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はじまりの岸  作者: インフィ
集団生活編

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第54話 三人の意思



「探しに行くって……どこをだよ」



誰かが尋ねた。

直人は、拠点の外に続く森を見る。



「それは、これから考える」


「何も分かってないのに行くのか?」


「分かってないから、確かめに行きたいんだよ」



すぐに、別の声が上がった。



「自分で出ていったんだろ。戻りたくないんじゃないか?」


「そうかもしれない」


「見つかると思ってるのか?」



直人は少し考えた。



「正直、簡単には見つからないと思う」


「だったら、何で行くんだよ」



直人は空になった寝床を見る。

その向こうに、黒田と紗良に挟まれて立つ女性がいた。



「何もしないで終わったら、もっと残ると思うから」



女性は顔を上げなかった。



「やれることを何もしないで駄目だったら、自分のせいだって思い続ける人がいる」



直人は一度、言葉を止めた。



「それに、俺も何もしなかったことを後悔すると思う」


「見つからなくても、行けば満足するってことか?」


「満足はしないよ」



直人は、声のした方を見る。



「見つからなかったら、見つからなかったで残ると思う。でも、やれることをやらなかった後悔とは違う」



誰もすぐには返さなかった。



「また、直人の意見で決まりだろ」



別の男が言った。



「決めてないよ」


「でも、直人が行くなら、仕事も人も組み直すことになる」


「それは――」


「だったら同じじゃないか」



ほかの者もうなずく。



「探しに行くって決まったから、誰を出すか話すんだろ?」


「違う」



直人は首を横へ振った。



「皆に探しに行ってほしいって言ってるんじゃない」


「じゃあ、何だよ」


「俺が、自分で行きたいと思ってるだけ」


「でも、残る人間の仕事まで変わるだろ」


「それは、皆に相談しなきゃいけないと思ってる」


「ほら。やっぱり全員の話じゃないか」



直人は一度、言葉を探した。



「俺が行くかどうかは、俺の話だよ」



集まった者たちを見る。



「その間の仕事をどうするかは、皆で決めたい。それを同じにしたくないんだ」


「俺たちが反対しても行くのか?」



直人は、今度は迷わなかった。



「うん」



言葉にしても、向けられる目は変わらなかった。

直人個人の希望として受け取る者もいる。

共同体の次の方針が決まったと受け取る者もいる。



「直人まで戻らなかったら、俺たちはどうするんだ」



不安の混じった声が上がる。



「戻るよ」


「絶対か?」



直人は答えようとして、口を閉じた。



「何があるか分からないから、絶対とは言えない」



その返事に、何人かの表情が曇る。



「でも、戻るための準備はしていく」


「俺も行く」



相希が言った。


直人が相希を見る。

相希も見返す。


どちらも、それ以上は何も言わなかった。

二人の間には、どちらか一人だけが森へ入るという選択肢が、最初から存在していなかった。



「相希まで行くのか?」


「男が持ち出したものと移動できる時間から、向かった可能性のある方向を絞れると思う」


「二人ともいなくなったら、余計に困るだろ」


「だから、期限を決めて戻る」



相希の声は変わらない。



「私も行く」



紗良が女性の手を離した。

今度は、直人と相希だけでなく、周囲の者たちも紗良を見る。



「紗良も?」



直人が尋ねた。



「うん」


「野営になるかもしれないよ」


「分かってる」


「危険がないわけじゃない」


「それも分かってる」



紗良は直人から目を逸らさなかった。



「私も、何もしないまま待っていたくない」


「でも――」


「誰かに頼まれたからじゃないよ」



紗良は隣にいる女性を見た。



「自分にできることがあるなら、やりたいって思ったの」



紗良は、昨夜から女性のそばにいた。

話したことで日常が壊れるのを恐れていたことも、男がいなくなったことで新しい責任を背負おうとしていることも見ている。


ここに残り、女性の隣にいることも支えることになる。

それでも紗良は、自分には別の場所でできることがあると思った。


女性が何かを言おうとした。

紗良は小さく首を横へ振る。



「俺も行く」



黒田が一歩前へ出た。



「黒田さんまで行ったら、ここはどうするんだ?」


「高瀬と戸田がいる。俺は、あいつを――」



黒田は続きを言わなかった。

空になった寝床を見たあと、直人の隣へ向かおうとする。



「でも……」



女性のそばにいた一人が声を漏らした。

黒田が足を止める。


声を出した女性は、その先を言わず、隣にいる女性を見た。

ほかの女性たちの視線も、同じ場所へ集まる。

女性は俯いたまま、何も言えずにいた。


黒田が行かなければならないと思っていることも分かっていた。

失踪の責任を向けられたまま、何もしないで残ることができない人だということも知っている。


だからこそ、自分のために残ってほしいとは言えなかった。

黒田は直人の隣へ進まず、女性の方へ歩いた。


目の前まで来ると、女性の手がわずかに動く。

黒田の服に触れようとして、途中で止まった。



「一緒にいてほしい……」



黒田は何も言わず、女性を見た。

女性は顔を上げられないまま、もう一度だけ口を動かす。



「ここに、いてほしい」



短い沈黙のあと、黒田がうなずいた。



「……分かった」



黒田は、直人たちの方へ戻らなかった。

女性の隣へ立つ。

女性が初めて自分から求めたことを、ほかの責任より先に選んだ。


相希は空が明るくなっていくのを見た。



「今日中に戻れる範囲だけだと、探せる場所は限られる」



集まった者たちへではなく、直人と紗良へ話す。



「一晩外で過ごせる準備をして、明日の夕方までに戻るのはどうだろう」


「一晩、森に泊まるのか?」



戸田が尋ねた。



「見つからなくても、明日の昼には引き返す。それなら暗くなる前には戻れると思う」


「危なくないのか?」


「危険がないとは言えない」



相希は否定しなかった。



「ただ、俺と直人は海岸からここへ移る時にも、外で一晩過ごしている。準備をすれば、無理な範囲ではないと思う」



紗良が二人を見る。



「私は初めてだけど、大丈夫?」


「分からないことを、そのままにしなければ大丈夫だと思う」



相希が答えた。



「人数を増やした方が安全じゃないか?」


「増やせば、拠点に残る人が減る。移動も遅くなる」



相希は直人と紗良を見る。



「三人で十分だと思う」



相希は空の位置を確かめる。



「今から出れば、日が落ちる前に野営する場所を選べる。明日の昼まで探して、そこから戻るなら余裕も残せると思う」



行けるところまで行くのではない。

戻れる時間から、探せる範囲を決める。

直人も、その考えに異論はなかった。


反対の声は上がらなかった。

納得した者ばかりではない。

それでも、自分も行くと言う者はいなかった。



「見回りは、俺が行く」



高瀬が言った。



「戸田は拠点の作業を見てくれ。森は昨日の組を少し変えれば回せる」


「分かった。道具の方は俺がやる」



戸田が答える。



「水と薪は?」



三浦が周囲を見る。



「昨日の組を分ければ足りる。食べ物を探す方にも一人回せる」



残る者たちが、自分たちの仕事を話し始める。

最初は直人や相希を見る者もいた。

だが、高瀬と戸田が返し、黒田が不足を確認するうち、二人へ向けられる視線は少しずつ減っていった。


直人と相希は口を挟まなかった。



「夜の火は、今までどおりでいいな」



黒田が確認する。



「見回りの順番だけ変えれば足りる」



高瀬が答えた。



「三人が戻るまで、罠を増やす作業は止めよう。その分を拠点へ回せる」


「それなら水の方も足りる」



一つ決まると、次の役割がつながっていく。

誰か一人がすべてを決めなくても、残る者たちの間で生活の形が作り直されていった。


準備には、それほど時間を掛けなかった。


二日分の水と食べ物。

火を維持するためのもの。

縄と刃物。

身体を休める時に使えるものと、怪我をした時に必要なもの。


それらを、三人の荷物に分けた。


相希は、男が水を求めて移動した可能性が高いと考えた。

拠点の周囲を確認してから、水場へ続く方向を中心に探すことにする。


出発する頃には、朝の光が森の中まで届き始めていた。

女性が紗良へ近づく。



「ごめんね」


「謝らないで」


「でも、私のために――」


「私が行きたいから行くの」



紗良は女性の手を握った。



「だから、待ってて」



女性は迷ったあと、うなずいた。


黒田が直人を見る。



「無理はするな」


「うん」



直人は、見つけてくるとは言わなかった。



「行ってくる」



応援する者がいた。

不安そうに見る者がいた。

無駄だと思いながら、何も言わない者もいた。


直人が先に森へ入る。

相希が続く。

紗良は一度だけ女性へうなずき、二人の背中を追う。


それは、共同体が決めた捜索ではなかった。

三人がそれぞれ自分で選び、同じ森へ踏み出した最初の一歩だった。



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