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はじまりの岸  作者: インフィ
サバイバル編

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第15話 水源探索



翌朝。

二人は、空が明るくなり始めると同時に動き出した。


拠点の前に、持っていく物を一つずつ並べる。

今日中に戻れるとは限らない。

水源が近くにある保証はなく、森の中で夜を越す可能性もあった。


相希はアウトドア用のリュックを開き、必要な物を選んでいった。


雨具。

ヘッドライトと予備の電池。

金属製のボトル。

小さな調理器具。

ロープ。

手袋。

方位磁針。

マルチツール。

防水マッチとファイアースターター。

折り畳まれたシートも、野営する場合に備えて持っていく。


直人は救急バッグを開いた。


包帯やガーゼ。

消毒液。

医療用のテープ。

薬。


中身はどれも限られている。

使わずに済むなら、それが一番いい。

それでも、何があるか分からない森へ入る以上、置いていくという選択肢はなかった。



「救急バッグも俺が持つよ」



直人が肩紐を手に取った。



「リュックの方が重いだろ」


「助かる」



相希はリュックの中身を整えながら答えた。

直人は水を入れたペットボトルを持ち上げた。



「これで、どのくらい持つ?」


「節約しても、二日分には足りない」


「途中で水が見つからなかったら?」


「引き返す」



相希は迷わず答えた。



「水がなくなってから戻るのでは遅い。残りの量を見ながら、戻れるうちに判断する」


「ああ」



直人も素直にうなずいた。


水源を見つけることが目的ではある。

だが、そのために戻れなくなれば意味がない。


荷物をまとめ終えると、二人は海岸の作業場へ向かった。

蒸留器の管からは、ゆっくりと水滴が落ち続けている。

相希は受け皿に溜まっていた水を、持っていくペットボトルへ移した。


直人は火の前へしゃがんだ。



「火、このままにしていくのか?」



相希はすぐには答えなかった。

火床と、その周囲へ目を向ける。



「残す」


「大丈夫か?」


「絶対に安全とは言えない」



相希も火の前へしゃがんだ。



「水が見つからなければ、手持ちの量を見ながら途中で引き返す。帰るための分は残すつもりだ」


「それなら、戻るまでは持つんだろ?」


「持つようにはする。でも、帰り着く頃には、残りがほとんどない可能性もある」


「火を起こす道具はあるんだろ。帰ってから、また水を作ればいいんじゃないか?」


「火は起こせる。でも、そこから飲める量の水が溜まるまでには時間がかかる」



相希は、管の先から落ちる水滴を見た。



「体力を消耗して戻ってきた時に、飲める水がないまま待つ時間を作りたくない」


「だから、俺たちがいない間に、帰ってきた時の水を作っておくのか」


「ああ。ただ、戻るまで燃やし続けるわけじゃない。薪は足さず、数時間で火力が落ちるようにする。その間だけ蒸留を続ける」


「火が消れたあとに、水だけ残るようにするってことか」


「それが理想だ」



直人は火床の周囲を見回した。



「それでも、火事の危険はあるよな」


「ある。ゼロにはできない」



相希は迷わず答えた。



「だから、燃え広がる可能性をできる限り下げる。その上で、水がない危険と比べて、今回は残す」


「分かった。じゃあ、やれるだけやろう」



二人は蒸留器の周辺を改めて整えた。

火床の外側に残っていた枯れ葉や小枝を拾い、さらに遠くへ移す。

石の囲いに隙間がないかを確認し、崩れていた場所には新しい石を足した。

火床の周囲には、砂と土だけが露出している。


相希は空と木々の揺れを確認した。

今のところ、風は強くない。

太い薪は取り除き、火床には数時間で燃え尽きる量だけを残した。



「火力は、これ以上上げない」


「少しずつ弱くなって、最後は自然に消えるようにするんだな」


「ああ」



相希は金属容器の中へ、普段より少し多めに海水を入れた。



「入れすぎると、沸くまで時間がかかるんじゃないか?」


「かかる。でも、空焚きになる危険は下げられる。火が落ちるまでに蒸留できる範囲で調整する」



接続部分の泥を確認し、新しく生じていた細い亀裂を塞ぐ。

管に巻かれた布へ海水を含ませ、水を受ける容器の周囲には石を追加した。

簡単には倒れないことを確認してから、相希はもう一度、火床とその周囲を見渡した。



「これで大丈夫か?」


「大丈夫とは言えない」



相希は答えた。



「でも、今できることはやった」


「なら、行こう」



二人は蒸留器を振り返りながら、岩陰の拠点へ戻った。

二人が残そうとしているのは、火ではない。

帰ってきた時に飲める水だった。


濡らしたくない物や、探索には不要な漂着物を岩陰の奥へまとめる。

入口の近くには、大きめの石をいくつか並べた。

誰かに向けた目印というより、戻った時に異変がなかったかを確認するためだった。



「誰か来ると思う?」



直人が尋ねた。



「分からない。でも、戻った時に石が動いていれば、何かが入った可能性はある」


「動物かもしれないけどな」


「ああ。それでも、何も分からないよりはいい」



荷物を背負う。

直人は救急バッグを肩から掛けた。

相希はアウトドア用のリュックを背負い、方位磁針を手に取る。


直人が森の方へ目を向けた。



「行こうか」


「ああ」



二人は拠点を離れ、森の中へ入った。


最初のうちは、これまでにも歩いたことのある範囲だった。

海の音が背後から聞こえ、木々の隙間には、ときおり空の明るさが見える。

だが、進むにつれて地面の傾きが変わっていった。

草が増え、枝が低く重なり、海の音も少しずつ遠くなる。


相希は何度も方位磁針を確認した。

進む方向だけではない。

戻る方向も頭に入れている。

直人は、目印になりそうな木や岩を見つけるたびに足を止めた。



「この木、分かりやすいな」



幹が途中から二股に分かれている。



「帰りに同じような木が五本あったらどうする?」


「その時は、お前の方位磁針を信じる」


「最初からそうしてくれ」



相希は通った場所の地面へ枝で印をつけた。

木の根元へ小さな石を重ね、目印を残していく。


しばらく進んだところで、直人が足を止めた。



「海、聞こえなくなったな」



相希も振り返った。

木々の間から見えるのは、どこまでも似たような緑ばかりだった。



「ああ。ここから先は、まだ歩いていない」


「いよいよだな」



直人は前へ向き直った。



「何があるか分からないぞ」


「だから来たんだろ」



二人は、さらに森の奥へ進んだ。

水源を探す手掛かりは、いくつかあった。


周囲より低くなっている地形。

湿った土。

濃く生えた苔。

虫が集まる場所。

動物の足跡。

植物の色や密度。


相希は足元と周囲を見比べながら、進む方向を選んでいった。



「こっちの方がいいと思う」


「何かあるのか?」


「地面が少し下がってる。それに、こっちの方が植物が濃い」



直人は、相希が指した先を見る。

確かに、反対側よりも草木が密集していた。



「理屈では、この先に水がある可能性が高い」


「そうなのか?」


「実際に探したことはないから、確証はないが」


「何も考えずに歩くよりはいいだろ」



直人は相希の横へ並んだ。



「頼りにしてるぞ」


「期待しすぎるなよ」


「期待はする。でも、外しても責めない」


「それならいい」



二人は、低くなった地形へ向かって歩いた。


森の中には、海辺とは違う暑さがあった。

直接日差しが当たらない代わりに、湿気がこもっている。

風も弱い。


背負った荷物が肩へ食い込み、服が汗で張りついた。

少し進むたびに立ち止まり、水を一口ずつ飲む。

減っていく量を意識しながら、口を湿らせる程度に抑えた。


途中、直人が前方を見て足を緩めた。



「なあ」


「どうした?」


「ここ、少し歩きやすくないか?」



相希も足元を見る。

それまで地面を覆っていた草が、細い帯のように途切れている。

土は周囲より固く、同じ方向へ長く続いていた。



「獣道かもしれない」


「動物が何度も通って、草がなくなったってことか」


「ああ」



二人は、その細い道に沿って進んだ。

歩きやすいとはいっても、整備された道ではない。

木の根が張り出し、枝も低く伸びている。


それでも、何もない場所を進むよりは明らかに楽だった。

直人は頭上の枝を避けながら歩く。



「動物にしては、枝の折れ方が高くないか?」



相希は立ち止まり、近くの枝を見る。

直人の胸元ほどの高さで、細い枝が何本か折れていた。

古いものもあれば、比較的新しく見えるものもある。



「大きな動物が通ったのかもしれない」


「熊とか?」


「可能性はある」


「それ、あんまり聞きたくなかったな」


「聞いたのは直人だろ」



二人は周囲へ注意を向けながら、さらに進んだ。


しばらくすると、道の脇にいくつかの石が見えた。

自然に転がっただけにも見える。

だが、数個の石が、わずかに同じ方向へ並んでいた。


直人がしゃがみ込む。



「これ、並べたみたいに見えないか?」



相希も隣へ寄った。

石の大きさはばらばらだった。

苔に覆われ、半分ほど土へ埋まっている。



「自然にこうなることもある」


「否定はしないんだな」


「人が並べた可能性もある」



相希は石の先へ目を向けた。

並びは途中で崩れ、その先は草に覆われている。

誰かが意図して置いたものなのか。

地形や雨によって、偶然集まったものなのか。

今の二人には判断できなかった。



「誰か、いたのかな」



直人が小さく言った。



「分からない」


「今もいると思う?」


「それも分からない」



相希は立ち上がった。



「少なくとも、今は水を探すことが先だ」


「ああ」



二人は石の並びをあとにし、さらに奥へ進んだ。

日が高くなるにつれて、森の中も少しずつ明るくなった。

その一方で、足元の土は湿り気を増していった。

苔の生えた石が増え、低い場所には水分を含んだ黒い土が見える。

小さな虫も多くなっていた。



「近いかもしれない」



相希が言った。



「水が?」


「ああ。地面が乾いてない」



直人は足元へ目を向けた。

靴の裏に、柔らかい土がわずかに張りついている。



「じゃあ、このまま進もう」



二人は歩き続けた。


だが、水は見つからなかった。

湿った場所をたどっても、途中で地面が乾いてしまう。

植物の濃い方へ進んでも、深い茂みに阻まれる。

谷のように見えた場所も、ただの窪地だった。

何度も方向を変え、そのたびに戻る道が分からなくならないよう目印を残した。

直人が前を歩き、相希が地形と方角を確認する。


日が高くなった頃には、二人ともほとんど言葉を交わさなくなっていた。

持ってきた燻製もどきを少しずつ食べ、水を飲む。

魚の身は固く、口の中の水分を奪った。



「食事の選択肢は増えたけど、探索には向いてないな」



直人が言った。



「水と一緒に食べる前提だな」


「次は、もう少し柔らかくしよう」


「戻れたら試そう」



相希が何気なく言った言葉に、直人は一瞬だけ黙った。



「戻れるよ」


「ああ」



相希も、すぐに答えた。


二人は再び立ち上がった。

森の中の光が少しずつ弱くなり始める。

海辺よりも、ここは暗くなるのが早い。


相希は木々の隙間から空を見上げた。



「今日はここまでにしよう」


「もう少し行けそうだけどな」


「暗くなってから野営場所を探す方が危ない」



直人は前方へ目を向けた。

水源は、まだ見えていない。

それでも、無理に進もうとはしなかった。



「分かった。泊まれる場所を探そう」



二人は、少し高くなった場所へ移動した。

地面が比較的乾いていて、周囲に倒れそうな木もない。

張り出した岩と太い木の間へ折り畳まれたシートを広げ、簡単な雨よけを作った。

落ちている枝を集め、小さな火を起こす。

夜の寒さをしのぐだけではない。

野生動物を近づけないためにも、火は必要だった。


直人は火の前へ座り、残った燻製もどきを取り出した。



「ちゃんと旅っぽくなってきたな」


「喜ぶところじゃない」


「拠点以外で寝るのは初めてだぞ」


「寝られればいいけどな」



森の中では、絶えず何かの音がしていた。


葉が擦れる音。

虫の鳴き声。

遠くで枝が折れる音。

海辺では聞かなかった生き物の気配が、暗闇の中から伝わってくる。

直人は、音のした方向へ目を向けた。



「今の、何だと思う?」


「分からない」


「熊じゃないよな?」


「確証はない」


「便利な言葉だな、それ」


「分からないものを断定するよりはいいだろ」



二人は火を挟んで座り、燻製もどきを食べた。

昼間よりも気温が下がり、汗で濡れた服が冷たく感じる。

飲み水は、残りの量を考えて少しだけにした。


夜は交代で休むことにした。

最初の見張りは直人だった。


相希はシートの上へ体を横たえたが、すぐには眠れなかった。

火の向こうにいる直人の姿を見ながら、歩いてきた道を思い返す。


踏み固められたような地面。

同じような高さで折れた枝。

並んだように見えた石。


どれも自然にできたものかもしれない。

だが、すべてが偶然なのだろうか。



「相希」



直人が小さな声で呼んだ。



「起きてるか?」


「ああ」


「今日の石、どう思う?」



相希は少し考えた。



「人が置いたようにも見えた」


「だよな」


「でも、まだ何とも言えない」


「なあ」


「何?」


「明日、少しだけあの先を見てから戻らないか」



相希は、すぐには答えなかった。

小さな火が、乾いた枝を折る音を立てた。



「明日の朝、水の残りを見て決める」


「行けるだけの水があれば?」


「危険が大きくない範囲で、少しだけ先を見る」



直人は小さく笑った。



「それ、たぶん行くやつだな」


「まだ決めてない」


「はいはい」



直人は火へ視線を戻した。


森の奥は、明かりが届かないほど暗かった。

その暗闇の先に、水があるのか。

人がいるのか。

それとも、別の何かがあるのか。


二人には、まだ分からなかった。



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