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『孤児院から逃げた私は、希少スキル《回復魔法》で世界を渡り歩く』  作者: 楓真パパ
第1章

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第15話

 蒼光鉱石を一つ採取し、スライムの核を布袋に収めたあと、私たちは再び通路の奥へ進んだ。


 ダンジョンの空気は、入口付近よりもさらに冷たく、肌に触れるたびにじわりと体温を奪っていく。


 壁は黒い光沢を帯び、ところどころに細い筋のような模様が走っている。

 その模様は、まるで血管のように脈動しているように見えた。


「……奥に行くほど、空気が重くなるね」


「うん。魔力が濃いんだと思う。発生直後のダンジョンでも、奥はそれなりに危険だって聞いた」


 ソウマはつるはしを肩に担ぎ、慎重に歩を進める。


 私は杖を握りしめ、通路の先に広がる暗闇を見つめた。


 蒼光鉱石を五つ集めるためには、この奥へ行くしかない。


 通路を抜けると、天井が高く開けた広間に出た。


 壁には黒い突起がいくつも生え、床には細い亀裂が走っている。


 中央には、大きな岩の塊が突き出ていた。


 その岩の表面には――


 淡い緑色の鉱石が埋まっていた。


「……これ、蒼光鉱石じゃないよね?」


「違うな。色が違う。でも、依頼書には“蒼光鉱石以外にも希少鉱石が混ざる可能性あり”って書いてあった」


 ソウマは岩に近づき、つるはしを構えた。


「採れるか試してみる」


「うん。周囲を見るね」


 私は広間の周囲を見渡しながら、杖を握りしめた。


 ソウマはつるはしを振り上げ、緑色の鉱石が埋まった岩へ打ち込む。


 カンッ!


 硬い音が広間に響いた。


 しかし――鉱石はびくともしない。


「……硬いな」


 ソウマが眉をひそめる。


 つるはしの先端がわずかに跳ね返り、手に伝わる衝撃で腕が少し震えている。


「蒼光鉱石より硬いの?」


「いや……岩そのものが硬い。鉱石を守ってるみたいだ」


 ソウマはもう一度つるはしを振り上げる。


 カンッ!カンッ!


 何度打ち込んでも、岩はわずかにひびが入るだけで、鉱石は露出しない。


 つるはしの柄を握るソウマの手がじわりと赤くなり、呼吸が少し荒くなる。


「ソウマ、無理しないで……」


「大丈夫。でも、これは……普通の岩じゃないな」


 ソウマは岩の表面を指でなぞる。


 黒い岩肌は、まるで金属のように冷たく、触れた指先がじんわりと痺れる。


「……魔力で硬化してるのかもしれない。ダンジョンの奥の鉱石は、守られてることがあるって資料に書いてあった」


「じゃあ……どうするの?」


 ソウマは少し考え、つるはしを持ち直した。


「岩の“筋”を狙う。硬い岩でも、魔力の流れが弱い部分があるはずだ」


 岩の表面には、黒い壁と同じように細い筋が走っている。

 それはまるで血管のように脈動していて、

 時折淡い光が流れていく。


 ソウマはその筋の一つを狙い、つるはしを振り下ろした。


 ガンッ!


 今までとは違う、鈍い音が響いた。


 岩の表面に大きな亀裂が走る。


「……いける!」


 ソウマは続けて筋を狙い、つるはしを打ち込む。


 ガンッ!ガンッ!


 亀裂が広がり、緑色の鉱石が少しずつ露出していく。


 私は息を呑んだ。


「ソウマ、すごい……!」


「筋を狙えばいける。魔力の流れが弱い部分だ」


 最後の一撃を振り下ろす。


 パキッ


 緑色の鉱石が岩から外れた。


 ソウマは息を整えながら鉱石を拾い上げる。


「……重いな。蒼光鉱石より密度が高い」


 私は鉱石を覗き込む。


 淡い緑色の光が内部から滲み出し、表面には細い筋が複雑に走っている。


「これ……何の素材になるんだろう」


「分からないけど、魔力の流れが強い鉱石は、防具の素材になることが多いらしい」


 ソウマは専用布袋に鉱石を入れながら続けた。


「蒼光鉱石より密度も高いし、依頼書にも記載されてない……もしかするとかなり希少な鉱石かもな」


「ソウマ、もしかしたら他にもあるかもしれない。探そう」


「うん。まだ奥に続いてるみたいだし、行こうか」


 広間の奥へ向かう足取りは、さっきより少しだけ軽くなっていた。

 その時――


 ざっざっざっ


 土を踏むような音が、広間の奥から響いた。


「……ソウマ、足音がする。他の冒険者かな?」


 ソウマはつるはしを止め、ナイフを抜いた。


 広間の奥の影が揺れ、ゆっくりと姿を現した。


 それは――冒険者ではなかった。


 背丈は私より少し低い。

 緑色の肌。

 ぎょろりとした黄色い目。

 手には石を削っただけの粗末な短剣。


 ゴブリン。


「……ゴブリンだな」


 ソウマが低く呟く。


 私は息を呑んだ。


 スライムや幼虫型の魔物とは違う。

 “人の形”をしている。


 腕もある。

 足もある。

 顔もある。


 その顔は歪んでいて、人間とは違うのに――

 どこか“感情”があるように見えた。


 胸の奥がざわつく。


 ――人型の魔物。

 ――倒さなきゃいけない。

 ――でも、怖い。


 杖を握る手が少し震えた。


「ノエル、下がれ。ゴブリンは弱いけど、動きが速い」


「……うん」


 ゴブリンは私たちを見つけると、口を大きく開き、甲高い声で叫んだ。


「ギャァッ!!」


 ゴブリンは甲高い声を上げ、短剣を振りかざして突進してきた。


「来る!」


 ソウマが前に出て受け止める。

 金属ではないが硬い音が響き、ゴブリンの腕がしなる。


 私は杖を構えたまま、足がすくんで動けなかった。


 ――人型。

 ――倒さなきゃいけない。

 ――でも、怖い。


 胸の奥がざわつき、呼吸が浅くなる。


 ゴブリンはソウマのナイフを避け、体勢を低くして再び突進する。


 その瞬間――


 ゴブリンの短剣が、ソウマの腕をかすめた。


「っ……!」


 赤い血が飛び散る。


「ソウマ!」


 私は叫んだが、足が動かない。


 ゴブリンは傷を負わせた勢いのまま、ソウマの胸元へ短剣を突き出す。


「ノエル、下がれ!」


 ソウマは痛む腕を押さえながら、ゴブリンの攻撃を受け流し、体をひねって横へ回り込む。


 だが、ゴブリンは執拗に追いかけてくる。

 人型の魔物特有の“意思”を持った攻撃。

 その動きはスライムとは比べものにならない。


「ソウマ、危ない!」


 私は叫ぶだけで、杖を握る手が震えて動けない。


 ――怖い。

 ――人型は怖い。

 ――でも、助けなきゃ。


 ソウマはゴブリンの腕を払い、一瞬だけ隙を作った。


「ノエル!今だ、叩け!」


「……っ!」


 私は震える足を前に出し、杖を振り上げ――


 ゴッ!


 ゴブリンの背中へ叩きつけた。


 ゴブリンは甲高い声を上げ、前のめりに倒れ込む。


 だが、まだ短剣を握っている。


「ギャッ……!」


 倒れながらも腕を振り上げる。


 ソウマが素早く踏み込み、ゴブリンの腕を蹴り飛ばした。


 短剣が床に転がる。


「ノエル、一緒にもう一撃!」


 私は震える手で杖を握りしめ、ゴブリンの背中へ再び叩きつけた。


 ゴッ!


 ソウマもナイフをゴブリンの喉元に突き刺した。


 ゴブリンの体が大きく震え、そのまま動かなくなった。


 広間に静寂が戻る。


「……倒した」


 ソウマが息を整えながら言った。


 私は杖を握りしめたまま、しばらく動けなかった。


 胸の奥がざわざわして、息がうまくできない。


「ノエル、大丈夫か?」


 ソウマが近づいてくる。


 その腕からは血が流れていた。


「ソウマ……腕、傷ついてる……!」


「ちょっとかすっただけだよ。大したことない」


 ソウマは笑おうとしたが、痛みで顔が少し歪んだ。


 私は震える手を伸ばし、ソウマの腕にそっと触れた。


「……治すね」


「頼む」


 私は深く息を吸い、手のひらを傷口へかざした。


 胸の奥がじんわりと熱くなる。

 その熱が腕へ流れ、光となって溢れ出す。


 《回復魔法》


 淡い光がソウマの腕を包み、傷口がゆっくりと閉じていく。


 血が止まり、赤い線が薄れていく。


 ソウマは驚いたように目を見開いた。


「……すげぇ。ノエル、本当に助かったよ」


 私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……ソウマがかばってくれたから。ありがとう。私……動けなかったのに……」


 声が震える。


「怖くて……足がすくんで……ソウマが傷つくのを見てるだけで……何もできなかった……」


 ソウマは優しく笑った。


「ノエル、誰だって最初はそうだよ。人型の魔物は怖い。俺だって最初は動けなかった」


「でも……」


「でも、ノエルは動いた。最後はちゃんと叩いた。俺を助けてくれた」


 ソウマは軽く肩を叩いた。


「少しずつ慣れていけばいいんだよ。焦らなくていい。俺たちは二人でやってるんだから」


 その声は柔らかく、押しつけがましくなくて、ただ私を支えてくれる響きだった。


 私は深く息を吐き、杖を握り直した。


「……うん。少しずつ、慣れていく」


「そうそう。その調子だよ、ノエル」


 ソウマはつるはしを構え、広間の岩へ向き直った。


「続き、採るぞ。」


「うん。周囲を見るね」


 私は広間の奥へ視線を向けた。


 ――人型の魔物は怖い。

 ――でも、前へ進めている。

 ――ソウマがいてくれる。


 その実感が、胸の奥に静かに広がった。

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