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はじまりの岸  作者: インフィ
サバイバル編

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第18話 同じ船



木々の向こうに見えた拠点は、村と呼べるほど整ったものではなかった。


枝や布を組み合わせた簡素な屋根。

地面には踏み固められた道があり、少し離れた場所では火から細い煙が上がっている。


薪を運ぶ者。

何かを切り分けている者。

屋根の下に座り込んでいる者。


直人と相希が近づくと、その場にいた人々の動きが少しずつ止まった。

視線が二人へ集まる。


驚き。

警戒。

わずかな期待。


表情はそれぞれ違っていた。



「人がいた」



案内してきた男が声を上げた。



「水場のところに、二人いた」



その言葉を聞き、さらに何人かが集まってきた。

直人は無意識に人数を数えようとしたが、すぐにやめた。


屋根の奥にいる者もいる。

全員がここへ出てきているとは限らない。


人々の間から、一人の男が前へ出た。

他の者より少し年上に見える。


服装は皆と大きく変わらない。

それでも、彼が姿を見せると、周囲の声は自然に小さくなった。


誰かに命じられたわけではない。

皆が、彼の判断を待っているようだった。



「どこで見つけた」



男が尋ねる。



「いつもの水場です。二人とも、海から流れ着いたと言っています」



年上の男は、直人と相希を順番に見た。


警戒はしている。

だが、拒むような態度ではなかった。



「立ったまま話すこともない。座ってくれ」



火の近くへ案内され、二人は地面へ腰を下ろした。

周囲には距離を置いて人が集まっている。


直人たちを見ている者もいれば、気にしていないふりをしながら耳を傾けている者もいた。



「俺は直人です。こっちは相希」



直人が先に名乗った。



「乗っていた船が転覆して、目が覚めたら海岸に流れ着いていました」



直人が大まかな経緯を話し終えると、相希が会話を引き取った。



「いくつか確認させてください」



年上の男がうなずく。



「乗っていた船の名前は?」



男が答える。

聞き覚えのある名前だった。


相希は続けて、出航した場所と行き先を尋ねた。

事故が起きる前の天候。

船が大きく傾いた時、どこにいたのか。


最後に覚えていることは何か。

相希は一つずつ質問し、相手の答えと自分たちの記憶を照らし合わせていった。


男が答えるたびに、周囲の何人かが補足する。

食い違う部分があれば確認し、記憶が曖昧な部分は曖昧なまま切り分けた。


やがて、船名も、出航地も、目的地も一致した。

事故直前の状況にも、大きな違いはなかった。


ただ、全員の記憶は同じように途中で途切れていた。



「大きく揺れて、船内に水が入ってきたところまでは覚えてる」



年上の男が言った。



「その後は気を失って、目が覚めたらここにいた」



周囲の者たちもうなずく。



「ここにいる連中は、全員同じだ」



直人は相希を見た。

相希も、同じことを考えているようだった。



「俺たちは、事故の直前まで甲板にいました」



相希が言った。



「あの時、周囲に他の乗客はいなかった」



年上の男は少し考えた。



「俺たちは船内にいた。ここにいる全員がそうだ」



直人が相希へ視線を向けた。



「それで、流れ着いた場所が分かれたのか?」


「可能性はある」



相希は答えた。



「俺たちは甲板にいて、皆さんは船内にいた。その違いで、別の場所へ流れ着いたのかもしれない」



それ以上は言い切らなかった。


全員が、途中で意識を失っている。

どの時点で船から離れたのか。

どれだけ海を漂ったのか。

どの方向へ流されたのか。

確かめる方法はない。



「今のところは、それが一番自然です」



相希はそう付け加えた。


直人は周囲を見回した。

知らない土地の人間ではない。

言葉が通じるだけでもない。

同じ船に乗り、同じ事故に遭った人々だった。

その事実が分かると、胸の奥に張りついていた緊張が少しだけほどけた。


周囲の空気も同じだった。

警戒していた者たちの表情が緩み、誰かが小さく息を吐いた。



「本当に、他にも生きてたんだな」



誰かが言った。



「俺たちだけじゃなかった」



直人は、静かにうなずいた。


年上の男は皆の反応を見てから、直人たちへ向き直った。



「俺は黒田だ。ここでは、皆で何とか暮らしてる」



黒田は、自分から代表だとは言わなかった。


だが、誰も彼の言葉を遮らない。

直人は、案内してきた男から道中で聞いた話を思い出した。

黒田が周囲の地形を見て、水がありそうな場所を探したこと。

山での経験を生かし、食べられる草やキノコを見分けたこと。


雨風を避けられる場所を選び、皆をここまで連れてきたこと。

話しているのは周囲の者たちだった。


黒田自身は、大げさに語ろうとはしない。

それでも、この拠点が彼の判断を中心に作られたことは分かった。



「黒田さんがいなかったら、たぶん俺たちはここまで来られなかった」



近くにいた男が言った。



「最初は何をしていいかも分からなかったからな」



黒田は困ったように笑った。



「皆でやってきたんだ。俺一人じゃ何もできない」



その言葉に、周囲の何人かがうなずいた。

直人は素直に感心していた。

何もないところから水と食料を見つけ、人をまとめ、生活できる形まで持ってきた。


簡単にできることではない。

相希は黒田の表情だけでなく、その言葉を聞く周囲の反応も見ていた。


感謝。

信頼。


そして、判断を任せることに慣れた空気。


今のところ、それ以上の意味はなかった。



「次に、時間について確認させてください」



相希が言った。



「皆さんは、ここに流れ着いてからどれくらいになりますか」



黒田はすぐには答えなかった。

周囲の者と顔を見合わせる。



「正確には分からない」



やがて黒田が言った。



「時計も携帯も使えなくなった。途中から、日にちを数えるのも曖昧になった」


「だいたいで構いません。何を基準に判断したのかも教えてください」



黒田は少し考えた。



「最初の頃は、木に印をつけて日を数えていた。途中で抜けた日もあるが、それだけでもかなりの数になってる」



別の男が続ける。



「月の満ち欠けも何度か見た。暑さも、最初の頃とは少し変わった」



黒田が相希を見る。



「半年くらいだと思う」



相希の表情が止まった。



「……半年?」



直人も、黒田を見た。



「それくらいになる」

「正確ではない。でも、二、三か月ってことはない」



相希は何も言わなかった。

直人たちが漂着してから、長く見積もっても二か月ほどだった。


正確な日付は分からない。

数え間違いもある。


極限状態で、体感時間が狂うこともある。

相手側も、半年という数字に確信があるわけではない。


それでも、差が大きすぎた。


同じ船。

同じ事故。

同じ夜。


だが、ここへ流れ着いてからの時間が合わない。

漂着した場所の違いなら、甲板と船内という状況の差で説明できるかもしれない。


しかし、経過した時間の違いまでは説明できない。



「どうした?」



直人が小さな声で尋ねた。


相希は少しだけ間を置いた。



「いや」



もう一度、黒田たちの顔を見る。



「少し、計算が合わないだけだ」



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