第22話
「ノエル、今日は依頼を受けるというより……見学だけにしておこう。もう夕方だしな」
「うん。どんな依頼があるかだけ見てみたい」
夕方のギルドは依頼を終えた冒険者で受付前には列ができ、賑やかだった。
私は胸の奥が少しだけ高鳴るのを感じた。
――新しい街。
――新しい依頼。
――新しい冒険。
(どんな依頼があるんだろう……)
人混みを避けながら、私たちは依頼掲示板の前へ立った。
掲示板には、ところどころ隙間はあるが、この時間にしてはびっしりと依頼書が貼られている。
「……すごい量だね」
「この街は冒険者が多いからな。依頼も多いんだろう」
私は一枚一枚目を通していく。
薬草採取:ヒーリングリーフ 10束
魔物討伐:ホーンラビット 5体
護衛依頼:街道の荷馬車の護衛
採取依頼:魔石の欠片 5個
どれも前の街で見たことがある依頼ばかり。
――そう思った時だった。
「……ソウマ、これ」
私は一枚の依頼書を指差した。
《薬草採取:ルミナ草 5束》
報酬:銀貨8枚
採取場所:北東の“薄霧の谷”
注意:魔物の出現率が高いため、初心者は非推奨
「ルミナ草……?聞いたことないな」
ソウマも依頼書を覗き込む。
「俺も知らない。報酬は高いけど……採取場所が危険そうだな」
私は依頼書をそっと剥がし、受付へ向かった。
しかし――
受付前には長い列ができていて、冒険者たちが依頼の報告や手続きを待っていた。
ざわざわとした声、依頼書をめくる音、報告をする冒険者の声が重なり合い、受付周辺はまるで市場のような賑わいだった。
「……すごい人だね」
私が呟くと、ソウマが周囲を見渡しながら言った。
「夕方だからな。依頼を終えた冒険者が一気に戻ってくる時間だ。今行っても、しばらく待つことになる」
確かに、受付嬢は忙しそうに書類を捌き、次々と冒険者を案内している。
ソウマは私の肩を軽く叩いた。
「ノエル、先に食事にしよう。落ち着くまで時間がかかりそうだ」
「……そうだね。お腹もすいてきたし」
ギルドの奥には食堂があり、冒険者たちが思い思いに食事を取っていた。
私たちは空いている席に座り、簡単な食事を注文した。
パンとスープ、それから少しだけ肉の煮込み。
湯気がふわりと立ち上り、疲れた体に優しい香りが広がる。
「ノエル、今日はいろいろあったな」
「うん……街の案内も楽しかったし、ギルドの依頼もたくさんあって……なんだか新しい生活が始まったって感じ」
ソウマはスープを飲みながら笑った。
「この街は前より大きいし、依頼も多い。きっとすぐ慣れるさ」
私はパンをちぎりながら頷いた。
「うん……頑張る」
食事を終える頃には、受付前の混雑も少し落ち着いてきたようだった。
「そろそろ行こうか」
「うん」
私たちは食堂を出て、再び受付へ向かった。
受付嬢が依頼書を見ると、少し驚いたように目を瞬いた。
「ルミナ草の依頼ですか……この依頼は時々出るんですが、採取場所が少し危険で……」
「ルミナ草って、どんな薬草なんですか?」
受付嬢は微笑んで言った。
「資料室に詳しい情報がありますよ。案内しますね」
私たちは受付嬢に案内され、ギルド奥の資料室へ入った。
資料室は静かで、棚には薬草や魔物の資料が並んでいる。
受付嬢は一冊の本を開き、ルミナ草のページを見せてくれた。
《ルミナ草》
・淡く光る葉を持つ薬草
・高い治癒効果を持つ
・希少で、採取場所は限られている
・“薄霧の谷”に群生
・魔物が多く、採取は危険
私はページを見つめながら言った。
「……光る薬草なんだ」
「治癒効果が高いから、薬師や治療院が欲しがるんです。でも、採取場所が危険で……初心者はあまり行きません」
ソウマが腕を組む。
「薄霧の谷……名前からして危険そうだな」
受付嬢は少し心配そうに言った。
「行くなら、十分に準備してからにしてくださいね。魔物の出現率が高いので……」
私は依頼書を見つめた。
――危険。
――でも、挑戦してみたい。
胸の奥が静かに熱くなる。
ギルドを出ると、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
街の灯りがぽつぽつと灯り始め、人々が家へ帰っていく。
ソウマが私を見る。
「ノエル……ルミナ草、やってみたいか?」
私は少しだけ考え、ゆっくり頷いた。
「うん。危険かもしれないけど……挑戦してみたい」
ソウマは笑った。
「じゃあ、明日行こう。今日はもう遅いし、準備も必要だ」
「うん。しっかり準備して行こう」
夕暮れの風が静かに吹き抜け、街の灯りが優しく揺れていた。
新しい挑戦に胸の奥が静かに高鳴っていた。
翌朝。空は薄い青で、雲がゆっくりと流れていた。
昨日の夕方に見た依頼書――ルミナ草の採取依頼。
危険かもしれない。でも、挑戦してみたい。
胸の奥に静かな熱が残っていた。
「ノエル、準備できたか?」
ソウマが荷台の紐を締めながら声をかける。
「うん。薬草袋と予備の水袋も持ったよ」
「よし。薄霧の谷は北東だ。街から半日くらい歩けば着くはずだ」
ソウマはそう言ったあと、少しだけ考えるように空を見上げた。
「……ただ、半日かかるとなると、谷に着く頃には昼過ぎだな」
「うん……そうだね」
「ルミナ草は霧の濃い場所に群生してるって言ってたし、採取には時間がかかる。日帰りじゃ難しいかもしれない」
私は胸の奥が少しだけ緊張した。
「……野営、するの?」
ソウマは頷いた。
「そうなると思う。着いたら谷の中へ少し入って偵察しよう。ある程度偵察が終われば谷の入口で一泊して、翌朝から採取に入るのが安全だ」
私は深く息を吸った。
「……分かった。じゃあ、野営の準備もしないとね」
ソウマは荷台の中を確認しながら言った。
「テント、火打石、予備の食料……全部ある。ノエルは寝袋と防寒具を確認してくれ」
「うん、分かった」
荷台の中には、前の旅で使った寝袋や毛布が丁寧に畳まれて入っていた。
私はそれらを取り出し、汚れや破れがないか確認する。
「寝袋も大丈夫。防寒具も問題ないよ」
「よし。薄霧の谷は夜になると気温が下がるらしいから、しっかり準備しておこう」
ソウマは荷台を閉じ、私の方へ向き直った。
「ノエル、怖かったら言ってくれ。無理はしない」
私は首を振った。
「怖いけど……でも、ルミナ草を採りたい。挑戦したい」
ソウマは少しだけ笑った。
「よし。じゃあ、行こう」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
――危険な谷でも、ソウマがいる。
――だから、進める。
「うん。頑張る」
私は深く息を吸った。
胸の奥が少しだけ緊張する。
こうして私たちは、薄霧の谷での野営を想定した準備を整え、出発した。
街を出て北東へ進むと、草原が少しずつ森へと変わっていく。
鳥の声が遠くで響き、風が木々を揺らしてざわめきを作る。
「ソウマ、薄霧の谷って……どんな場所なんだろう」
「名前の通り、霧が多いらしい。魔物が隠れやすいから危険なんだとさ」
私は杖を握りしめた。
「……大丈夫。気をつけて行こう」
ソウマは頷いた。
「うん。ノエルがルミナ草を見つけられるように、俺も周りを見るよ」
その言葉が、霧の前の不安を少しだけ溶かしてくれた。
昼前。森を抜けると、そこに――
薄霧の谷が広がっていた。
谷全体が淡い白い霧に包まれていて、光が霧に反射してゆらゆらと揺れている。
まるで、谷そのものが呼吸しているようだった。
「……綺麗……」
思わず声が漏れた。
霧は冷たくなく、肌に触れると少しだけひんやりして心地いい。
谷の奥には、淡い光がちらちらと揺れている。
「ノエル、あれ……」
ソウマが指差した先には、霧の中で淡く光る葉が揺れていた。
「……ルミナ草……?」
光は弱く、でも確かにそこに存在していた。
霧の中で揺れる光は、まるで小さな灯火のようで――
幻想的で、どこか神秘的だった。
「ノエル、気をつけろ」
ソウマが周囲を見渡しながら言った。
「霧が濃いと、魔物が近づいても気づきにくい。谷の魔物は霧に紛れて動くからな」
私は周囲を見渡した。
霧の向こうで、何かが動いたような気がした。
「……魔物、いるね」
「うん。でも、ゆっくり進めば大丈夫だ。ルミナ草は霧の濃い場所に群生してるらしい」
私は深く息を吸った。
胸の奥の熱が、霧の冷たさに負けないように静かに灯っていた。
谷の入り口で少しだけ進んだあと、ソウマが言った。
「ノエル、今日はここまでにしよう。夜になるとさらに危険だ。谷の入り口まで戻って野営の準備だ」
私は頷いた。
「うん……でも、明日なら……もっと奥まで行けると思う」
ソウマは笑った。
「もちろん。明日、しっかり準備して挑戦しよう」
私は谷の奥で揺れる光を見つめた。
その光はどこか優しくて、私を呼んでいるように見えた。
「……明日、必ず採るよ。ルミナ草」
胸の奥が静かに高鳴っていた。




