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『孤児院から逃げた私は、希少スキル《回復魔法》で世界を渡り歩く』  作者: 楓真パパ
第1章

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第27話


白衣が揺れた。


その人影が光の下へ出てきた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


――院長。


孤児院で私を管理していた人。

私の未来を勝手に決めた人。

私を“物”として扱った人。


その院長が、領主の屋敷の中に立っていた。


「久しぶりだね、ノエル」


優しい声。でも、その優しさは偽物だ。


私は息ができなくなった。


――捕まる。

――連れ戻される。

――またあの孤児院に閉じ込められる。

――そして……貴族へ売られる。


足が震えた。

視界が揺れた。

喉がひゅっと閉じて声が出ない。


逃げたい。

でも、体が動かない。


院長が一歩近づく。


「ノエル。帰っておいで。君の居場所は、あそこしかないだろう?」


その言葉を聞いた瞬間、心臓が強く跳ねた。


――嫌だ。絶対に嫌だ。


でも声が出ない。足も動かない。私はただ震えていた。


その時だった。


ソウマが私の前に立った。


まるで私を隠すように、院長と私の間に立ちふさがった。


「ノエルに近づくな」


低い声。震えていない。迷いもない。


院長は少し驚いたように眉を上げた。


「君はソウマ君だね……君には関係ない話だよ。君はノエルの何だい?」


ソウマは剣の柄に手を置いた。


「ノエルは……ノエルは俺の仲間だ!!」


その言葉は、私の胸の奥にまっすぐ届いた。


「仲間を……大切な仲間を売られる場所に戻すわけないだろ!!」


院長はため息をついた。


「ソウマ君。君はまだ若い。世の中の仕組みを知らないんだよ。ノエルは特別な美しさを持っている。だからこそ、貴族のもとで生きるべきなんだ」


ソウマは一歩前へ出た。


「ノエルがどう生きるかは……ノエルが決めることだ」


その言葉は、私の心の奥にある小さな灯火を揺らした。


――私が決める。

――私の人生は、私が選ぶ。


院長は首を振った。


「ノエルはまだ子どもだ。自分で選ぶことなんてできないよ」


ソウマは怒りを隠さなかった。


「ノエルは……俺よりずっと強い。自分で選べる人だ」


胸の奥が熱くなる。


――ソウマ。ありがとう。


私は震える足を必死に動かした。


ソウマの背中の後ろから、ゆっくりと前へ出る。


院長の視線が私に向く。


「ノエル。帰っておいで。君のためなんだよ」


私は深く息を吸った。


胸の奥が痛いほど震えている。でも、言わなきゃいけない。


「……帰りません」


院長の目が細くなる。


「ノエル。君は理解していない。貴族のもとで生きることがどれほど価値があるか――」


「価値なんて……いらない」


声が震えていた。でも、言葉は止まらなかった。


「私は……あの孤児院に戻らない。貴族のところにも行かない。絶対に……帰らない」


院長は静かに息を吐いた。


「ノエル……君は本当に愚かだ」


私は首を振った。


「愚かでもいい。私は……私の人生を生きたい」


ソウマが横で頷いた。


「ノエルは俺の仲間だ。絶対に渡さない」


院長は眉をひそめた。


「……そうか。ならば――」


その時だった。


「それは困るな」


低く、冷たい声が部屋に響いた。


私もソウマも、院長も振り返る。


領主ヴァルド・グラウスが、椅子からゆっくりと立ち上がっていた。


「ノエル。君が帰らないと言うのは……私としては非常に困る」


私は息を呑んだ。


「……どういう意味ですか?」


ヴァルドはゆっくりと歩き、私たちの前に立った。


「ノエル。君が“売られる予定だった先”は――」


その言葉は、まるで刃のように鋭く空気を切った。


「――この私だ」


心臓が止まったように感じた。


ソウマが剣の柄を強く握る。


「……は?」


ヴァルドは微笑んだ。

その笑みは優しさではなく、獲物を見つけた捕食者のようだった。


「君の力は価値がある。その見目麗しい姿は、私にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。だから――私は君を買うつもりだった」


私は震えた。


「……嫌です」


ヴァルドは首を傾げた。


「嫌でも困る。私は君を必要としている」


ソウマが一歩前へ出た。


「ノエルは……誰のものでもない」


ヴァルドの目が細くなる。


「そう言うと思ったよ、ソウマ君。だが――君たちはまだEランクだ。私に逆らえる立場ではない」


院長が静かに言った。


「ノエル。君は戻るべきだ。それが君のためだ」


私は震える声で言った。


「……絶対に嫌です」


ヴァルドはため息をついた。


「困ったな。本当に困る」


その声は静かで、しかし底知れない冷たさを含んでいた。


――逃げられない。

――でも、負けたくない。


ソウマが私の手を握った。


「ノエル。絶対に守る」


私は頷いた。


「うん……」


領主と院長の視線が私たちに向けられる。


その視線は、まるで獲物を逃すまいとする捕食者のようだった。


ヴァルドが指を鳴らした。


その瞬間、部屋の両側の扉が開き、黒い鎧を着た兵士たちが姿を現した。


――私兵。


領主直属の兵士。街の治安を守る兵士とは違う。領主の命令だけを聞く、強力な兵士たち。


ソウマが剣を抜いた。


「ノエル……逃げるぞ」


私は息を呑んだ。


「で、でも……!」


「大丈夫だ。絶対に守る」


ソウマは私の手を強く握り、部屋の外へ走り出した。


私兵たちが追ってくる。


「捕らえろ!」


ヴァルドの声が響いた。


ソウマが私の手を強く引いた瞬間、世界が一気に動き出した。


「ノエル、走るぞ!」


その声は、院長の冷たい視線や領主の不気味な笑みを振り払うように、まっすぐで、力強かった。


私は頷くこともできず、ただソウマの手を握り返した。


廊下へ飛び出した瞬間、屋敷の空気が変わった。


――重い。


まるで屋敷そのものが私たちを閉じ込めようとしているような、圧迫感のある空気が肌にまとわりつく。


赤い絨毯が敷かれた長い廊下。壁には豪華な絵画や装飾品が並び、天井のシャンデリアが揺れている。


普段なら美しいと思えるはずの景色が、今はただ恐怖を増幅させるだけだった。


「逃がすな!!」


背後から領主の怒号が響いた。


その声は、屋敷全体を震わせるような重さを持っていた。


続いて、甲冑がぶつかり合う音が廊下に広がる。


――ガンッ、ガンッ!


私兵たちが走り出した音だ。


ソウマが振り返らずに叫ぶ。


「ノエル、絶対に離れるな!」


「う、うん……!」


息が苦しい。胸が痛い。足が震える。


でも止まれない。


廊下の窓から差し込む光が、走る私たちの影を長く伸ばす。


その影が揺れるたび、背後から迫る私兵の影と重なりそうで怖かった。


「ソウマ……後ろ……!」


「わかってる!」


ソウマは私の手を引いたまま、廊下の曲がり角にあった豪華な壺に手をかけ、後ろの兵士に向かって投げる。


その瞬間、背後で私兵たちの叫び声と何かが割れる音が響く。


「くそっ……逃がすな!」


怒号がさらに近づく。


ソウマは息を切らしながら言った。


「ノエル……多分裏口があるはずだ!絶対に外へ出るぞ!」


私は必死に頷いた。


「うん……!」


廊下の先には、大きな窓から外の光が差し込んでいた。


その光は、まるで希望のように見えた。


でも――


その手前に、私兵が二人立ち塞がっていた。


「逃がさん!」


ソウマは剣を抜いた。


「ノエル、伏せろ!」


私は反射的に身を低くした。


ソウマの剣が私兵の槍を弾き、甲冑に火花が散る。


「くっ……!」


ソウマは私兵の攻撃を受け流しながら、私の手を離さずに前へ進む。


「ノエル、走れ!」


私は立ち上がり、ソウマと一緒に私兵の横をすり抜けた。


背後で私兵が叫ぶ。


「待て!!」


でも、もう止まらない。


廊下の先にある開いている扉が見えた。


木製の重い扉。外へ通じる裏口だ。


ソウマが叫ぶ。


「ノエル、あそこだ!!」


私たちは扉へ向かって走った。


その瞬間――


「閉めろ!!」


領主の怒号が響いた。


扉に向かって私兵が走り出し扉を閉めようとする。


「ソウマ……!」


「間に合う!!」


ソウマは私の手を引き、最後の力で扉へ飛び込んだ。


――ドンッ!!


扉が閉まる直前、私たちは外へ飛び出した。


背後で扉が激しく閉まる音が響く。


「くそっ……逃げられたか!」


私兵の怒号が扉越しに聞こえた。


私は息を切らしながら、ソウマの手を強く握った。


「ソウマ……!」


「ノエル、大丈夫か……?」


私は頷いた。


「うん……!」


でも、安心する暇はなかった。


屋敷の裏庭は広く、その先には小さな山がそびえていた。


ソウマは山を見て言った。


「ノエル……山に逃げるぞ!あそこなら追手を巻ける!」


私は頷いた。


「うん……!」


その瞬間、屋敷の裏口が勢いよく開いた。


「逃がすな!!」


私兵たちが再び追ってきた。


ソウマは私の手を引き、山へ向かって走り出した。


その背後で、領主の冷たい声が響いた。


「捕らえろ。ノエルは……私のものだ」


その声は、私の背中を冷たく撫でた。


私は震えながら、ソウマの手を強く握り返した。


「ソウマ……!」


「大丈夫だ!!絶対に守る!!」


その言葉を聞いた瞬間、私はもう迷わなかった。


ソウマと一緒に、山の奥へ走り出した。


私兵たちの足音が近づく。


「逃がすな!」


私たちは山道に駆け込み、必死に走った。


息が苦しい。足が痛い。でも止まれない。


山の奥へ進むと、谷が広がっており谷底にはかなりの激流が流れていた。


その谷には――


つり橋があった。


古く、木でできた細い橋。風が吹くたびに揺れている。


ソウマが橋を見て叫んだ。


「ノエル……先に渡れ!」


「えっ……!」


「橋を渡って……向こうへ行け!俺が後から行く!」


私兵たちの足音が近づく。


私は橋へ足をかけた。


揺れる。怖い。でも渡らないと。


「ノエル、早く!」


私は必死に橋を渡った。


橋の半分まで来た時だった。


「ソウマ……!」


私兵たちがソウマに追いついた。


「逃がすな!」


ソウマは剣を構え、兵士たちを必死に食い止めていた。


「ソウマ……早く来て!」


「ノエル……!」


ソウマは私を見た。


その目は、迷いがなく、ただ私を守るためだけに向けられていた。


「ノエル……渡りきれ!」


「でも……!」


「大丈夫だ!絶対に行くから……信じて待っててくれ!」


その言葉は、胸の奥に強く刻まれた。


私は橋を渡りきった。


その瞬間――


ソウマが橋の縄を切った。


「ソウマ!!」


橋が大きく揺れ、私の足元から崩れ落ちていく。


ソウマは兵士たちを押し返しながら叫んだ。


「ノエル……逃げろ!!絶対に……絶対に迎えに行くから!!」


私は涙が溢れた。


「どうして……!ソウマ……!!」


「これでいいんだ!!ノエルを守るためなら……俺は何だってする!!」


橋が完全に崩れ落ち、谷の底へ落ちていった。


ソウマは兵士たちに囲まれながら、最後まで私を見ていた。


「ノエル……逃げろ!!生きろ!!俺は必ずノエルに合いに行く!絶対に……約束する!!」


私は泣きながら後ろを振り向かずに山の奥へ走り出した。




第1部 完


※※※※

第2部からは更新頻度を4日に1回にさせていただきます。

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