第13話
ギルドで報告を終え、銀貨六枚を受け取ったあと、
私たちはそのまま道具屋へ向かった。
スモールキャタピラーを担いで歩いた疲労がまだ腕に残っている。
荷台があれば、あの重さを引くだけで済む――
そう思うと、早めに買っておきたい気持ちが強くなっていた。
道具屋はギルドのすぐ近くにあり、
木製の看板には「冒険者用品」と大きく書かれている。
扉を開けると、木の匂いと油の匂いが混ざった空気が広がった。
棚にはロープ、松明、簡易テント、鍋、皮袋などが並んでいる。
店主の男性が、私たちに気づいて声をかけた。
「いらっしゃい。今日は何を探してる?」
ソウマが荷台の話を切り出した。
「荷台を見たいんです。魔物の運搬用のやつ」
「荷台か。討伐依頼が増えてきた新人は、よく買いに来るよ」
店主は店の奥へ案内し、木製の荷台を指差した。
「これが一番一般的なタイプだ。木製で軽く、車輪は鉄製。グレートバッファローぐらいの大きさでも十分運べる」
荷台は思ったよりしっかりしていて、木の板は厚く、車輪も頑丈そうだった。
ソウマが値札を見た瞬間、固まった。
「……金貨五枚?」
店主は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「木材の値段が上がっててな。荷台はどうしても高くなるんだよ」
私は思わず息を呑んだ。
――金貨五枚。
今の私たちのパーティ貯金は、銀貨4枚。
金貨5枚なんて、到底届かない。
ソウマが苦笑しながら荷台を軽く叩いた。
「……これは、すぐには買えないな」
「そうだな。討伐を続けて稼ぐか、採取でコツコツ貯めるかだ」
店主は淡々と言ったが、その言葉は現実を突きつけるように重かった。
私は荷台を見つめながら、スモールキャタピラーを担いだ時の腕の痛みを思い出した。
――荷台があれば、もっと楽に運べる。
――でも、金貨五枚は遠い。
ソウマが私の方を向いた。
「ノエル、どうする?荷台は必要だと思うけど……すぐには買えない」
「……うん。でも、いつかは絶対必要になると思う」
「だよな。じゃあ、どうにかして稼ぐ方法を考えないとな」
店主に礼を言い、私たちは道具屋を後にした。
次の日、ギルドへ行くと、掲示板の前には冒険者が数人集まっていた。
新しい依頼が貼られたばかりなのか、皆が真剣な表情で紙を見ている。
ソウマが銀貨4枚の入った袋を軽く叩いた。
「ノエル、荷台を買うには……金貨5枚。銀貨にすると50だ」
「……遠いね」
「うん。だから、少しでも稼げる依頼を探したい」
私は掲示板を見上げながら、どの依頼が現実的かを考えた。
採取依頼は報酬が低い。
お手伝い系も銀貨一枚か二枚が多い。
討伐依頼は報酬が高いけれど、精神的な負担が大きい。
――あと一回だけ討伐をして、そのあとは採取やお手伝いを挟む。
昨日決めた方針が頭に浮かぶ。
ソウマもそれを理解しているから、無理に討伐を続けようとは言わない。
「ノエル、これ……」
ソウマが一枚の依頼書を指差した。
私はその紙を見て、目を見開いた。
『新規ダンジョン内の鉱石採取依頼』
報酬:鉱石一つにつき銀貨3枚から10枚
場所:街の東側に新しく発生したダンジョン
危険度:低(出来たばかりなので魔物は弱い個体が多い)
備考:ダンジョンは発生直後のため、構造が安定していない可能性あり
「……ダンジョン?」
ソウマが頷いた。
「街の東側に、昨日の夜に新しくできたらしい。発生直後のダンジョンは、弱い魔物しかいないことが多いって聞いたことがある」
私は依頼書を読みながら、胸の奥がざわついた。
――ダンジョン。
――未知の場所。
――でも、魔物は弱い。
「鉱石一つで銀貨3枚から10枚……スモールキャタピラーの討伐報酬より高いね」
「うん。しかも採取系だから、負担も少ないと思う」
ソウマの声は柔らかく、私の気持ちを考えてくれているのが伝わる。
私は依頼書を握りしめた。
「……これ、受けたい」
「俺もそう思ってた。ダンジョンは危険だけど、発生直後なら初心者でも行ける。鉱石を五つ集めれば少なくても銀貨十五枚。荷台に近づける」
「うん……行こう」
ソウマは依頼書を剥がし、受付へ向かった。
受付嬢リリアは依頼書を見ると、少し驚いたように目を丸くした。
「ダンジョン採取依頼を受けられるんですね。発生したばかりのダンジョンなので、魔物は弱い個体が多いですが……油断はしないでくださいね」
「はい。気をつけます」
ソウマが丁寧に答える。
リリアは依頼書に印を押しながら続けた。
「ダンジョンは“発生直後”が一番安全です。魔物の数も少なく、構造も単純です。ただし、時間が経つと魔物が増えたり、内部の構造が変化することがあります」
「変化……?」
「はい。ダンジョンは“生きている”と言われることもあります。内部の通路が増えたり、魔物が強くなったり……そうなる前に採取を終えるのが安全です」
私は胸の奥が少しだけ緊張した。
――ダンジョンは生きている。
――内部が変化する。
未知の場所への恐怖が少しだけ広がる。
でも、ソウマが穏やかに言った。
「発生直後なら、まだ大丈夫だよな」
ソウマが依頼書を見ながら言うと、
受付嬢リリアは頷き、落ち着いた声で答えた。
「はい。今日のうちに行けば、危険度は低いと思います」
そのまま依頼書に印を押そうとしたリリアが、ふと手を止めた。
「……お二人、採取道具はお持ちですか?」
私は一瞬固まった。
「採取道具……?」
ソウマも同じように首を傾げる。
リリアは少し困ったように微笑んだ。
「ダンジョン内の鉱石採取には、小型のつるはしと、鉱石を入れる専用の布袋が必要です。素手ではまず採れませんし、普通の袋では重さに耐えられません」
「……持ってません」
私が正直に答えると、リリアはすぐに案内するようにカウンター下の棚を開いた。
「でしたら、ギルドの貸し出し用があります。つるはし二本と専用布袋二つで、銀貨1枚です。返却時に破損がなければ追加料金はありません」
ソウマが驚いたように目を丸くした。
「銀貨1枚で借りられるんですか?」
「はい。新人さんがダンジョン採取をする時は、ほとんどの方がここで借りていきます。購入すると高額ですから」
リリアはつるはし二本と布袋二つをカウンターに並べた。
どれも簡素だが、しっかりした作りで、鉱石採取に必要な最低限の道具が揃っている。
「借ります。お願いします」
ソウマが銀貨一枚を差し出すと、リリアは丁寧に受け取り、貸出証に印を押した。
「はい、こちらが貸出証です。ダンジョンから戻られたら、カウンターへ返却してくださいね」
私はつるはしを手に取り、その重さを確かめた。
――これがあれば、鉱石を採れる。
――荷台を買うための資金に近づける。
リリアは柔らかく微笑んだ。
「気をつけて行ってきてくださいね。発生直後のダンジョンとはいえ、油断は禁物です」
「行ってきます」
ソウマが答え、私たちはギルドを後にした。
ギルドを出て、街の東側へ向かう。
道は徐々に人が少なくなり、
草原と森が広がる景色へと変わっていく。
「ノエル、緊張してるか?」
「……少しだけ。でも、採取系なら大丈夫だと思う」
「うん。俺も気をつけるから、無理はしないでくれ」
ソウマの声は柔らかく、昨日よりも落ち着いて聞こえた。
やがて、森の奥にぽっかりと開いた穴が見えてきた。
周囲の木々は、まるで何かに押し広げられたように不自然に曲がり、
幹の表面には細かい裂け目が走っている。
地面には黒い亀裂が蜘蛛の巣のように広がり、
その中心に、ぽっかりと“空間がえぐれたような穴”が口を開けていた。
「……これがダンジョン?」
穴は自然にできた洞窟とは明らかに違う。
岩肌は滑らかで、まるで何かが内側から押し破ったような形状をしている。
周囲の土は盛り上がり、木の根がむき出しになっていた。
「らしいな。発生直後だから、入口もまだ小さい」
ソウマが言う通り、入口は人が二人並んで入れる程度の大きさだ。
しかし、その小ささが逆に不気味だった。
穴の奥は薄暗く、昼間だというのに光がほとんど届かない。
内部からは冷たい空気がゆっくりと流れ出してきて、肌に触れるとまるで地下水のような湿り気を感じた。
耳を澄ますと、奥の方で水滴が落ちるような音が微かに響いている。
それ以外は何も聞こえない。
風も、虫の声も、鳥の声も――
この場所だけ、世界から切り離されたように静まり返っていた。
足元の黒い亀裂からは、時折、白い霧のようなものがふわりと立ち上り、すぐに消えていく。
「……空気が違うね」
「うん。ダンジョン特有の“魔力の流れ”ってやつだと思う」
ソウマは慎重に入口へ近づき、内部を覗き込んだ。
穴の内側は、岩ではなく、黒く光沢のある“未知の素材”で覆われていた。
触れたら冷たそうで、硬いのか柔らかいのかも分からない。
まるで生き物の体内に入るような、そんな嫌な感覚が背筋を走る。
私は杖を握りしめ、深く息を吸った。
――未知の場所。
――でも、行かなければ前に進めない。
ソウマが私の横に立ち、入口を見つめながら言った。
「行こう、ノエル。鉱石を集めて、荷台を買うために」
「……うん」
私は杖を握りしめ、深く息を吸った。
一歩踏み出し、ダンジョンの暗闇へ足を踏み入れた。




