第11章
草原から街へ戻る頃には、太陽は少し傾き始めていた。
ホーンラビット三体の討伐を終えたものの、胸の奥の緊張はまだ完全には消えていない。
ギルドの扉を押し開けると、いつもの喧騒が耳に入る。
依頼を受ける冒険者、報告をする人、酒場で騒ぐ人――
その中を、私とソウマはまっすぐ受付へ向かった。
受付嬢が私たちに気づき、少し驚いたように目を丸くした。
「お二人……戻られたんですね。怪我はありませんか?」
「はい。なんとか無事に終わりました」
ソウマが柔らかい声で答える。
その口調は落ち着いていて、強さよりも安心感があった。
受付嬢は依頼書を受け取り、素材袋の中身を確認する。
「……三体分、確かに討伐確認できました。初めての討伐依頼で、よくやりましたね」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
受付嬢は少しだけ表情を緩めた。
「ホーンラビットは突進が速いですし、軌道を変える個体もいます。危険な場面はありませんでしたか?」
ソウマが少しだけ息を吐いた。
「一度、ノエルの方へ急に向かってきました。でも……受付嬢さんの忠告を覚えていたので、距離を取って対処できました」
「そうでしたか……本当に、無事でよかったです」
受付嬢は胸を撫で下ろし、安堵の息をついた。
その表情は、ただの業務的なものではなく、心から心配していた人の顔だった。
「こちら、討伐報酬になります。ホーンラビット三体分で――銀貨六枚です。初討伐、お疲れさまでした」
差し出された報酬袋は、見た目以上に重かった。
銀貨六枚の重みが、手のひらにずしりと伝わる。
ソウマが丁寧に受け取り、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります」
受付嬢はふと「あっ」という顔をして、少し頬を赤らめた。
「……そういえば、お二人に自己紹介をしていませんでしたね。ギルド受付を担当しています――リリア・フェンデル と申します」
リリアは胸の前で手を揃え、丁寧に頭を下げた。
「これからも依頼の相談や報告など、何でも気軽に声をかけてください。新人さんのサポートも私の仕事ですから」
ソウマが柔らかい声で返す。
「はい。よろしくお願いします、リリアさん」
私も深く頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
リリアは安心したように微笑んだ。
「お二人は真面目に依頼をこなしているので、きっとすぐに慣れますよ。ただ、今日のように通常とは異なる動きをする魔物もいますから……本当に気をつけてくださいね」
その言葉は、優しさと責任感が混ざった声だった。
「はい。気をつけます」
私たちは反省会を行うためギルド併設の食堂へと移動した。
食堂は、夕方の混雑が始まる前で静かだった。
私たちは窓際の席に座り、簡単な定食を注文した。
パン、野菜のスープ、焼いた肉。
冒険者向けの栄養重視の食事だ。
料理が運ばれてきて、ソウマがスープを一口飲んだ。
「……ふぅ。やっぱり討伐は採取とは違うな」
その声は強くなく、ただ事実を静かに受け止めるような響きだった。
「うん。速かった……ホーンラビット」
「特に三体目な。あれは危なかった」
ソウマはパンをちぎりながら続けた。
「ノエルが下がってくれて助かったよ。あの軌道変化は、初見じゃ避けられない」
「リリアさんの話を聞いてなかったら……きっと当たってた」
「だな。情報って大事だよな」
ソウマは柔らかく笑った。
その笑顔は、戦闘の緊張を少しだけ和らげてくれる。
「ノエルの杖の一撃も、ちゃんと効いてたぞ。背中を叩いた時、動きが止まった」
「……そうかな」
「うん。俺が仕留める隙ができた。あれがなかったら、もう一回突進されてたかもしれない」
ソウマの声は優しくて、押しつけがましくなくて、ただ事実を伝えるだけの穏やかな調子だった。
私はスープを飲みながら、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
「……でも、もっと落ち着いて動けるようになりたい」
「それでいいと思う。今日みたいに、危険を感じたら距離を取る。慣れてきたら、少しずつ前に出ればいい」
ソウマは肉を噛みながら、静かに言った。
「俺もまだまだだよ。突進を流すのはできるけど、軌道変化には対応しきれなかったし」
「でも……ソウマは落ち着いてた」
「落ち着いてるように見えただけだよ。正直、三体目は焦った」
その言葉に、私は少しだけ驚いた。
ソウマはいつも前向きで、怖さを見せない。
でも、ちゃんと怖さを感じている。
それでも前に出てくれる。
その事実が、胸の奥に静かに響いた。
ソウマは肉を噛みながら、静かに言った。
「……次はもっと上手くやろう」
「うん。二人でな。焦らず、少しずつ強くなっていこう」
その言葉は強くなく、ただ事実を受け止めるような柔らかい響きだった。
私はスープの器を見つめながら、胸の奥に残った緊張をゆっくりとほどいていく。
――ソウマはいつも前向きで、怖さを見せない。
――でも、ちゃんと怖さを感じている。
――それでも前に出てくれる。
その事実が、胸の奥に静かに響いた。
スープを飲み終えた頃、ふと疑問が浮かんだ。
「……ソウマ」
「ん?」
「魔物の生態って……もっと詳しく知りたい。今日みたいに、軌道を変える個体がいるって分かってたら、もっと落ち着いて動けたと思う」
ソウマはパンをちぎりながら頷いた。
「確かにな。知識があれば、危険を避けやすくなるしな。俺も、もっと魔物の特徴を知っておきたいと思ったよ」
どうすればいいのだろう――そう考えていると、隣の席で食事をしていた中堅冒険者らしき男性が、こちらへ視線を向けた。
「魔物の生態を知りたいなら、ギルドの二階に行くといい」
突然の声に、私とソウマは同時に顔を上げた。
男性は皿を片付けながら、穏やかな声で続けた。
「二階には“資料室”がある。魔物の生態、危険度、行動パターン、弱点……ギルドが長年集めてきた情報がまとめられてる。新人でも自由に閲覧できるぞ」
ソウマが丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。そんな場所があるんですね」
「知らない新人が多いからな。討伐を続けるなら、知識は武器になる。明日の依頼の前に、少し読んでおくといい」
男性は軽く手を振り、食堂を出ていった。
私はその背中を見送りながら、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
「……ソウマ、明日行ってみよう」
「うん。俺もそう思ってた。知識があれば、今日みたいな危険を減らせるしな」
ソウマは柔らかく笑い、銀貨六枚の入った袋を軽く叩いた。
「討伐も採取も、全部少しずつ慣れていけばいい。二階の資料室、きっと役に立つぞ」
私は深く頷いた。
――明日は、もっと落ち着いて動けるようになりたい。
――そのために、知識を増やす。
静かにそう思った。
私は深く頷いた。
食堂の空気は落ち着いていて、窓から差し込む夕陽がテーブルの上の皿を静かに照らしていた。
スープを飲み終えた頃、ソウマが少し姿勢を正した。
「ノエル、明日からのことなんだけどさ」
「うん。どうするの?」
ソウマはパンをちぎりながら、穏やかな声で言った。
「俺は……討伐系の依頼を続けたいと思ってる。今日やってみて、もっと慣れたいって思ったんだ」
その言葉は強くなく、ただ自分の気持ちを静かに伝える声だった。
「討伐は、動きに慣れればもっと安全にできるようになるし……俺が前に出るから、ノエルは後ろで状況を見るだけでもいい。だから、しばらく討伐系を続けたい」
私はスープの器を両手で包みながら、少しだけ視線を落とした。
「……ソウマの言ってることは分かるよ。慣れた方がいいっていうのも、ちゃんと分かってる」
ソウマは黙って私の言葉を待ってくれている。
「でも……討伐ばかりだと、精神的に疲れちゃう。今日みたいに、急に向かってこられると……怖いって思うし」
胸の奥が少しだけ締めつけられる。
「だから……討伐系は、あと一回くらいにしたい。そのあとは、採取やお手伝い系を二回くらい挟みたい」
ソウマはすぐに反論しなかった。
ただ、少し考えるように視線を落とし、パンを指でつまんだ。
「……そっか。ノエルがそう感じてるなら、無理に討伐を続ける必要はないよな」
その声は柔らかくて、押しつけがましくなくて、ただ私の気持ちを受け止めてくれる響きだった。
「俺は慣れたいって思ったけど……ノエルが疲れるなら意味がないし。討伐は二人でやるもんだしな」
私は少し驚いてソウマを見た。
「……いいの?」
「もちろん。ノエルが嫌だって言うなら、俺はそれを優先するよ」
ソウマは穏やかに笑った。
「じゃあ、こうしよう。明日はもう一回だけ討伐系をやる。そのあと二日は採取かお手伝い系で体を休める。それでどうかな?」
その提案は、私の気持ちをちゃんと考えてくれたものだった。
「……うん。それなら大丈夫。ありがとう、ソウマ」
「気にすんな。ノエルが安心して動ける方が、俺もやりやすいし」
ソウマは肉を一口食べ、軽く息を吐いた。
「討伐は、慣れればもっと安全にできる。でも、焦ってやるもんじゃないからな。ゆっくりでいいよ」
その言葉に、胸の奥の緊張が少しだけほどけた。
――明日も、ちゃんと前に進める。
そう思えた。




