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『孤児院から逃げた私は、希少スキル《回復魔法》で世界を渡り歩く』  作者: 楓真パパ
第2章

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第1話

ソウマと別れてから、私はただ走り続けた。


院長と領主から逃げるために山を越え、森を抜け、街道をひたすら歩き、時には荷馬車に乗せてもらい、時には港町で働きながら旅費を稼いだ。


――ソウマは必ず来る。


その言葉だけを胸に抱きながら、私は西の大陸を離れ、船に乗って海を渡った。


潮風は冷たく、波の音はどこか寂しげで、夜になると甲板の上で星を見上げながらソウマの声を思い出した。


「絶対に迎えに行くから」


その言葉が、私を前へ進ませた。


そして――


海の向こうに、霧のように浮かぶ島影が見えた。


極東の島国──ヤンミル。


独自の文化を持ち、大陸とは違う言語と風習を持つ国。


冒険者ギルドに属さず、自前のギルド組織を持つという噂を聞いていた。


私はその国へ、逃げ込むようにしてたどり着いた。


港町ヤンミル・カンナ。

石畳の道と木造の建物が並び、大陸とは違う香辛料の匂いが風に乗って漂ってくる。


人々の服装も独特で、腰に布を巻き、肩に軽い羽織をかけている者が多い。


そして何より――


言葉が通じない。


「……あの、宿はどこですか?」


私は港で荷物を運んでいた男性に声をかけた。


しかし男性は首を傾げ、聞き慣れない言語で何かを返してきた。


「ヤンミル語……」


共通語はほとんど通じない。

少しだけ理解してくれる人もいるけれど、会話として成立するほどではなかった。


私は不安を抱えながら、

港町を歩き続けた。


――この国で、本当に生きていけるのかな。


そんな不安が胸を締めつける。


港町の中心に、大きな木造の建物があった。


屋根は反り返り、入口には剣?と二本の旗が掲げられている。


もしかしてヤンミルの冒険者ギルドかもしれないと思い、向かった。


武士団ぶしだんギルド。


ヤンミル独自の冒険者組織。大陸のギルドとは違い、武士団は“武士もののふ”と呼ばれる戦士たちが中心となって運営している。


私は恐る恐る中へ入った。


受付には、黒髪を高く結い上げた女性が座っていた。


その女性は、私を見ると柔らかく微笑んだ。


「旅の方ですね?武士団への登録をご希望ですか?」


――通じた。


私は驚いて目を見開いた。


「共通語……話せるんですか?」


女性は頷いた。


「はい。私は“共通語”の読み書きと会話ができます。ヤンミルでは珍しいですが、旅人の対応のために習いました」


胸の奥がじんわりと温かくなる。


――よかった。

――話せる人がいた。


女性は書類を取り出し、丁寧に説明してくれた。


「武士団は大陸のギルドとは違い、階級は“段位”で表されます。まずは見習いの“八級”からですね」


「八級……」


「依頼は討伐、採取、護衛など様々です。ただしヤンミルでは、冒険者は基本的に“単独行動”が推奨されています」


私は息を呑んだ。


「単独……?」


「はい。武士団は“己の力で道を切り開く”ことを重んじます。もちろん危険な依頼は複数人で行いますが、基本はソロです」


ソウマと別れてから、私はずっと一人だった。


だからこそ、この国の方針はむしろ都合が良かった。


「……登録します」


女性は微笑んだ。


「では、こちらへどうぞ。ノエルさんですね。今日からあなたは武士団の一員です」


私は新しいギルドカード──いや、“段位札”を受け取った。


そこには、 八級:ノエル と刻まれていた。


ヤンミルでの生活は、大陸とはまったく違った。


依頼は紙ではなく木札で渡され、報酬は銅貨ではなく“ぜに”と呼ばれる独自の貨幣。


依頼を受けるときは、武士団の道場で軽い訓練を受ける必要がある。


そして何より――


ソロでの活動が基本。


私は森で薬草を採取したり、街道で魔物を追い払ったり、時には村の護衛をしたりして過ごした。


誰も私を売ろうとしない。誰も私を捕まえようとしない。


ソウマの声が胸の奥で響く。


「絶対に迎えに行くから」


その言葉を信じながら、私はヤンミルで静かに力を蓄えていった。


――ソウマが来たとき、胸を張って会えるように。


――もう誰にも奪われないように。


私は剣術の訓練を受け、回復魔法の精度を上げ、少しずつ強くなっていった。


ヤンミルの空は青く、風はどこか懐かしい匂いがした。


新しい地で、私はひとりの冒険者として歩き始めた。


そして、二年の月日が経過した。


ヤンミルに来てから、気づけば二年が経っていた。


初めてこの国に降り立ったとき、私は言葉も分からず、文化も知らず、ただ逃げてきたという事実だけを抱えていた。


でも――二年という時間は、私を少しずつ変えていった。


朝は道場で素振りをし、昼は依頼をこなし、夜はヤンミル語の勉強をした。


最初は単語を覚えるだけで精一杯だったけれど、今では日常会話なら問題なく話せる。


「ノエル、今日も稽古か?」


「うん。今日の依頼は午後からだから」


武士団の仲間たちと、こうして普通に会話ができるようになった。


それが嬉しくて、胸の奥が少しだけ温かくなる。


ヤンミル語は難しい。


抑揚が強く、語尾が変化し、同じ単語でも使い方によって意味が変わる。


最初は何度も間違えて、道場の師範代に笑われた。


「ノエル、その言い方だと“魚が踊る”って意味になるぞ」


「えっ!?“剣を振る”って言ったつもりだったのに……!」


そんなやり取りを何度も繰り返し、少しずつ言葉が体に馴染んでいった。


今では――


「師範、今日も稽古をお願いします」


「おう、ノエル。発音が良くなったな」


褒められることも増えた。


異国の言葉が、自分の声として自然に出てくるようになった。


それは、この国で生きている実感でもあった。


二年の間に、私は武士団の段位試験を受けた。


試験は厳しい。


木刀での型の披露、魔物の討伐、礼節の試験、そして精神力を測る瞑想。


大陸のギルドとは違い、武士団は“心の強さ”を重んじる。


「ノエル、心が揺れれば剣も揺れるぞ」


師範代の言葉は、いつも胸に響いた。


私は必死に稽古を続け、何度も失敗し、何度も立ち上がった。


そして――


初段の段位札を授かった。


段位札は木でできていて、中央に“初段”の文字が刻まれている。


それを受け取った瞬間、胸の奥が熱くなった。


「ノエル、よく頑張ったな」


「うん……ありがとう……!」


初段はまだ見習いだけれど、武士団の正式な一員として認められた証。


私はようやく、この国で“自分の居場所”を手に入れた。


ヤンミルの生活は、大陸とはまったく違う。


朝は道場で素振りをし、木刀を振る音が街のあちこちから聞こえる。


昼は依頼をこなし、森で薬草を採取したり、街道で魔物を追い払ったりする。


夕方になると、街の鐘楼が鳴り、人々が一斉に頭を下げる。


れい」の文化。心を整えるための習慣。私はその習慣が好きだった。


夜は灯籠の柔らかい光が街を照らし、風が静かに吹き抜ける。


その風はどこか懐かしく、胸の奥を優しく撫でてくれる。


――ソウマは必ず来る。


その言葉を信じながら、私はこの国で強くなっていった。


二年前の私は、ただ逃げてきた少女だった。


誰かに守られなければ生きられないと思っていた。自分の力なんて何もないと思っていた。


でも今は――


ヤンミル語を話せる。武士団の初段として認められている。依頼を一人でこなせる。剣術も回復魔法も上達した。


そして何より――


自分の人生を、自分で選べるようになった。


ソウマが言ってくれた言葉。


「ノエルは自分で選べる人だ」


その言葉が、今の私を支えている。


私はもう、誰かに売られるための“商品”じゃない。


私は――ヤンミルのもののふ、ノエルだ。


段位札を腰に下げ、道場の前に立ったときだった。


海から吹く風が、どこか懐かしい匂いを運んできた。


胸の奥が静かに震える。


――ソウマ。


私は空を見上げた。


二年前のあの日、つり橋の向こうで叫んでくれた声。その声は、今でも私の中で生きている。


私は深く息を吸い、段位札にそっと触れた。


「ソウマ……私、強くなったよ」


風が優しく吹き抜けた。


新しい物語が、静かに動き始めていた。

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