第26話
翌朝。
街の空気は昨日より少しだけ澄んでいるように感じた。
薄霧の谷での採取、森での新種魔物との遭遇、新人二人の救助。
胸の奥にまだ緊張の余韻が残っている。
ギルドの扉を押し開けると、朝の光が差し込む広間にはすでに多くの冒険者が集まっていた。
依頼書をめくる音、報告をする声、酒場から漂う朝食の匂い。
その中で、受付嬢が私たちを見つけて手を振った。
「ノエルさん、ソウマさん。昨日の新種魔物の危険度判定が出ました」
ソウマが少し緊張した顔で前に出る。
「どうでしたか?」
受付嬢は書類を手に取り、真剣な表情で読み上げた。
「……危険度はBクラスと判定されました」
私は息を呑んだ。
「Bクラス……」
ソウマも驚いたように目を見開く。
「Cクラスの冒険者パーティでも倒せなかった魔物……だからBクラス」
受付嬢は頷いた。
「はい。森の奥に生息している可能性が高く、今後ギルドとしても調査班を派遣する予定です」
あの時のことを思うと背筋がぞっとする。
――あの魔物は、本当に危険だった。ソウマが剣術Ⅲを発動していなかったら……新人二人は助からなかった。
受付嬢は続けた。
「そして……お二人の報告と救助活動が評価されました」
ソウマが少しだけ身を乗り出す。
「評価……?」
受付嬢は書類をめくり、柔らかく微笑んだ。
「報酬は 金貨10枚。そして――」
私は息を呑んだ。
「そして……?」
受付嬢はゆっくりと言った。
「お二人は FランクからEランクへ昇格 となりました。試験なしでの昇格です」
ソウマが目を見開いた。
「試験なし……?」
「はい。街の住民の救出、薄霧の谷での薬草採取五十束。新人二人の救助。そして新種魔物の調査。これらの功績が認められました」
――昇格。試験なし。金貨10枚。
ソウマは嬉しそうに笑った。
「ノエル……!俺たち、Eランクになったぞ!」
私は笑った。
「うん……!すごいよ、ソウマ!」
受付嬢は金貨の袋と新しいギルドカードを差し出した。
「異例の速さですね。本当に……お疲れさまでした。これからも頑張ってくださいね」
私たちは深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
ギルドを出ると、街の光がいつもより明るく見えた。
ソウマは新しいギルドカードを何度も見ている。
「ノエル……見てくれよ。Eランクだぞ、Eランク!」
「うん……!私たち、頑張ったもんね」
ソウマは照れたように笑った。
「いや、ノエルがいたからだよ。俺一人じゃ絶対に無理だった」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ソウマ……私もソウマがいたから頑張れたんだよ」
ソウマは少しだけ照れたように視線をそらした。
「……なんか、こういうの照れるな」
私は笑った。
「ふふ……」
街の風が優しく吹き抜け、新しいギルドカードが光を反射した。
ギルドの前で喜びを噛みしめていると、背後から明るい声が聞こえた。
「ノエルちゃん!ソウマくん!」
振り返ると、あの二人姉妹が駆け寄ってきた。
「昇格したって聞いたよ!本当にすごい!すごい!」
「ギルドの職員さんが聞き取りに来たんだよ。だから私すごく褒めた!」
ソウマは照れたように笑った。
「いや、そんな……たまたま運が良かっただけだよ」
姉妹は首を振った。
「違うよ。新人を助けたんでしょ?それに新種魔物の調査までして……ちゃんと実力で昇格したんだよ」
私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ありがとう……そう言ってもらえると嬉しい」
姉妹は笑顔で手を振った。
「これからも頑張ってね!応援してるから!」
その言葉が、昇格の喜びをさらに強くしてくれた。
姉妹2人のお祝いの言葉で喜びを噛み締めていた私たちの前に、黒い服を着た男性が静かに歩み寄ってきた。
「ノエル殿、ソウマ殿で間違いありませんか?」
ソウマが少し警戒しながら答える。
「はい、そうですが……?」
男性は深く頭を下げた。
「私はこの街の領主、ヴァルド・グラウス 様の使いの者です」
私は思わずソウマを見る。
「ヴァルド……グラウス……?」
ソウマは小声で言った。
男性は続けた。
「領主様が、住民と冒険者を守ったお二人を“期待の新人” として称えたいとのこと。ぜひ屋敷へお越しください」
私は驚いた。
「領主様が……?」
ソウマも目を見開いた。
「俺たちが……招待されるのか?」
男性は頷いた。
「はい。新種魔物の調査、新人冒険者の救助、そして薄霧の谷での功績。領主様はお二人に感謝を伝えたいと仰っています」
ソウマが私を見る。
「ノエル……どうする?」
私は少しだけ考えた。
――断る理由はない。領主が呼ぶということは、何か重要な話があるはず。
「……行こう。領主に呼ばれたなら、行かないと」
ソウマは頷いた。
「よし。行こうか」
男性は深く頭を下げた。
「では、屋敷までご案内いたします」
街の中心にある領主の屋敷は、石造りで重厚な雰囲気を放っていた。
高い壁。
大きな門。
衛兵が二人立っている。
男性が門番に声をかけると、門がゆっくりと開いた。
「こちらへどうぞ」
屋敷の中は静かで、廊下には赤い絨毯が敷かれている。
壁には絵画や装飾品が飾られ、豪華な雰囲気が漂っていた。
ソウマが小声で言った。
「ノエル……なんか緊張するな」
「うん……私も」
男性は一つの扉の前で立ち止まった。
「領主様がお待ちです。どうぞお入りください」
私は深く息を吸い、扉に手をかけた。
ゆっくりと扉を開けると――
部屋の中央には黒い服を纏った男が座っていた。
鋭い目つき。
背筋を伸ばした姿勢。
まるで獲物を見据える猛禽のような雰囲気。
彼こそが――
この街を治める領主、ヴァルド・グラウス。
「よく来てくれたな、ノエル殿、ソウマ殿」
低く響く声。
威圧感があるのに、どこか丁寧で礼儀正しい。
ソウマが少し緊張した声で答える。
「お招きいただき……ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
「お呼びいただき光栄です」
ヴァルドはゆっくりと立ち上がり、私たちの方へ歩み寄った。
「まずは礼を言わせてもらおう。新種魔物の調査、街の住民・新人冒険者の救助、そして薄霧の谷での功績。街の安全に大きく貢献してくれた」
その言葉は重く、この街を守る者としての責任が滲んでいた。
「特に……森で遭遇した新種魔物。あれは危険だ。Bクラス判定は妥当だろう」
ソウマが頷く。
「はい……僕たちも、かなり危険だと感じました」
ヴァルドは少しだけ目を細めた。
「森にあの魔物が出るということは……この街の周辺に何か異変が起きている可能性がある」
私は息を呑んだ。
「異変……?」
「そうだ。魔物の生息域が変わるのは、何か理由がある。自然の変化か、人為的なものか……」
ヴァルドはゆっくりと椅子へ戻り、指を組んだ。
「そこでだ。もう一人お礼を言いたい人物がいるんだ」
ソウマが首を傾げる。
「お礼……?」
ヴァルドは横に視線を向けた。
「案内しよう。こちらへ」
ヴァルドは立ち上がり、部屋の奥にある別の扉へ向かった。
「ノエル……なんか嫌な予感がする」
「うん……私も」
扉の前に立つと、ヴァルドは静かにノックした。
「入れ」
その一言で、扉がゆっくりと開いた。
中は薄暗く、窓から差し込む光が床に細い線を描いている。
部屋の中央には、白い布が揺れていた。
足音は静かで、まるで床を滑るように歩いてくる。
白衣。落ち着いた足取り。どこか懐かしい雰囲気。
私は息を呑んだ。
――この歩き方、知っている。
ソウマも目を見開いた。
「え……?」
白衣の人物が光の下へ出てくる。
その顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「……なんで……」
わたしは震える声で言った。
「どうして……ここに……?」
白衣の人物は静かに微笑んだ。
「久しぶりだね、ノエル」
私は言葉を失った。
その人は――院長だった。




