第23話 小さな手間
翌朝、直人と相希は食事を終えると、戸田の作業場所へ向かった。
昨日と同じように、戸田の周囲には修理途中の道具や木材が並んでいる。
その脇には、誰かが新しく置いていった壊れた容器があった。
戸田はそれを一度見ただけで、先に手をつけていた道具へ視線を戻した。
「戸田さん、少しいいですか」
相希が声をかける。
「なんだ?」
「昨日、道具を探す時間が何度かありました。あれは、よくあることですか」
戸田は手を動かしたまま答えた。
「しょっちゅうだな」
「置く場所は決まっていないんですか」
「大体は決まってる。ただ、使った奴が戻さなかったり、別の場所に置いたりする」
戸田は周囲へ目を向けた。
「決めたところで、全員がその通りにするとは限らない」
「それでも、探す時間が少し減れば、戸田さんも作業を止めずに済みますよね」
直人が言った。
戸田は手を止め、二人を見る。
「何か考えてるのか」
「置く場所を、もう少し分かりやすく分けられないかと思っています」
相希が答える。
「それと、修理してほしい物も一か所に集める。急ぐ物だけ、戸田さんに直接伝える形にする」
戸田はしばらく黙っていた。
「細かく決めすぎると、戻す方が面倒になるぞ」
「一日だけ試してみませんか」
直人が言った。
「使いづらかったら、元に戻せばいいです」
戸田は鼻から息を吐いた。
「分かった」
三人は、道具が置かれている場所を見直すことにした。
相希は最初、用途ごとに細かく分けようとした。
切る物。
削る物。
縛る物。
運ぶ物。
だが、戸田はすぐに首を振った。
「そこまで分けたら、使うたびに迷う」
「では、使う場所で分けた方がいいですね」
相希は案を変えた。
拠点の中で使う物。
水場や薪集めへ持っていく物。
戸田が修理に使う物。
刃物だけは、ほかの道具と混ざらないよう布に包み、一か所へまとめる。
縄は近くの枝へ掛けた。
地面には石を並べ、置く場所の境目を作った。
直人は高瀬や三浦たちへ、普段よく使う物と使い方を聞いて回った。
「食事に使う刃物だけは、ほかと混ぜないでほしいね」
三浦が言った。
「汚れたまま戻されると困るから」
「じゃあ、食事用は三浦さんの近くに置きましょう」
「それなら助かるわ」
高瀬は枝に掛けられた縄を見て、うなずいた。
「外に持っていく物がまとまってるなら、出る前に探さなくて済むな」
一方で、別の男は石で分けられた場所を見て、少し面倒そうな顔をした。
「使った物を元に戻せば済む話だろ」
「それができれば一番なんですけどね」
直人が答えた。
「人によって、元だと思ってる場所が違うみたいなので」
男は納得した様子ではなかったが、それ以上は何も言わなかった。
昼前には、簡単な道具置き場ができた。
修理してほしい物も、戸田の作業場所から少し離れた一角へまとめられた。
戸田は積まれた物を見ながら言う。
「ここに置かれた順番にやればいいのか?」
「基本はそれでいいと思います」
相希が答える。
「急ぐ物だけ、別にしておく方法もあります」
「急ぐかどうか、本人が決めると全部急ぎになるぞ」
戸田が言う。
直人が少し笑った。
「じゃあ、戸田さんが決めてください」
「結局、俺が決めるのか」
「今までと同じです。でも、忘れにくくはなると思います」
戸田は積まれた物を見て、苦笑した。
「まあ、口で何個も言われるよりはましだな」
午後になると、新しい置き方が少しずつ使われ始めた。
高瀬は外へ出る前に、枝へ掛けられた縄をすぐに手に取った。
三浦は食事用の刃物を探し回らずに済んだ。
戸田のところへ来た者も、壊れた道具を直接手渡すのではなく、決めた場所へ置いていく。
戸田が作業を止める回数は、昨日より少なかった。
直人はその様子を見て、相希へ声をかける。
「結構うまくいってるんじゃないか?」
「まだ半日だ」
「半日でも、探し物してないだろ」
「戻すところまで続くかどうかが問題だ」
相希の言葉どおり、夕方になると、一つの刃物が見当たらなくなった。
何人かで探した末、それは一人の男の寝床から見つかった。
「明日の朝、すぐ使うつもりだったんだ」
男は悪びれる様子もなく言った。
「共同で使う物なので、一度戻してください」
相希が答える。
「また朝取りに来るのか?」
「ほかの人が使う可能性があります」
男は面倒そうに息を吐いたが、刃物を元の場所へ戻した。
直人はそのやり取りを見ながら、相希へ小声で言う。
「全部戻すって決めるだけじゃ、難しそうだな」
「ああ」
相希は刃物の置き場を見た。
「個人で使い続ける物と、共同で使う物を分けた方がいい」
「また一つ増えたな」
「一つ変えれば、別の問題が見える」
日が落ちると、黒田が二人のところへ来た。
「今夜から見張りに入ってもらう」
黒田は小さな火の方を指した。
「最初は二人一緒だ。夜中から、明け方の少し前まで頼む」
「分かりました」
直人が答えた。
皆が寝床へ戻り始める頃、直人と相希は小さな火のそばへ移動した。
昼間より冷えた空気が、木々の間を流れている。
拠点の外側は暗く、火の明かりが届く範囲より先は何も見えない。
直人は周囲を見回しながら言った。
「昼間より静かだと、急に森が近く感じるな」
「音を聞け」
相希が答える。
「見える範囲だけ見ても意味がない」
直人は黙り、耳を澄ませた。
風で葉が擦れる音。
遠くで枝が折れる音。
寝床の中から聞こえる小さな咳。
火の中で薪が弾けた。
「思ったより、すんなりいったな」
しばらくして直人が言った。
「何がだ」
「道具の置き場所」
相希は火へ細い枝を足した。
「すんなりではない。戸田さんと高瀬さんが受け入れたから、ほかの人も従っただけだ」
「それでも、少し楽になっただろ」
「ああ」
相希は素直に認めた。
「ただ、続かなければ意味がない」
「じゃあ、続くようにまた考える」
「勝手に決まりを増やすな」
「分かってるよ。まず聞くんだろ」
「ああ」
直人は暗い森へ目を向けた。
「一つずつだな」
相希は返事をしなかった。
それでも、否定もしなかった。
やがて見張りの交代が来た。
二人は小さな火を次の者へ預け、寝床へ戻る。
途中、昼間に作った道具置き場の前を通った。
縄も、容器も、刃物も、ほとんど決めた場所へ戻されている。
直人が足を止めた。
「一応、残ってるな」
相希は並べられた道具を見渡した。
「一つ足りない」
「朝になったら戻るかもしれないだろ」
「だといいけどな」
二人はそのまま寝床へ戻った。
拠点では、見張りの者の足音だけが静かに続いていた。




