第3話 出航
船内へ足を踏み入れると、直人は思わず周囲を見回した。
外から眺めていた時よりも、船の中はずっと広く感じられた。
明るく照らされたロビーには、大きな荷物を抱えて行き交う乗客の姿がある。
家族連れや旅行客に交じって、仕事帰りらしいスーツ姿の男もいた。
「思ってたより、ちゃんとしてるな」
直人が言うと、相希は隣で小さく笑った。
「どんな船を想像してたんだよ」
「もっとこう、大部屋で雑魚寝する感じ」
「いつの時代の話だよ」
二人は案内表示に従って、客室へ向かった。
部屋は簡素な造りだったが、二人で一晩過ごすには十分な広さがあった。
荷物を置いた直人は、ベッドへ軽く腰を下ろした。
「これなら、普通に寝られそうだな」
「だから、何を心配してたんだよ」
やがて、出航を知らせる放送が船内に流れた。
二人は顔を見合わせると、甲板へ向かった。
甲板へ出ると、潮の匂いを含んだ風が二人の頬を撫でた。
空にはまだ夕暮れの色が残っていたが、港には少しずつ明かりが灯り始めている。
やがて低い汽笛が鳴り、船体がゆっくりと岸から離れていった。
「おお、なんかテンション上がるな」
直人は手すりに寄りかかり、遠ざかっていく港を眺めた。
「さっきまで、船なんて珍しくもないみたいな顔してたくせに」
「実際に動き出すと別だろ」
相希も隣に並び、遠ざかる街へ目を向けた。
建物の明かりは少しずつ小さくなり、やがて街全体が一つの光の塊へと変わっていく。
「明日の朝には着くんだよな?」
「ああ。着いたら、まず飯でも食いに行こう」
「ちゃんと調べてある?」
「もちろん」
「そこはさすがだな」
直人が笑うと、相希は少し得意そうにスマートフォンを取り出した。
二人は甲板を離れると、船内の食堂へ向かった。
窓の外には、すでに街の明かりはほとんど見えなくなっていた。
「せっかくだし、少し飲むか」
直人がメニューを見ながら言うと、相希は少し呆れたように笑った。
「明日から予定が詰まってるんだから、今日は控えめにしとけよ」
「旅行初日から気合い入りすぎだろ」
「初日から酔って寝坊でもしたら、せっかくの旅行が台無しだろ?」
「そこまで飲まないって」
直人はそう言いながら、メニューの酒の欄から目を離さなかった。
結局、二人は、一、二杯ほどお酒を頼み、食事をしながら、翌日の予定や昔一緒に出かけた時の話をした。
話題は次々と移り変わり、気づけば船内はすっかり静かになっていた。
客室へ戻る途中、直人は通路の壁に貼られた一枚のポスターの前で足を止めた。
そこには、満天の星が広がる夜空とともに、船上から見える星空について紹介されていた。
「なあ、これ見に行こうぜ」
直人がポスターを指差すと、相希も立ち止まって内容を眺めた。
「星?」
「街の明かりがないから、かなり綺麗に見えるらしい」
「わざわざ深夜に起きてまで見なくてもよくないか?」
相希は、あまり乗り気ではなさそうに答えた。
「明日から歩き回るんだから、今夜はちゃんと寝て、体力を残しておいた方がいいだろ」
「お前が、とことんやりたいことをやろうって言ったんだろ?」
直人が笑いながら言う。
「旅行を全力で楽しむんじゃなかったのか?」
相希はしばらくポスターと直人を見比べたあと、小さく息を吐いた。
「分かったよ。少しだけな」
「よし。じゃあ一回寝て、時間になったら起こすわ」
「お前が先に寝過ごしそうだけどな」
「その時は起こしてくれ」
「結局、俺が起こすのかよ」
二人は笑いながら客室へ戻り、深夜に備えて短い仮眠を取ることにした。




