↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじまりの岸  作者: インフィ
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/61

第5話 異変



船内に、低く長い警報音が響き渡った。

天井の照明が一瞬消え、すぐに非常灯の赤い光へ切り替わる。

再び大きな揺れが襲い、通路の床が傾いた。

直人は手すりにしがみつきながら、客室の方向へ進もうとした。



「相希……!」



その時、近くの扉が勢いよく開いた。

中から一人の男が転がるように倒れ込み、通路の壁へ身体をぶつけた。

額から血を流し、片足を押さえたまま動けずにいる。



「大丈夫ですか!」



直人は男のそばへ駆け寄った。

男は苦しそうに顔を歪めていたが、呼びかけに答えることができない。

直人が周囲へ目を向けると、通路の壁に救護室を示す案内板が見えた。



「誰か! 誰かいますか! 手を貸してください!」



声を張り上げたが、警報音と乗客の悲鳴にかき消される。

直人は男の腕を自分の肩へ回した。



「少しだけ我慢してください」



壁や手すりにつかまりながら、男を引きずるように救護室まで進む。

扉は半開きになっており、中では棚から落ちた器具や薬品が床に散乱していた。

直人は男を壁際へ座らせると、周囲を見回した。

棚の脇に、肩掛け式の大きな救急バッグが落ちている。


直人はそれを拾い上げ、肩から斜めに掛けた。

何を使えばいいのかまでは分からない。

それでも、傷口を押さえるものくらいは入っているはずだった。

バッグを開こうと手を伸ばした、その瞬間だった。

先ほどまでとは比べものにならないほどの衝撃が、船全体を襲った。


直人の身体は床から浮き、そのまま通路の反対側へ激しく投げ出された。

背中が壁へ叩きつけられ、視界が白く弾ける。

耳鳴りだけが残り、警報音も悲鳴も遠くに聞こえた。

床に倒れたまま、直人はしばらく身体を動かすことができなかった。



「直人!」



朦朧とした意識の中で、聞き覚えのある声がした。

顔を上げると、傾いた通路の向こうから、相希がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

背中にはアウトドア用のリュックを背負い、片手には直人のボストンバッグを持っている。



「大丈夫か!」



相希は直人のそばへ膝をつき、肩をつかんだ。



「……たぶん」


「立てるか?」



直人は相希の腕を借りながら、何とか身体を起こした。

船体は大きく傾き、足元では荷物や破片が通路の端へ滑り落ちていく。



「怪我人が……」



直人が救護室へ目を向ける。

相希も一度だけ、その方向を確認した。



「今の状態じゃ運べない。まずは安全な場所まで行くぞ」


「でも――」


「お前を移したら、俺が戻って運ぶ。だから今は、一旦行くぞ」



相希はそう言うと、直人の肩へ腕を回し直した。

直人は迷いながらも、小さくうなずいた。


二人は壁や手すりにつかまりながら、甲板へ続く通路を進んだ。

扉の向こうからは、風の音と船体の軋む音が響いている。

相希が重い扉を押し開けると、冷たい潮風が一気に吹き込んできた。


甲板には、誰の姿もなかった。

つい先ほどまで、星を眺める乗客が何人か残っていたはずだった。

直人は一瞬だけ周囲を見回した。

海は、不気味なほど穏やかだった。


波は高くなく、空にも嵐の気配はない。

それなのに、船だけが大きく傾いていた。

だが、その違和感を確かめる余裕はなかった。


その直後、船体がさらに大きく傾いた。

直人の足が床を離れ、身体が勢いよく宙へ投げ出される。

視界の端で、相希の身体も甲板を滑り、手すりへ激しく叩きつけられた。



「相希!」



直人が叫んだ時には、相希の身体から力が抜けていた。

次の瞬間、二人は暗い海へと放り出された。


冷たい海水が全身を包み、直人の身体を深く沈めていく。

上下も分からない暗闇の中で、直人は必死に腕を伸ばした。

だが、その指先は何にも触れなかった。


遠ざかっていく意識の中で、相希の名前を呼ぼうとした。

声になるより先に、直人の意識は完全に途切れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。