↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじまりの岸  作者: インフィ
集団生活編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/61

第59話 離れる理由



翌朝、直人は黒田、高瀬、戸田の三人へ声を掛けた。



「夜、少し話したい」



黒田が直人を見る。



「何の話だ?」


「その時に話す。相希も一緒にいる」


「ほかの奴らは?」


「まずは三人に話したいんだ」



黒田は何かを聞きかけたが、直人の表情を見て口を閉じた。



「分かった」



高瀬と戸田にも同じことを伝えた。

二人とも理由を尋ねたが、直人は夜に話すとだけ答えた。


その日の共同体は、昨日までと変わらず動いていた。

薪が運ばれ、干していた肉の位置が入れ替えられる。罠を見に行く者たちが道具を確認し、水を汲みに行く者たちが容器を集めていた。


誰かが声を掛ければ、別の誰かが応じる。

直人や相希が先に動かなくても、それぞれが必要な仕事を見つけ、自然と動き始めていた。


日が落ち、食事を終えたあと。

直人と相希は、黒田、高瀬、戸田を連れて、火から少し離れた場所へ移動した。


声を潜めれば、ほかの者には聞こえない。それでも火の明かりと、そこで過ごす人々の姿は見える距離だった。

五人が立ち止まる。



「それで、話って何だよ」



高瀬が最初に尋ねた。

直人は一度、相希を見る。


相希は何も言わなかった。

昨夜、二人で話した時と同じように、直人が話し始めるのを待っていた。



「俺と相希は、ここを出ることにした」



高瀬の眉が寄る。

黒田と戸田は、すぐには言葉を返さなかった。



「出るって、どこへだよ」


「森で見つけた人工物。その先を見に行く」


「見に行って、戻ってくるんだろ?」



直人は答えなかった。

その沈黙に、高瀬の表情が変わる。


黒田が静かに尋ねた。



「調べに行くだけじゃないのか」


「ああ」



直人は三人を順番に見た。



「あれを作った人がいるかもしれない。ほかにも、何か残ってるかもしれない。道とか、建物とか……俺たちの知らない場所に繋がってる可能性もある」


「それは分かる。でも、それならここを離れる必要はないだろ」



黒田の言葉に、直人は少しだけ間を置いた。



「戻れるかもしれないから」


「戻る?」


「俺たちが元いた場所に」



火のそばから、誰かの笑い声が聞こえた。

それが消えるまで、誰も口を開かなかった。



「そんな方法があるのか?」



戸田が相希を見る。



「分からない」



相希は答えた。



「あの人工物が、俺たちのいた場所へ戻る方法に繋がっている証拠はない。いつ、誰が、何のために作ったものかも分かっていない」


「だったら――」


「分かってる」



直人が言葉を重ねた。



「ただの古い建物かもしれない。作った人も、もうどこにもいないかもしれない。それでも、戻れる可能性が少しでもあるなら、俺は確かめたい」



直人は、迷わずに続けた。



「戻れるなら、俺は戻りたい」



黒田がわずかに目を伏せる。

高瀬は直人を見たまま、何も言わなかった。

ここで共に過ごした時間が、直人にとって意味のないものだったわけではない。


それでも、ここは直人が望んで来た場所ではなかった。

三人にも、それは分かっていた。



「でも、それだけが理由じゃない」



直人は、火のそばへ目を向けた。



「俺たちが捜索に出てる間に、あの獣を捕まえただろ」


「ああ」



高瀬が答える。



「罠に掛けたのも、仕留めたのも、ここまで運んだのも俺たちだ」


「解体も保存も、分配もできてた。水も薪も足りてたし、次の日に何をするかも決まってた」


「だから何だよ」


「俺と相希がいなくても、ここは回る」



高瀬が口を開きかける。

直人は、その前に続けた。



「何も問題がないって言いたいんじゃない。この先も大丈夫だって、言い切れるわけでもない。でも、俺たちがいないと何もできない場所じゃなくなった。それは分かった」


「だったら、なおさら一緒に続ければいいだろ」


「生活はな」



直人は答えた。



「でも、何か分からないことが起きると、みんな俺たちを見る」



男がいなくなった時も。

人工物を持ち帰った時も。


誰も、自分からどうするかを言い出さなかった。

直人と相希が何を言うのか。それを聞いてから、自分の立つ場所を決めようとしていた。



「幼い獣を逃がした時は、意見が二つに分かれた。でも、男と女のことがあってからは、もう誰が誰を疑ってるのかも分からない」



誰かが近づけば、話が止まる。

肉を分ける者の手元を、黙って見ている者がいる。

同じ火を囲んでいても、以前のように一つの輪には戻っていない。



「俺たちが何かを決めるたびに、その答えが正しいかどうかじゃなくて、俺たちが誰の側に立ったのかって話になる」


「だから、いなくなるのか?」



黒田の声は低かった。



「今の状態で、お前たちまでいなくなったら、もっと悪くなるかもしれないんだぞ」


「ああ」


「生活が回ることと、お前たちがいなくても大丈夫なことは同じじゃない」



黒田は火の方を見た。



「むしろ今が、一番残ってほしい時なんだ」


「俺たちが出れば、全部うまくいくとは思ってない」



直人も、火のそばにいる者たちを見る。



「もっと悪くなるかもしれない。でも、俺たちが答えを出し続けたら、みんなが自分たちで決めることはできない」


「そんな簡単な話じゃないだろ」


「ああ。簡単じゃない」



直人は否定しなかった。



「俺たちがいなくなったあと、間違えることもあると思う。揉めることだってある。でも、それも含めて、ここに残るみんなで決めないといけないんだと思う」


「なんでだよ」



高瀬が一歩、直人へ近づいた。



「今まで一緒にやってきただろ」



その声には、怒りよりも戸惑いが滲んでいた。



「最初は何をするにも、お前らに聞かなきゃ分からなかった。でも、今は違う。罠だって仕掛けられる。獣だって俺たちで仕留められた」



高瀬は一度、言葉を切った。



「これからは、もっと一緒にやれるじゃないか」



直人は黙って聞いていた。



「何か起きたら、また一緒に考えればいいだろ。俺たちがいれば何とかなる。今までだって、そうだったじゃないか」


「ああ」



直人はうなずいた。



「俺も、何とかなると思ってる」



高瀬の表情が、わずかに緩む。



「だから、今なら離れられると思ったんだ」


「それ、俺の言ってる意味と違うだろ」



高瀬の顔が歪んだ。



「俺は、これからも一緒にって言ってんだよ」


「分かってる」


「分かってないだろ」



直人は、返す言葉を見つけられなかった。

高瀬が引き止めているのは、知識や仕事のためだけではない。

それが分かるからこそ、何を言っても高瀬の望む答えにはならなかった。


それまで黙っていた戸田が、相希へ顔を向けた。



「相希。お前は、本当に俺たちだけで大丈夫だと思ってるのか」


「大丈夫だと言い切るつもりはない」


「三日回っただけだろ。この先も同じようにできるとは限らない」


「ああ」



相希は静かにうなずいた。



「罠に獣が掛からない日もある。水場が使えなくなる可能性もあるし、病気や怪我が重なることもある。三日で、この先まで保証できるとは思っていない」


「だったら、残るべきじゃないのか」


「それでも、俺たちがいなければ何もできない状態ではなくなった。それは分かった」



戸田はしばらく相希を見ていた。



「いつ出る」


「皆に話して、準備ができてからだ」


「どこまで行くつもりだ」


「分からない。今は、人工物を見つけた場所と、その先の方角しか決まっていない」


「戻る時期は?」



相希は答える前に、直人を見た。



「決められない」



直人が代わりに答えた。



「何があるかも、どこまで行くことになるかも分からない。戻ってくるって約束もできない」



再び、沈黙が落ちた。

高瀬が直人を睨むように見た。



「俺たちが止めても、行くんだろ」



直人はすぐには答えなかった。

黒田も、高瀬も、戸田も。

ここへ来てから、何度も一緒に働き、食べ、迷ってきた。


その三人を前にしても、答えは変わらなかった。



「……行く」



高瀬が奥歯を噛む。

やがて、息を吐くように言った。



「だったら、途中で死ぬなよ」



直人が顔を上げる。



「俺たちがいれば何とかなるって言ったんだ。二人だけで勝手にいなくなって、そのまま死んだら許さないからな」


「分かった」


「分かってない奴の返事なんだよ、それ」



高瀬はそう言ったが、それ以上は引き止めなかった。


黒田も、長く息を吐いた。

直人は三人を見回す。



「明日、みんなにも話す」



一度切った言葉を、自分へ言い聞かせるように続けた。



「俺の口から」



黒田がゆっくりとうなずいた。



「分かった」



戸田は相希へ、出発までに確認したいことをいくつか伝えた。


水や食料の保管方法。

罠を増やす場所。

怪我人が出た時に使うもの。

相希は一つずつ聞き、明日から確認すると答えた。


話が終わりかけたところで、戸田はもう一度、相希を見る。



「相希も、本当に行くのか」


「ああ」



相希は少し離れたところにいる直人へ目を向けた。



「あいつは、俺がいないと死んじゃうから」



冗談めいた言い方だった。

けれど、それだけで戸田には、相希の答えが変わることはないのだと分かった。



「……そうか」



戸田は少しだけ視線を落とした。



「お前なら行くんだろうなとは思うけど、困るな」



相希は、まだ伝えていないことが残っているのだと思った。



「残すべきことは、出る前にまとめる」


「そういうことだけじゃない」



戸田は、それ以上を言えなかった。

寂しいという言葉を胸の奥へ押し戻し、相希から視線を外す。


相希は口を開きかけた。

けれど、何と返せばいいのか分からないまま、その口を閉じた。


五人は、火のそばへ戻った。


紗良は結衣と一緒に、使い終えた容器を片づけていた。

近づいてくる五人へ顔を向け、黒田、高瀬、戸田の表情を順番に見る。


最後に、直人と目が合った。

紗良は何も尋ねなかった。

直人も、何も言わなかった。

ただ紗良は、直人が先に目を逸らすまで、その顔を見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。