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『孤児院から逃げた私は、希少スキル《回復魔法》で世界を渡り歩く』  作者: 楓真パパ
第1章

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第17話


 夕方。

 ギルド前の石畳は、沈みゆく太陽の光を受けて赤く染まっていた。


 私は杖を握りしめながら、ソウマと並んでギルドの入口に立っていた。


「……来るかな」


「来るさ。ザハトさん、あの感じだと絶対来る」


 ソウマが軽く笑う。


 私は胸の奥が少しだけ緊張していた。


 ――夕食を奢られる。

 ――命を救ったお礼として。


 そんな経験は初めてで、どう振る舞えばいいのか分からなかった。


 その時――


「おーい、ノエルさん!ソウマ!」


 ギルドの通りの向こうから、大きな影が手を振りながら近づいてきた。


 ザハトだ。


 その後ろには、まだ包帯が残るムワイがゆっくりと歩いていた。


「待たせたな。ムワイの歩く速度に合わせてたら、ちょっと遅くなっちまった」


「ザハトさん、ムワイさん……」


 ムワイは私を見ると、深く頭を下げた。


「ノエルちゃん……改めて本当にありがとう。あの時、君がいなかったら……俺はもう……」


 声が震えていた。


 私は慌てて手を振った。


「そんな……!私はただ、できることをしただけで……」


 ザハトが笑いながら肩を叩く。


「まあまあ。礼は夕食の席でゆっくり言わせてくれ。今日は奢らせてもらうからな」


「……はい」


 私は小さく頷いた。


 ギルド近くの食堂は、木製の扉と暖かい灯りが印象的な、冒険者がよく利用する店だった。


 扉を開けると、肉を焼く香ばしい匂いと、スープの優しい香りが混ざり合って広がる。


「ここなら気取らなくていいだろ。お財布にやさしいしな!」


 ザハトが席を確保し、私たちは四人でテーブルを囲んだ。


 店員が水を運んでくると、ムワイがゆっくりと口を開いた。


「ノエルさん……改めて、本当にありがとう。俺……あの時、もうダメだと思ったんだ」


 私は胸の奥が少しだけ痛んだ。


「傷が深かったから……でも、回復魔法が間に合ってよかったです」


 私がそう言うと、ムワイはふっと肩の力を抜き、少しだけ笑った。


「ホントだよ。でもさ……最後の最後が、こんなむさ苦しい男の腕の中なんて、絶対に嫌だったしね」


 ザハトの眉が跳ね上がった。


「てめえ!せっかく俺が苦労して運んだのに、その言い方はねえだろう!」


「いやいや、ザハト。俺は死にかけてたんだぞ?せめて最後くらい、もうちょい綺麗な子の腕の中がよかったって話だよ」


「お前なぁ……!だったら死ぬ気で自力で歩けよ!俺がどれだけ重かったと思ってんだ!」


「重いのはお前の筋肉が足らないせいだろ?俺のせいじゃないよ」


「この筋肉は全部努力の結晶なんだよ!文句言うな!」


 二人は食堂のテーブル越しに軽く言い合いを始め、周囲の冒険者がちらりとこちらを見る。


 私は慌てて手を振った。


「まあまあ、二人とも……!ケンカしないで……!」


 ソウマが笑いながら肩をすくめた。


「ノエル、これはケンカじゃなくて、多分この二人の仲がいい親友の掛け合いだよ」


 ザハトとムワイは同時にこちらを向き、まるで示し合わせたように言った。


「仲良くねえ!」


「仲良くない!」


 その声がぴったり揃って、私は思わず吹き出してしまった。


 ザハトは照れくさそうに頭をかき、ムワイは肩をすくめて笑った。


「……まあ、こんな感じのパーティなんだよ。ノエルさん、驚かせて悪かったな」


「ううん……なんか、楽しそうで……よかった」


 ザハトは少しだけ照れたように笑い、ムワイは「だろ?」と胸を張った。


 その空気が、夕食の席を少しだけ明るくしてくれた。ザハトが腕を組み、真剣な表情で私を見た。


「お前たち2人にはムワイがあの状態になった理由を話しておこうと思う……」


 私は息を呑んだ。


 ザハトはゆっくりと語り始めた。


「俺たちは、鉱石ダンジョンの奥へ行ったんだ。蒼光鉱石をもっと集めるためにな」


「奥……」


「そうだ。」


 ザハトは酒を一口飲み、続けた。


「最初は順調だった。スライムやゴブリン程度なら、俺たちのパーティなら問題ない。だが……奥の広間で、見たことのない魔物に遭遇した」


 ムワイが震える声で言う。


「……巨大なクモだったんだ」


 私は息を呑んだ。


「クモ……?」


「ただのクモじゃない。体長は人間の胴ほど。脚は八本で、一本一本が槍みたいに太い。目は六つ……いや、八つあったかもしれない」


 ザハトの声は低く、その場の空気が少し重くなる。


「そいつは……糸を吐くんだ。しかも、粘着性が強くて、絡まったら動けなくなる」


 ムワイが拳を握りしめる。


「俺は……その糸に絡まって……動けなくなったところを、脚で突かれたんだ」


 胸元の傷を思い出したのか、ムワイの表情がわずかに歪む。


「ザハトが助けてくれたけど……あのままじゃ……俺は死んでた」


 私は胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


 ――そんな魔物が、ダンジョンの奥に。


 ザハトが続ける。


「新種の魔物だ。ギルドもまだ情報を持っていない。危険度は……間違いなく高い。お前たちもこれから先、あのダンジョンで稼ぐなら気を付けたほうがいい」


 私は拳を握りしめた。


 ザハトは私の方へ向き直り、真剣な目で言った。


「ノエルさん。君の回復魔法……あれは本物だ。俺たち中堅でも、あの速度で傷を塞ぐ回復魔法は見たことがない」


 ムワイも頷く。


「普通の回復魔法は、傷を塞ぐまでに時間がかかるんだ。でも君の魔法は……一瞬だった」


 私は少しだけ肩をすくめた。


「……希少スキルだから、そう言われることはあるけど……」


 ザハトは腕を組み、少しだけ表情を曇らせた。


「希少スキルだからこそ……これから“狙われる”可能性がある」


 私は息を呑んだ。


「狙われる……?」


「そうだ。回復魔法は、どのパーティも欲しがる。特に中堅以上のパーティは、回復役がいるかどうかで生存率が大きく変わる。しかも君は見た目が華やかだ」


 ムワイが続ける。


「だから……勧誘が増えると思う。強引なやつもいるかもしれない」


 ザハトは真剣な目で私を見た。


「そして……悪い連中に狙われる可能性もある。希少スキル持ちは、金になるからな」


 胸の奥が冷たくなる。


 ――そんなこと、考えたこともなかった。


 ソウマが私の肩に手を置いた。


「ノエルは俺が守る。でも……警戒は必要だな」


 ザハトは頷いた。


 ザハトはゆっくりと酒を飲み、真剣な表情で言った。


「ノエルさん。今日の夕食だけじゃ……君への礼は足りない」


 私は慌てて首を振った。


「そんな……!私はこれで十分です……」


 ザハトは首を横に振る。


「いや、足りない。命を救われたんだ。それに……君はこれから危険に巻き込まれる可能性がある」


 ムワイが続ける。


「だから……困ったことがあったら、俺たちに相談してほしい。遠慮はいらない」


 ザハトは真剣な目で言った。


「勧誘でも、嫌なやつに絡まれても、危険な依頼を押しつけられても……何でもいい。俺たち《風切りの斧》が力になる」


 私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 ――誰かが、私を守ろうとしてくれている。

 ――誰かが、私を気にかけてくれている。


 ソウマが笑った。


「ノエル、いいじゃないか。頼れる人が増えるのは悪いことじゃない」


 私はゆっくりと頷いた。


「……ありがとう。ザハトさん、ムワイさん。何かあったら……相談するね」


 ザハトは満足そうに笑った。


「よし。それでいい」


 食事が進むにつれ、緊張は少しずつほどけていった。


 ザハトは豪快に笑い、ムワイは穏やかに話し、ソウマは私の様子を気遣いながら隣に座っていた。


 私は胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。


 ――怖いこともある。

 ――危険もある。

 ――でも、支えてくれる人がいる。


 夕食が終わる頃、ザハトが立ち上がった。


「ノエルさん。今日は本当にありがとう。そして……これからもよろしく頼む」


 ムワイも深く頭を下げた。


「命の恩人だ。これからも絶対に助ける」


 私は胸の奥が温かくなるのを感じながら、深く頭を下げた。


「こちらこそ……ありがとう」


 ソウマが横で笑った。


「ノエル、帰ろうか」


「うん」


 夕暮れの街を歩きながら、私は静かに思った。


 ――少しずつ、強くなれる。

 ――少しずつ、前へ進める。

 ――仲間が増えた。


 その実感が、胸の奥に静かに広がった。

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