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はじまりの岸  作者: インフィ
集団生活編

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第41話 明後日まで



朝、火のそばには三つの葉包みが並んでいた。

どれも、二頭目の獣を捕らえた翌日に作ったものより小さい。

三浦は一つずつ蔓を解き、中の肉を確かめてから、もう一度包み直していく。


結衣がその手元を覗き込んだ。



「これで全部?」



三浦は残った葉を見回し、うなずいた。



「肉が入ってるのは、これで全部」


「あと、どれくらい持つ?」



黒田が尋ねる。

三浦は三つの包みへ順番に触れた。



「今までより薄く使えば、今日の分とは別に、明日と明後日までは」



何人かが包みを見た。



「じゃあ、それまでにどっちか掛かればいいな」



男の一人が言った。

以前なら、すぐに同じような声が続いていた。

今朝は、隣にいた者が小さく笑っただけだった。



「二つあるんだ。片方くらい掛かるだろ」


「罠は、こっちの残りを見てくれないからな」



高瀬が返す。

男は苦笑した。



「朝から厳しいな」


「何日も空なら、期待しすぎるなって話だ」



高瀬の言い方に棘はなかった。

それでも、三浦が包みを抱えて立ち上がると、何人かの視線がその後を追った。



「明後日か」



誰かが、小さく繰り返した。

それが長いのか、短いのか、答える者はいなかった。


昨日までは、残っている葉包みの数を見ていた。

今は、それが何日という時間へ置き換わっている。


三浦は葉包みを日の当たらない場所へ移し、その上から大きな葉を重ねた。

包みそのものが見えなくなると、追っていた視線もそれぞれの手元へ戻った。


肉がなくなっても、食事そのものがなくなるわけではない。

山菜も、根も採れる。

肉を手にする前の暮らしへ戻るだけだった。


ただ、一度知った余裕を、知らなかった頃と同じようには手放せなかった。

朝の食事を終えると、黒田が見回りに出る者の名前を呼んだ。



「近い方は、俺と高瀬」



黒田が続けて三人の名前を呼ぶ。

男二人と女性一人が立ち上がった。



「遠い方は、相希と戸田に頼みたい」


「分かった」



相希が答え、戸田もうなずいた。

遠い方にも二人が加わり、それぞれが水と縄を手に取っていく。

直人は残った器を数え、空いているものを一つ持ち上げた。



「じゃあ、俺は残る。水と薪、先にやっておくよ」


「また水?」



結衣が聞く。



「俺、最近かなり上手くなったからね」


「運ぶのに上手い下手あるの?」


「こぼす量が減った」


「最初こぼしてたんだ」



結衣が笑った。

近くで支度をしていた者も、つられるように口元を緩める。


直人は器を抱え直し、森へ向かう者たちを見た。



「気をつけて。罠が空でも、暗くなる前には戻ってきてね」


「分かってる」



黒田が答える。

その横では、紗良が見回りへ持っていく水を一人ずつ手渡していた。



「今日こそ頼むよ」



誰かの声が飛ぶ。

黒田は振り返らず、片手だけを上げた。


二組は、途中まで同じ道を歩いた。


森へ入ると、朝の光は木々の葉に遮られ、足元へ細く落ちた。

相希たちが遠い方へ続く道へ折れ、黒田たちは近い方の罠へ向かう。



「気をつけて」



相希が言った。



「そっちもな」



黒田が返す。

互いの姿は、すぐに木々の間へ消えた。


近い方と呼んでいても、すぐに着く距離ではなかった。

同じ道を何度も歩くうち、五人は休む場所まで自然に覚えていた。

大きな根が張り出した木のそばで一度水を飲み、そこから先は声を抑える。


罠へ続く獣道を人の足で荒らさないために決めた手順だった。

誰かが指示しなくても、全員が同じ木の前で足を止めた。

女性が水の入った器を順に回す。



「今日も空だったら、明日また来るんだよね」



男の一人が水を飲んでから言った。



「掛かるまではな」



高瀬が答える。



「明後日を過ぎても?」



高瀬は男を見た。



「肉がなくなったら、罠も見なくていいのか?」


「いや、そういう意味じゃないけど」


「なら同じだ。掛かるまで見る」



高瀬は器を女性へ返した。

言い方は強かったが、男を責めているわけではなかった。


何日空でも見回りを止めない。

それが罠を二つ作ったあとに増えた、毎日の仕事だった。


黒田が立ち上がり、器を受け取る。



「帰るまでが見回りだ。焦って足を取られるなよ」



前日の帰りに一人が足を滑らせたことを思い出し、男は苦笑した。



「分かってる」



短い休憩を終え、五人は再び歩き始めた。


高瀬が先を歩く。

そのすぐ後ろを黒田が進み、残る三人は少し間を空けて続いた。

何日も通った道だった。


踏み固められた土。

枝を避けるために身体を傾ける場所。

根を跨いだあと、少しだけ足場が下がる場所。

最初の頃は一歩ごとに確かめていた者たちも、今は前を行く二人とほとんど同じ速さで歩いている。


途中、高瀬が一度だけ足を止めた。

道の脇へしゃがみ、落ち葉の間に残った浅い跡を見る。



「どう見える?」



高瀬が後ろの男へ尋ねた。



男も隣へしゃがみ込む。

落ち葉へ顔を近づけ、土が見えている部分を指した。



「小さいやつ……だと思う。こっちから向こうへ通った」


「新しさは?」


「昨日よりは、新しい?」



高瀬は跡の端を指でなぞった。



「多分な。土がまだ乾ききってない」


「じゃあ、合ってた?」


「全部はな。どこまで行ったかは、これだけじゃ分からない」



男の顔が少し明るくなった。

少し前なら、高瀬が何を見ているのかさえ分からなかった。


今は、正解でなくても自分の目で跡を探せる。

高瀬も、最初から答えを言わなくなっていた。


やがて立ち上がると、そのまま歩き始めた。



「まだ期待するなよ」


「分かってるって」



そう答えながら、男の足は少しだけ速くなっていた。

黒田は何も言わず、その背中を見た。

罠へ近づくにつれ、話す者はいなくなった。

足元の跡を消さないように、前の者が踏んだ場所へ足を置く。


鳥の声と、葉が擦れる音だけが続いた。

期待していないつもりでも、誰もが普段より遠くへ目を向けていた。


動いた枝。

乱れた葉。


罠まで続いているかもしれない足跡。

何か一つ見つけるたび、歩く速さがわずかに変わる。


高瀬が速くなれば、後ろの者も速くなる。

高瀬が止まれば、全員が息を潜めた。

やがて高瀬が片手を上げた。


後ろの四人が止まる。

高瀬は前を向いたまま、耳を澄ませていた。



「どうした?」



黒田が声を落として尋ねる。

高瀬は答えず、さらに数歩進んだ。

少し遅れて、黒田にも聞こえた。


枝が地面を擦る音。

縄が張り、短く軋む音。


その合間に、今まで聞いたことのない細い声が混じっていた。



「掛かってる」



後ろの男が息を呑む。



「静かに」



高瀬が振り返らずに言った。

男は口を閉じたが、その顔には隠しきれない喜びが浮かんでいた。


隣の女性も、握っていた縄を持ち直す。

何日も空だった。


二つへ増やしても、何も変わらなかった。

その罠が、ようやく動いている。


黒田は後ろの三人を見た。



「決めた通りに行くぞ」



二頭目を捕らえ、罠を二つへ増やしたのを機に、見回りの手順も変えていた。

経験者がいる組なら、一度拠点へ戻らず、その場で対応する。誰が何を担うかも、出発前に決めてある。


二人の男が長い棒を持ち、少し左右へ分かれる。

女性は予備の縄を手にしたまま、周囲を見られる位置へ下がった。


高瀬は獲物の動く方向を確かめ、黒田は刃物を取り出せるように手を添える。

直人も相希もいなかった。

それでも、何をすればいいか分からずに立ち尽くす者はいない。


二頭目を捕らえた時に決めた役割は、そこにいない者たちの間にも残っていた。

五人は足音を抑えながら、仕掛けた場所へ近づいた。


縄の先にある枝が、不規則に揺れていた。

低い茂みの向こうで、何かが身体を引くたび、地面の葉が跳ねる。


高瀬が持っていた棒を構えた。

黒田も腰に差していた刃物へ手を伸ばす。

茂みを回り込み、獲物の姿が見えた。


誰も、すぐには動かなかった。

罠に掛かっていたのは、一頭目の獣とよく似た姿をした、小さな獣だった。


身体は一頭目の半分にも満たない。

細い脚の一本へ縄が食い込み、そこからわずかに血が滲んでいる。


五人の姿に気づくと、獣は必死に身体を引いた。

縄が強く張り、小さな身体が地面へ崩れる。

すぐに立ち上がろうとするが、脚を引かれ、また倒れた。


その口から、先ほどよりも高い声が漏れた。



「……子ども?」



女性が呟いた。

誰も答えなかった。


答えを聞かなくても分かるほど、その身体は小さかった。

大人の獣を押さえるために開いた五人の距離が、その小さな身体を囲んでいる。


手にした長い棒も、張った縄も、急に大きすぎるものに見えた。

最初に喜んでいた男の表情から、笑みが消えていた。


もう一人の男は、小さな獣と張った縄を交互に見ている。

高瀬は棒を下げず、獣の動きを確かめた。



「近づきすぎるな。小さくても、蹴る力はある」



黒田は腰の刃物から手を離した。

前回、最後に獣へ近づいたのは黒田だった。


必要なことだと分かっていても、刃を入れた時に手へ返ってきた感触までは消えていない。

今日も、同じ役を引き受けるつもりで刃物を持ってきた。

目の前にいるのが大きな獣なら、迷わず役目を果たすつもりだった。


だが、縄の先にいるのは、五人が押さえなければ近づけないような相手ではなかった。



「足は?」


「縄は食い込んでる。でも、折れてはいないと思う」


「このままだと?」


「暴れるほど傷は深くなる」



獣が再び身体を引いた。

細い声が、木々の間へ響く。



「どうする?」



後ろにいた男が尋ねた。

その視線は黒田へ向き、次に高瀬へ移った。

もう一人の男も、女性も何も言わなかった。


拠点へ戻れば、直人と相希がいる。

だが、そのために幼体を罠へ残しておけば、脚の傷は深くなる。


今、この場で決めなければならなかった。

黒田は一度だけ目を閉じ、短く息を吐いた。


それから腰を落とし、小さな獣へ近づこうとした。



「何するんだ?」



高瀬が尋ねる。



「縄を緩めるぞ」



黒田が足を踏み出す。



「待てよ」



高瀬の声が、その足を止めた。



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