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『孤児院から逃げた私は、希少スキル《回復魔法》で世界を渡り歩く』  作者: 楓真パパ
第1章

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第3話

 街の門をくぐった瞬間、私は思わず息を呑んだ。


 ――大きい。


 孤児院のある村とは比べものにならない。

 石造りの建物が並び、道は広く、行き交う人の数は目が回るほど多い。

 商人、旅人、冒険者、住民……

 それぞれが忙しそうに歩き、話し、笑い、怒り、生活している。


 この街は、人口二十万を超える大都市――リュミエール商都。

 孤児院の職員たちが話していた名前を、私はようやく実感として理解した。


「……すごい」


 胸が高鳴る。

 でも、同時に不安も押し寄せてくる。


 ――私は、ここで生きていけるの?


 門をくぐっただけで圧倒されてしまう自分が、情けなく思えた。


 街の中心に向かって歩くと、賑やかな声が聞こえてきた。

 果物、肉、布、道具……

 色とりどりの品物が並び、人々が値段を叫び、客が笑いながら買っていく。


「市場……」


 私は自然と足を止めた。

 食べ物の匂いが漂い、空腹が刺激される。


 でも――お金がない。


 袋の中には、砂まみれになった最後のパンと、少しの水だけ。

 市場の活気を前に、私は途方に暮れてしまった。


「どうしよう……」


 人の波に飲まれそうになりながら、私は市場の端に立ち尽くした。


 その時だった。


「うわっ、ごめ――っ!」


 勢いよく誰かがぶつかってきて、私はよろけた。

 抱えていた袋が手から離れ、地面に落ちる。

 中身がばらまかれ、最後のパンが砂まみれになった。


「あ……」


 声が漏れた瞬間、ぶつかってきた少年が慌てて私の前にしゃがみ込んだ。


「ごめん!本当に――」


 そこで、少年の言葉がぴたりと止まった。


 私の顔を見たまま、固まっている。


 青髪の少年。

 短髪で、どこにでもいそうな普通の少年なのに――

 その目だけは、驚いたように大きく開かれていた。


 まるで、息をするのも忘れたみたいに。


「……え?」


 私は思わず首をかしげた。

 すると少年は、はっと息を吸い込んだ。


「ご、ごめん!いや、その……えっと……!」


 顔が一気に赤くなる。

 さっきまで勢いよく謝っていたのに、急に言葉が迷子になってしまったようだった。


「だ、大丈夫……ですか?」


 私が声をかけると、少年は肩を跳ねさせた。


「だ、大丈夫じゃない!いや違う!君が大丈夫かって意味で……!」


 完全に混乱している。

 でも、嫌な感じはしなかった。

 むしろ、どこか必死で、真っ直ぐで――少し可愛い。


 少年は深呼吸をして、ようやく言葉を整えた。


「……ごめん。俺がぶつかったせいで、食べ物……」


 砂まみれになったパンを見て、眉を下げる。


 そして、次の瞬間には決意したように顔を上げた。


「よし!じゃあこのパンの代わりに俺が奢るよ!」


「えっ……?」


「だって俺がぶつかったんだし!責任取る!」


 さっきまで言葉に詰まっていたのに、今度は勢いが戻ってきた。

 でも、その目はまだ少し赤くて、私を見つめる視線はどこか照れている。


「行こう!俺、うまくて安い店いっぱい知ってるんだ!」


 少年は私の手を引こうとして、途中で止まった。


「……あ、ごめん。嫌だったら言って」


 その気遣いが、胸にじんわりと染みた。


「……行きます」


 私が答えると、少年は嬉しそうに笑った。


「よかった!俺はソウマ。君は?」


「ノエル……です」


「ノエル!いい名前だな!」


 その笑顔は、雨上がりの空みたいに明るかった。


 ソウマに連れて行かれたのは、街の中心にある食堂だった。

 木の扉を開けると、温かい匂いが広がる。


「ここの肉団子スープ、めっちゃうまいんだ!」


 ソウマは慣れた様子で店員に注文を伝え、まるで自分の家のように自然に席へ座った。

 私はというと、急に賑やかな店内へ放り込まれたような気がして、少し戸惑っていた。

 勢いに押されてついてきたけれど、私はこの街に来たばかりで、右も左も分からない。

 食堂のざわめき、漂う香り、木のテーブルの温かさ……全部が新しくて、全部が少し怖かった。


 そんな私の前に、湯気の立つ皿が置かれた。


「はい、ノエルの分!パン駄目にしちゃって本当にごめんね。」


 ソウマは心底申し訳なさそうに謝ってくれた。

 そして謝った後はとびっきりの笑顔で私を見た。


「さっ!食べて食べて!」


 その笑顔は、さっき市場でぶつかった時と同じ――いや、それ以上に明るかった。

 私はそっとスープを見つめながら、ソウマの横顔を盗み見る。


 青い髪は少し跳ねていて、整っているわけじゃない。

 服も質素で、裕福な家の子には見えない。

 でも、目だけはまっすぐで、迷いがなくて……

「……おいしい」


 スープを口に運んだ瞬間、温かさが胸に広がった。

 優しくて、深くて、涙が出そうになるほど美味しかった。


 ソウマはその言葉を聞いた途端、ぱっと顔を輝かせた。


「だろ!?ここ、俺の一番好きな店なんだ!」


 その嬉しそうな表情を見て、私は気づいた。


 ――この人、本当に私のことを心配してくれている。


 勢いだけじゃなくて、ちゃんと私を見て、考えて、行動してくれている。

 市場でぶつかった時のあの一瞬の“固まり”も、

 ただの驚きじゃなくて――もっと別の感情だったのかもしれない。

 その視線を思い出すと、胸が少しだけ熱くなる。


 私はスープをもう一口飲みながら、そっとソウマを見つめた。


「温かい……」


 ソウマは嬉しそうに笑った。


「よかった!」


「……おいしい」


 食べながら、ソウマは色々と話してくれた。


「この街、すげぇだろ?人が多くてさ、冒険者もいっぱい住んでるんだ。魔物退治の依頼とか、護衛とか、商隊の仕事とか……なんでもあるんだよ!」


 ソウマはスープを勢いよく飲みながら、身振り手振りで語る。


「俺、ずっとこの街に来たかったんだ。村じゃ冒険者なんてほとんどいなくてさ。でも、ここなら本物の冒険者になれる気がして!」


「冒険者……になりたいんですか?」


「うん!強くなって、色んな人を助けたいんだ。魔物に襲われた村とか、困ってる人とか……そういうのを守れる人になりたい!」


 その言葉は、まっすぐで、嘘がなくて――聞いているだけで胸が温かくなるような響きを持っていた。


「それにさ……」


 ソウマは少し照れたように笑った。


「俺、誰かの役に立てる人になりたいんだ。ただの“普通の少年”じゃなくてさ。誰かが困ってたら、助けられるような……そんな冒険者に」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が少しだけ痛んだ。


 ――私も、助けられたかった。


 孤児院で、誰かに。魔物に襲われたあの日、誰かに。


 でも、そんなことは言えない。


 ソウマはスープを飲み終えると、ふと私の顔を見た。


「そういえばさ、ノエルは……どうしてこの街に来たの?両親は?」


 その問いは、優しい声だった。でも、胸の奥に刺さるような鋭さもあった。


 私はスプーンを持つ手を止めた。


 ――どう答えればいい?


 孤児院のことは言えない。人身売買の孤児院から逃げてきたなんて言ったら、きっと騒ぎになる。それに、ソウマに迷惑をかけてしまう。


 でも、嘘をつくのも嫌だった。


「……えっと」


 私は少しだけ目線を落とした。


「家が……なくなったんです」


「なくなった?」


「火事で……全部燃えてしまって。両親もその時に……それで、行く場所がなくて……」


 嘘ではない。村は魔物に襲われて燃えた。ただ、細部を隠しただけ。


 ソウマは眉を下げた。


「……そっか。辛かったな」


 その声は本当に優しかった。だからこそ、胸が痛んだ。


「それで……この街に来たの?」


「……はい。でも、身寄りがなくて……お金もなくて……仕事も、どうすればいいのか分からなくて……」


 言葉にするほど、胸が締めつけられた。

 孤児院を逃げ出した時よりも、今の方が怖い。

 自分の弱さを誰かに見せることが、こんなにも怖いなんて。


 ソウマはしばらく黙っていた。

 真剣な目で私を見つめていた。


「……ノエル」


「……はい」


「困ってるなら、俺が助けたい」


 その言葉は、まっすぐで、迷いがなくて――

 胸の奥に温かく広がった。


「仕事がないなら、一緒に探そう。お金がないなら、俺がなんとかする。身寄りがなくても……俺がいるだろ?」


「え……」


「それにさ――」


 ソウマは少し照れたように笑った。


「冒険者になろうよ、ノエル。一緒に。冒険者なら、12歳からでもFランクで登録できるし……俺も今から登録するつもりなんだ」


「……私でも、なれるの?」


「もちろん!ノエルなら絶対できる!」


 その言葉は、胸の奥に静かに染み込んだ。


 私は初めて、自分の未来に“選択肢”があることを知った。


「……なりたい。冒険者に」


「よし!決まり!」


 ソウマは満面の笑みを浮かべた。


 その笑顔を見て、私は思った。


 ――この人となら、前に進めるかもしれない。


 こうして私は、ソウマと共に冒険者になる道を歩き始めることになった。

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