第7話 最初の拠点
二人が岩のそばまで来ると、その一部が庇のように大きく張り出していることが分かった。
岩の下には、二人が横になれるほどの空間がある。
地面は砂ではなく、乾いた土と細かな石に覆われていた。
「思ったより広いな」
直人は岩の下へ入り、周囲を見回した。
中へ進んでも、嫌な湿気や腐ったような匂いはない。
頭上の岩にも、今すぐ崩れそうな亀裂は見当たらなかった。
相希は入口の近くへしゃがみ込み、地面に手を触れた。
「ここは乾いてる」
「雨も避けられそうだな」
「ああ。ただ、決める前にもう一度周りを確認しよう」
「用心深いな」
直人が笑うと、相希は立ち上がりながら答えた。
「寝てる間に岩が崩れたり、動物が出てきたりしたら笑えないだろ」
「それは確かに笑えないな」
相希は岩の外側へ回った。
直人もその後を追う。
二人は張り出した岩の上や側面を見ながら、崩れた石や新しい落石の跡がないかを調べた。
足元には枯れ葉が積もっていたが、大きな動物の足跡や糞のようなものは見当たらない。
「何を見てるんだ?」
直人が尋ねた。
「落石の危険と、動物が使ってないか」
「動物?」
「俺たちが雨宿りに使えると思うなら、動物だって同じことを考える」
「なるほど」
直人は改めて岩陰の奥をのぞき込んだ。
先ほどまでは寝られそうな場所にしか見えなかったが、そう言われると、暗がりの一つ一つが気になり始める。
相希は近くに落ちていた細い枝を拾い、岩陰の奥や隙間を軽く突いた。
何かが飛び出してくる様子はない。
「たぶん、大丈夫そうだ」
「たぶん?」
「絶対なんて言えないだろ」
「お前が言うと、不安になるな」
「分からないことを、大丈夫だと言う方が危ない」
相希は岩陰を出ると、砂浜の方向へ目を向けた。
ここは海岸より少し高い位置にあり、波打ち際まで見渡すことができる。
砂浜の近くに置いてきた衣類も、遠目ではあるが確認できた。
「潮も、ここまでは来なさそうだな」
直人が言った。
「ああ。砂浜に積もってた流木の位置より、かなり高い」
「じゃあ、ここで決まりか?」
相希はもう一度、岩と周囲の木々を見渡した。
「今のところは、ここが一番いい」
「よし。じゃあ荷物を持ってこよう」
直人がすぐに歩き出そうとすると、相希が呼び止めた。
「待て。目印を残しておく」
「目印?」
「少し離れただけでも、木々の中では場所が分からなくなることがある」
相希は足元から目立つ形の石をいくつか拾い、岩場から草地へ続く方向へ並べていった。
直人も近くの石を拾い、その列へ加える。
「これで分かる?」
「何もないよりはな。後でロープや布も使って、もっと分かりやすくする」
二人は来た道を戻り、草地に広げていた衣類と道具を回収した。
まだ完全には乾いていなかったが、最初よりは水気が抜けている。
相希は道具をリュックへ戻し、濡れた衣類を腕に掛けた。
直人も救急バッグを肩に掛け、残った衣類を抱える。
「こういう時でも、着替えが一枚も残ってないのはきついな」
直人が濡れた服を見ながら言った。
「だから荷物が少なすぎるって言っただろ」
「まさか海に落ちるとは思わないじゃん」
「海に落ちなくても、一週間分として少なかったよ」
「今それ言う?」
相希は小さく笑ったあと、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、直人のボストンバッグも念のため持って出たんだけどな」
「そうだったの?」
「ああ。甲板に出るまでは持ってた」
「じゃあ、海に落ちた時になくなったのか」
直人は少し考えたあと、すぐに肩をすくめた。
「あの状況じゃ、なくなるのも仕方ないだろ。だから、服貸してくれな」
「お前ってやつは、本当に前向きだな」
「過ぎたことを気にしても仕方ないだろ」
直人は濡れた服を持ち直した。
「とりあえず、二人とも生きてる。それだけで結果オーライだよ」
相希は一瞬だけ直人を見たあと、小さく笑った。
「まあ、それはそうだな」
二人は荷物を岩陰まで運び、濡れた衣類を日の当たる場所へ広げた。
相希は折り畳まれていたシートを取り出し、地面の石や枝をどかしてから敷いていく。
「これだけでも、だいぶ違うな」
直人はシートの端へ腰を下ろした。
地面へ直接座るより、冷たさも硬さも少し和らいでいる。
「今日はここを拠点にする。暗くなる前に、周辺の様子と水源を確認したい」
相希はリュックの中身をもう一度確認し、必要な物だけを取り出した。
金属製のボトル。
方位磁針。
マルチツール。
ロープ。
そして、ヘッドライトを一つ。
「探索するなら、分かれて探した方が早くない?」
直人が言うと、相希は少し眉を寄せた。
「万が一のことを考えると、別行動は怖くないか?」
「そこまで遠くへ行かなければ大丈夫だろ。拠点が見える範囲だけにしてさ」
相希は海岸と背後の木々を見比べた。
「……それもそうだな。今は、まず水の確保を優先したい」
相希は金属製のボトルを直人へ差し出した。
「直人は海岸沿いを見てくれ。容器や使えそうな漂着物があれば拾ってきてほしい」
「水を探すんじゃないの?」
「海岸に真水がある可能性は低い。でも、容器があれば水を運べるし、確保する方法も増える」
相希は木々の方へ目を向けた。
「俺はこっちを探す。地面の湿り気や植物の様子を見ながら、水がありそうな場所を探してみる」
「どれくらいで戻る?」
「体感で二十分くらいを目安にしよう。それ以上かかりそうなら、何も見つからなくても一度戻る」
「時計も使えないのに、二十分って分かる?」
「大体でいい。重要なのは、夢中になって遠くまで行かないことだ」
相希は海岸の先へ目を向けた。
「まあ最悪、俺が先に戻ってきても、ここからならお前が探す辺りは見える。遠くまで行かなければ、叫んで呼び戻せるから」
「じゃあ、好きに探索していいってことだな」
「遠くへ行くなって言ってるんだよ」
直人はわざとらしく大きくうなずいた。
「分かった!」
「本当に分かってる?」
「たぶん」
相希は呆れたように息を吐いたが、口元は少し緩んでいた。
直人は金属製のボトルを受け取り、海岸の方向へ目を向けた。
相希は方位磁針とマルチツールを持ち、木々の手前へ視線を移す。
「何かあったら、大声で呼べよ」
「お前もな。無理に先へ進むなよ」
「それ、俺が言ったんだけど」
「信用の差だよ」
直人が笑うと、相希もわずかに口元を緩めた。
二人は岩陰を振り返り、それぞれ別の方向へ歩き始めた。




