第18話
それから数日、私たちはダンジョンでの採取依頼を中心にこなした。
討伐よりも精神的な負担が少なく、ソウマも私も、落ち着いて作業できる依頼だった。
ダンジョンの中は冷たく、黒い壁はまるで生き物の体内のように脈動している。
それでも、つるはしの音が響くたび、
少しずつ前へ進めている実感が胸に広がった。
「ノエル、今日で銀貨十枚は稼げるな」
「うん。荷台まであと……二十枚くらい?」
「そうだな。もう少しだ」
ソウマの声は明るく、その声を聞くだけで胸の奥が温かくなる。
――荷台を買えば、もっと遠くまで行ける。
――もっと依頼をこなせる。
そんな未来が、少しずつ形になっていくのを感じていた。
ダンジョンでの採取依頼をこなす日々が続く中で、ギルドでの私たちの立場は少しずつ変わっていった。
回復魔法を使える新人。
希少スキル持ち。
ダンジョン奥で中堅冒険者を救った見目麗しい少女。
そんな噂が、ギルド内に広がっていった。
その結果――
私たちの周囲には、さまざまな冒険者が集まるようになった。
ある日、依頼達成の報告を終えた直後、落ち着いた雰囲気の男性冒険者が声をかけてきた。
「君、ノエルちゃんだよね?回復魔法を使えるって聞いたよ。もしよかったら、うちのパーティに入らないか?」
丁寧な口調で、礼儀正しく頭を下げてくる。
「報酬は山分けでいい。いや、君だけ多めでもいい。安全な依頼だけを選ぶから、負担も少ないはずだ」
私は困ってソウマを見る。
ソウマは苦笑しながら答えた。
「すみません。俺たちは二人でやってるんで」
男性は残念そうに頷き、それ以上は何も言わずに去っていった。
――こういう丁寧な人なら、まだいい。
問題は、その後だった。
別の日。ギルドの入口で依頼書を見ていると、突然肩を掴まれた。
「おい、回復役が欲しいんだよ。お前だろ回復スキル持ちは?」
振り返ると、粗暴そうな男が私を睨んでいた。
「おー見た目もいいねぇ。俺たちのパーティに入れよ。断るなよ?」
胸の奥が冷たくなる。
――怖い。
ソウマがすぐに間に入った。
「離れろ」
低い声だった。
男は舌打ちしながら手を離した。
「チッ……回復役なんて、どこも欲しがるんだよ。調子に乗るなよ」
私は震える手で杖を握りしめた。
ある日、依頼を受けようとすると、受付前で別のパーティが割り込んできた。
「この依頼、俺たちが先に見てたんだよ」
「新人は引っ込んでろ」
「回復役がいるからって調子に乗るな」
リリアが困ったように眉をひそめる。
「順番は守ってください……」
私は何も言えず、ただ依頼書を握りしめた。
その時――
「おい」
ザハトが後ろから現れた。
「ノエルさんに嫌がらせするなら、俺が相手になるぞ」
パーティの男たちは青ざめ、慌てて依頼書を置いて逃げていった。
ムワイが笑う。
「ザハトが来ると、みんな逃げるんだよね」
ザハトは肩をすくめた。
「当たり前だろ。俺はこの街じゃそこそこ強いんだよ」
私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ノエルさん、困ったら言えよ、俺たちは恩人を守るのが当然なんだ。嫌がらせしたやつがいたら、俺がぶっ飛ばすからな」
「ザハト、それは言い方が悪いよ……でも、守るよ」
その言葉に、胸の奥が少しずつ温かくなっていった。
勧誘も嫌がらせも続いたが、ザハトとムワイは何度も助けてくれて、私たちは何とか依頼をこなし続けることができた。
そして――
「ノエル、今日の報酬で……ついに金貨五枚だ」
ソウマが銀貨の袋を掲げた。
「……本当に?」
「本当だ。荷台が買えるぞ!」
――荷台。
――ずっと欲しかったもの。
――これからの冒険に必要なもの。
私は思わず笑ってしまった。
「ソウマ、買いに行こう!」
「よし、行くぞ!」
道具屋の店主は、私たちが金貨五枚を差し出すと驚いたように目を丸くした。
「お前たち……新人だったよな?よくここまで貯めたな」
「頑張りました」
ソウマが胸を張る。
店主は荷台を店の奥から引き出した。
木製で、車輪は鉄製。魔物一体なら十分運べる頑丈な作り。
私は荷台の木の表面をそっと撫でた。
「……これで、もっと遠くまで行けるね」
「うん。これからも頑張ろう、ノエル」
胸の奥が温かくなる。
――未来が広がっていく。
――少しずつ、強くなれる。
そう思っていた。その時だった……
荷台を買った次の日の夕方。
ギルドの受付で報告を終えた私たちに、
リリアが慌てた様子で駆け寄ってきた。
普段は落ち着いた笑顔の彼女が、今は顔色を失っていて、胸の奥がざわりと揺れた。
「ノエルさん……!大変です……!」
その声は震えていて、ギルドの喧騒の中でもはっきりと聞こえた。
「どうしたの……?」
リリアは周囲を気にしながら、声を落として続けた。
「隣町の孤児院の院長が……ノエルさんを探しているそうです」
心臓が止まったような感覚がした。
――院長。
――あの孤児院。
――人身売買の孤児院。
逃げ出したあの日の記憶が、胸の奥で黒い影となってよみがえる。
私は震える声で言った。
「……どこまで来てるの?」
リリアは唇を噛み、紙を一枚取り出した。
「今ちょうど街に来いて。ギルドにも問い合わせがありました。“シルバーブロンドの少女を見なかったか”と……特徴も……ノエルさんと一致しています」
足が震えた。
ソウマが私の肩を掴む。
「ノエル……大丈夫か?」
私は首を振った。
「……見つかったら……終わりだよ。連れ戻される……あそこに……」
声が震え、喉が詰まる。
リリアはさらに続けた。
「院長は……ギルドの職員にも聞き込みをしていて……“孤児院から逃げた子がいる”と、それらしい噂まで流しています」
胸の奥が冷たくなる。
――私を探している。
――この街に来ている。
ソウマは眉をひそめた。
「リリアさん、院長はどんな様子だった?」
リリアは少し震えながら答えた。
「……とても落ち着いていて……でも、目が笑っていませんでした。“保護したいだけです”と言っていましたが……あれは……嘘をついている目です。」
私は胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
リリアはさらに続けた。
「それに……院長は、街の警備隊にも協力を求めているようです。“行方不明の孤児を探している”と……表向きは善意の人間を装っています」
ソウマが息を呑んだ。
「警備隊まで……」
リリアは申し訳なさそうに言った。
「ノエルさん……この街にいるのは危険です。あの院長は、必ずあなたを見つけようとします。ギルドも守りたいですが……個人の都合では動けないのです。しかも警備隊が動いてしまうと、私たちでは止められません」
私は唇を噛んだ。
――逃げなきゃ。
――でも、どうすれば。
その時、ソウマが私の肩に手を置いた。
「ノエル、街を移ろう」
私は顔を上げた。
「え……?」
ソウマは真剣な目で続けた。
「この街はもう危険だ。院長が探してるなら、またギルドにも来る。冒険者にも聞き込みするだろう。警備隊まで動いてるなら、隠れるのは無理だ」
私は首を振った。
「でも……私は逃げればいいけど……ソウマは……関係ないよ。迷惑をかけられない」
ソウマは即座に言った。
「迷惑なんかじゃない。俺はノエルと一緒に冒険者になったんだ。ノエルが危険なら、俺も一緒に逃げる」
胸の奥が熱くなる。
「でも……」
「ノエルだけ逃げても、院長は追い続ける。どこかでまた見つかるかもしれない」
ソウマは荷台を指差した。
「荷台もある。荷物を全部積んで、遠くへ行ける。もっと離れた街なら、院長も簡単には追ってこない」
私は唇を噛んだ。
――逃げたい。
――でも、ソウマを巻き込みたくない。
リリアが静かに言った。
「ノエルさん……あなたは一人で逃げるべきではありません。街道には盗賊なども出ます……しかし、ソウマさんと一緒なら……きっと安全です」
私は深く息を吸った。
「……ソウマ。一緒に……行ってくれるの?」
ソウマは笑った。
「当たり前だろ。ノエルは俺の仲間だ。どこへだって一緒に行く」
胸の奥が熱くなる。
私はゆっくりと頷いた。
「……分かった。もっと離れた街へ……行こう」
ソウマは満足そうに頷いた。
「よし。明日の朝、出発しよう。荷台に全部積んで、すぐに出られるようにしよう」
リリアは胸に手を当て、ほっとしたように微笑んだ。
「どうか……気をつけて。ノエルさん、ソウマさん。あなたたちの旅路が安全でありますように。いつか安全になったらまた帰ってきてください」




