頷いた。
ギルドから少し歩いた場所に、白い石造りの教会があった。
高い天井、色鮮やかなステンドグラス、静かな空気。
「ここで洗礼を受けるんだ」
ソウマは胸を張って言った。
「ソウマは……洗礼、受けてるんですよね?」
「もちろん!俺は剣術Ⅲだぞ!」
「剣術……Ⅲ?」
「そう!剣術の最高レベル!すごいだろ!」
ソウマは得意げに胸を張った。
その姿が少し可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
「すごいです……本当に」
「だろ!?だからノエルも絶対すごいスキル授かるって!」
その言葉は、根拠がないのに不思議と心強かった。
神官に案内され、私は祭壇の前に立った。
ソウマは少し離れた場所で見守っている。
「目を閉じ、心を静めなさい」
神官の声は柔らかく、教会全体に響いた。
その響きは、まるで胸の奥のざわつきを吸い取るように静かだった。
私はゆっくりと目を閉じた。
暗闇の中で、自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
――何が起きるんだろう。
不安と期待が混ざり合い、胸の奥がそわそわと落ち着かない。
孤児院では、洗礼なんて受けられなかった。
スキルを授かるという行為がどんなものなのか、誰も教えてくれなかった。
だから今、私はまるで知らない世界の扉の前に立っているような気分だった。
「――汝に、神の加護があらんことを」
その言葉が落ちた瞬間、世界が変わった。
光が降り注いだ。
暖かくて、優しくて、涙が出そうになるほど柔らかい光。
それはただ眩しいだけの光ではなく、
まるで誰かがそっと抱きしめてくれているような、そんな温もりを持っていた。
胸の奥に流れ込む。
体の中心に、何かが静かに宿る感覚がした。
心臓の鼓動が一瞬止まり、次の瞬間、強く跳ねた。
――これは……何?
言葉にならない衝撃が、胸の奥を満たしていく。
光は痛くない。
怖くもない。
ただ、優しい。
孤児院で感じたことのない種類の“優しさ”だった。
次の瞬間――
胸の奥に、言葉が浮かんだ。
《回復魔法》
私は息を呑んだ。
「……え?」
神官が目を見開いた。
「これは……希少スキルです。あなたは、癒しの力を授かりました」
「回復……魔法……?」
信じられなかった。でも今、胸の奥に確かに力が宿っている。
「ノエル!」
ソウマが駆け寄ってきた。目を輝かせて、私の手を掴む。
「すげぇじゃん!回復魔法って……めちゃくちゃレアだぞ!」
「……そう、なんですか?」
自分でも驚くほど小さな声だった。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
でも、それが何の感情なのか、すぐには分からなかった。
ソウマは勢いよく頷いた。
「当たり前だろ!冒険者パーティに一人いるだけで全然違うんだ!ノエル、絶対すごい冒険者になれるって!」
その言葉は、まっすぐで、迷いがなくて――
まるで私の未来を疑いなく肯定してくれているようだった。
胸の奥に温かく広がった感覚は、次第に形を持ち始める。
――私にも、価値があるんだ。
その瞬間、息が少しだけ詰まった。
孤児院では、私は“商品”だった。
誰かに売られるために育てられた存在。
食事も寝床も与えられていたけれど、それは私を守るためじゃない。
私を高く売るための“管理”だった。
今思えば優しくされたことなんて、ほとんどなかった。
褒められたこともない。必要とされたこともない。
ただ、見目が良いから売れる――
それだけが、私に与えられた“価値”だった。
だから、ソウマの言葉は胸の奥に深く刺さった。
「ノエルなら絶対できる!」
その言葉は、孤児院で聞いたどんな言葉よりも強く、どんな言葉よりも優しく、どんな言葉よりも私を肯定していた。
私は自分の胸にそっと手を当てた。
心臓が早く打っている。怖いからじゃない。期待しているからだ。
――私にも、未来があるの?
――私にも、誰かの役に立てる日が来るの?
――私にも、生きていい理由があるの?
そんな問いが胸の奥で静かに震えた。
ソウマは私の反応を見て、少し照れたように笑った。
「本当にすごいんだぞ、回復魔法って。怪我した人を助けられるし、仲間を守れるし……ノエルがいたら、どんなパーティも絶対強くなる!」
“仲間”その言葉が、胸の奥にそっと落ちた。
孤児院では、仲間なんていなかった。誰も私を守ってくれなかった。誰も私を必要としてくれなかった。
でも今――
目の前の少年は、私を必要だと言ってくれている。
「……私、そんな……すごい人じゃ……」
言いかけた言葉を、ソウマが明るい声で遮った。
「すごいよ!だって、神様が選んだんだぞ!」
その言葉は、胸の奥に静かに沈んでいき、やがて温かい光となって広がった。
――私にも、価値があるんだ。
胸の奥に宿った光は、まだじんわりと温かかった。
《回復魔法》――
その言葉が頭の中で何度も反響する。
「ノエル、すげぇよ!本当にすげぇ!」
ソウマは興奮した様子で私の手を握りしめていた。
その目はまっすぐで、私の力を疑いなく肯定してくれている。
「……ありがとう」
その言葉を返す声は、少し震えていた。
嬉しさと、信じられない気持ちと、胸の奥の温かさが混ざり合って、うまく言葉にならなかった。
神官が静かに頷く。
「あなたの力は、人を救うためのものです。どうか、その光を正しく使いなさい」
私は深く頭を下げた。
――私にも、価値があるんだ。
『あなたの力は、人を救うためのものです』その言葉が胸の奥で静かに輝いていた。
教会を出ると、ソウマは勢いよく私の手を引いた。
「よし!無事洗礼も終わったし、ギルドに戻ろう!」
「えっ、もう……?」
「当たり前だろ!今ならすぐ登録できるし、ノエルのスキルなら絶対歓迎されるって!」
ソウマの足取りは軽く、まるで自分のことのように嬉しそうだった。私はその背中を追いながら、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
――こんなふうに誰かが喜んでくれるなんて。
孤児院では一度もなかったことだ。
ギルドの大きな扉が見えてくる。
石造りの壁、巨大な紋章、行き交う冒険者たち。
さっき見た時よりも、少しだけその景色が明るく見えた。
受付の女性が私たちを見ると、柔らかく微笑んだ。
「洗礼は受けられましたか?」
「はい!」
ソウマが胸を張って答える。まるで自分が洗礼を受けたかのような勢いだった。
私は少し照れながら頷いた。
「……受けました」
「では、登録を進めますね。お名前と洗礼証、授かったスキルを教えてください」
私は深呼吸をして、胸の奥の光を確かめるように言った。
「ノエル・リュミエールです。こちらが洗礼証です。授かったスキルは……《回復魔法》です」
受付の女性の手が止まった。
「……回復魔法、ですか?」
「はい」
女性は驚いたように目を見開き、すぐに表情を整えた。
「……とても希少なスキルです。あなたのような方が冒険者になってくださるのは、ギルドとしても心強いです」
胸の奥が熱くなる。
――心強い。
そんなふうに言われたことは、一度もなかった。
受付の女性は丁寧に書類をまとめ、カードを差し出した。
「これが冒険者カードです。あなたは今日から正式な冒険者になります」
私はカードを両手で受け取った。
名前が刻まれた銀色のカード。
それは、孤児院の少女ではなく――
“ノエル・リュミエール”としての証だった。
ソウマが隣で満面の笑みを浮かべていた。
「やったな、ノエル!」
「……うん」
声が震えた。でも、それは不安ではなく、嬉しさの震えだった。
受付を離れたあと、ソウマは私のカードを覗き込みながら言った。
「これで俺たち、冒険者だな!」
「……そうだね」
「ノエルは回復魔法で俺を助けてくれて、俺は剣術Ⅲでノエルを守る!完璧じゃん、俺たち!」
その言葉に、胸の奥がまた温かくなる。
――私にも、居場所ができたんだ。
孤児院では得られなかったもの。逃げ続けていた私が、初めて手にした“未来”。
私はカードを胸に抱きしめた。
「……ありがとう、ソウマ」
「えっ、なんで急に!?」
「だって……ソウマがいなかったら、私は……」
言葉が続かなかった。でも、ソウマは照れたように笑って頭をかいた。
「そりゃ助けるだろ!俺はノエルの仲間なんだから!」
その言葉は、胸の奥に静かに沈み、やがて温かい光となって広がった。
こうして私は、ソウマと共に冒険者としての一歩を踏み出した。




