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『孤児院から逃げた私は、希少スキル《回復魔法》で世界を渡り歩く』  作者: 楓真パパ
第1章

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第18話


 それから数日、私たちはダンジョンでの採取依頼を中心にこなした。


 討伐よりも精神的な負担が少なく、ソウマも私も、落ち着いて作業できる依頼だった。


 ダンジョンの中は冷たく、黒い壁はまるで生き物の体内のように脈動している。

 それでも、つるはしの音が響くたび、

 少しずつ前へ進めている実感が胸に広がった。


「ノエル、今日で銀貨十枚は稼げるな」


「うん。荷台まであと……二十枚くらい?」


「そうだな。もう少しだ」


 ソウマの声は明るく、その声を聞くだけで胸の奥が温かくなる。


 ――荷台を買えば、もっと遠くまで行ける。

 ――もっと依頼をこなせる。


 そんな未来が、少しずつ形になっていくのを感じていた。


 ダンジョンでの採取依頼をこなす日々が続く中で、ギルドでの私たちの立場は少しずつ変わっていった。


 回復魔法を使える新人。

 希少スキル持ち。

 ダンジョン奥で中堅冒険者を救った見目麗しい少女。


 そんな噂が、ギルド内に広がっていった。


 その結果――

 私たちの周囲には、さまざまな冒険者が集まるようになった。


 ある日、依頼達成の報告を終えた直後、落ち着いた雰囲気の男性冒険者が声をかけてきた。


「君、ノエルちゃんだよね?回復魔法を使えるって聞いたよ。もしよかったら、うちのパーティに入らないか?」


 丁寧な口調で、礼儀正しく頭を下げてくる。


「報酬は山分けでいい。いや、君だけ多めでもいい。安全な依頼だけを選ぶから、負担も少ないはずだ」


 私は困ってソウマを見る。


 ソウマは苦笑しながら答えた。


「すみません。俺たちは二人でやってるんで」


 男性は残念そうに頷き、それ以上は何も言わずに去っていった。


 ――こういう丁寧な人なら、まだいい。


 問題は、その後だった。


 別の日。ギルドの入口で依頼書を見ていると、突然肩を掴まれた。


「おい、回復役が欲しいんだよ。お前だろ回復スキル持ちは?」


 振り返ると、粗暴そうな男が私を睨んでいた。


「おー見た目もいいねぇ。俺たちのパーティに入れよ。断るなよ?」


 胸の奥が冷たくなる。


 ――怖い。


 ソウマがすぐに間に入った。


「離れろ」


 低い声だった。


 男は舌打ちしながら手を離した。


「チッ……回復役なんて、どこも欲しがるんだよ。調子に乗るなよ」


 私は震える手で杖を握りしめた。


 ある日、依頼を受けようとすると、受付前で別のパーティが割り込んできた。


「この依頼、俺たちが先に見てたんだよ」

「新人は引っ込んでろ」

「回復役がいるからって調子に乗るな」


 リリアが困ったように眉をひそめる。


「順番は守ってください……」


 私は何も言えず、ただ依頼書を握りしめた。


 その時――


「おい」


 ザハトが後ろから現れた。


「ノエルさんに嫌がらせするなら、俺が相手になるぞ」


 パーティの男たちは青ざめ、慌てて依頼書を置いて逃げていった。


 ムワイが笑う。


「ザハトが来ると、みんな逃げるんだよね」


 ザハトは肩をすくめた。


「当たり前だろ。俺はこの街じゃそこそこ強いんだよ」


 私は胸の奥が温かくなるのを感じた。


「ノエルさん、困ったら言えよ、俺たちは恩人を守るのが当然なんだ。嫌がらせしたやつがいたら、俺がぶっ飛ばすからな」

「ザハト、それは言い方が悪いよ……でも、守るよ」


 その言葉に、胸の奥が少しずつ温かくなっていった。


 勧誘も嫌がらせも続いたが、ザハトとムワイは何度も助けてくれて、私たちは何とか依頼をこなし続けることができた。


 そして――


「ノエル、今日の報酬で……ついに金貨五枚だ」


 ソウマが銀貨の袋を掲げた。


「……本当に?」


「本当だ。荷台が買えるぞ!」


 ――荷台。

 ――ずっと欲しかったもの。

 ――これからの冒険に必要なもの。


 私は思わず笑ってしまった。


「ソウマ、買いに行こう!」


「よし、行くぞ!」


 道具屋の店主は、私たちが金貨五枚を差し出すと驚いたように目を丸くした。


「お前たち……新人だったよな?よくここまで貯めたな」


「頑張りました」


 ソウマが胸を張る。


 店主は荷台を店の奥から引き出した。


 木製で、車輪は鉄製。魔物一体なら十分運べる頑丈な作り。


 私は荷台の木の表面をそっと撫でた。


「……これで、もっと遠くまで行けるね」


「うん。これからも頑張ろう、ノエル」


 胸の奥が温かくなる。


 ――未来が広がっていく。

 ――少しずつ、強くなれる。

 そう思っていた。その時だった……


 荷台を買った次の日の夕方。

 ギルドの受付で報告を終えた私たちに、

 リリアが慌てた様子で駆け寄ってきた。


 普段は落ち着いた笑顔の彼女が、今は顔色を失っていて、胸の奥がざわりと揺れた。


「ノエルさん……!大変です……!」


 その声は震えていて、ギルドの喧騒の中でもはっきりと聞こえた。


「どうしたの……?」


 リリアは周囲を気にしながら、声を落として続けた。


「隣町の孤児院の院長が……ノエルさんを探しているそうです」


 心臓が止まったような感覚がした。


 ――院長。

 ――あの孤児院。

 ――人身売買の孤児院。


 逃げ出したあの日の記憶が、胸の奥で黒い影となってよみがえる。


 私は震える声で言った。


「……どこまで来てるの?」


 リリアは唇を噛み、紙を一枚取り出した。


「今ちょうど街に来いて。ギルドにも問い合わせがありました。“シルバーブロンドの少女を見なかったか”と……特徴も……ノエルさんと一致しています」


 足が震えた。


 ソウマが私の肩を掴む。


「ノエル……大丈夫か?」


 私は首を振った。


「……見つかったら……終わりだよ。連れ戻される……あそこに……」


 声が震え、喉が詰まる。


 リリアはさらに続けた。


「院長は……ギルドの職員にも聞き込みをしていて……“孤児院から逃げた子がいる”と、それらしい噂まで流しています」


 胸の奥が冷たくなる。


 ――私を探している。

 ――この街に来ている。


 ソウマは眉をひそめた。


「リリアさん、院長はどんな様子だった?」


 リリアは少し震えながら答えた。


「……とても落ち着いていて……でも、目が笑っていませんでした。“保護したいだけです”と言っていましたが……あれは……嘘をついている目です。」


 私は胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


 リリアはさらに続けた。


「それに……院長は、街の警備隊にも協力を求めているようです。“行方不明の孤児を探している”と……表向きは善意の人間を装っています」


 ソウマが息を呑んだ。


「警備隊まで……」


 リリアは申し訳なさそうに言った。


「ノエルさん……この街にいるのは危険です。あの院長は、必ずあなたを見つけようとします。ギルドも守りたいですが……個人の都合では動けないのです。しかも警備隊が動いてしまうと、私たちでは止められません」


 私は唇を噛んだ。


 ――逃げなきゃ。

 ――でも、どうすれば。


 その時、ソウマが私の肩に手を置いた。


「ノエル、街を移ろう」


 私は顔を上げた。


「え……?」


 ソウマは真剣な目で続けた。


「この街はもう危険だ。院長が探してるなら、またギルドにも来る。冒険者にも聞き込みするだろう。警備隊まで動いてるなら、隠れるのは無理だ」


 私は首を振った。


「でも……私は逃げればいいけど……ソウマは……関係ないよ。迷惑をかけられない」


 ソウマは即座に言った。


「迷惑なんかじゃない。俺はノエルと一緒に冒険者になったんだ。ノエルが危険なら、俺も一緒に逃げる」


 胸の奥が熱くなる。


「でも……」


「ノエルだけ逃げても、院長は追い続ける。どこかでまた見つかるかもしれない」


 ソウマは荷台を指差した。


「荷台もある。荷物を全部積んで、遠くへ行ける。もっと離れた街なら、院長も簡単には追ってこない」


 私は唇を噛んだ。


 ――逃げたい。

 ――でも、ソウマを巻き込みたくない。


 リリアが静かに言った。


「ノエルさん……あなたは一人で逃げるべきではありません。街道には盗賊なども出ます……しかし、ソウマさんと一緒なら……きっと安全です」


 私は深く息を吸った。


「……ソウマ。一緒に……行ってくれるの?」


 ソウマは笑った。


「当たり前だろ。ノエルは俺の仲間だ。どこへだって一緒に行く」


 胸の奥が熱くなる。


 私はゆっくりと頷いた。


「……分かった。もっと離れた街へ……行こう」


 ソウマは満足そうに頷いた。


「よし。明日の朝、出発しよう。荷台に全部積んで、すぐに出られるようにしよう」


 リリアは胸に手を当て、ほっとしたように微笑んだ。


「どうか……気をつけて。ノエルさん、ソウマさん。あなたたちの旅路が安全でありますように。いつか安全になったらまた帰ってきてください」

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