第12話 食料調達
砂浜を抜けると、足元の感触が変わった。
乾いた砂の代わりに、黒い岩が海へ向かって連なっている。
表面は濡れ、ところどころに海藻が張りついていた。
波が岩へぶつかるたび、白いしぶきが上がる。
その間には、海水を残した小さな窪みがいくつもできていた。
直人は足元を確かめながら、ゆっくり岩場へ入った。
「思ったより滑りそうだな」
「ああ。濡れてる場所と海藻の上は避けた方がいい」
相希も後ろから続く。
直人は手近な潮だまりをのぞき込んだ。
透明な水の中で、小さな魚が素早く身を翻している。
岩の陰では、細い脚を持ったカニが動いた。
「いるな」
「ああ。昨日まで何も見つけられなかったのが不思議なくらいだ」
「砂浜しか見てなかったからな」
二人はすぐに手を伸ばさず、潮だまりの周囲を見て回った。
岩の表面には、小さな貝がいくつも張りついている。
海藻の下にはヤドカリが隠れ、波が引くと、さらに奥の窪みが姿を見せた。
相希はしゃがみ込み、岩へ張りついた生き物を一つずつ確認していく。
「直人」
「ん?」
「あそこ。でかい魚」
「どこ?」
直人はすぐに相希の指した先へ顔を向けた。
潮だまりの中には、小さな魚が数匹泳いでいるだけだった。
「どれ?」
「もう少し奥」
直人は身を乗り出さないよう注意しながら、目を凝らした。
「見えないけど」
「嘘だよ」
直人はゆっくり振り返った。
相希は真面目な顔をしたまま、わずかに口元を緩めている。
「この野郎」
「声が大きい。魚が逃げる」
「お前が言うなよ」
直人が笑うと、相希も小さく笑った。
昨日までは、そんな冗談を言う余裕もなかった。
直人は再び潮だまりへ目を戻した。
「でも、魚がいるなら、もっと大きいのもいるかもな」
「いるとは思う。でも、今の道具で捕まえるのは難しい」
「今日は確実に取れそうなものからか」
「ああ」
二人はさらに岩場の奥へ進んだ。
直人が岩の隙間へ目を向ける。
そこには、殻を閉じた貝がいくつか固まっていた。
「二枚貝だな」
「それなら食えそうだな」
相希は近くへ寄り、しばらく貝を見た。
「いや、念のためこれはやめておこう」
「何で?」
「二枚貝は海水を濾して餌を取る。その過程で、毒を持つプランクトンなんかも体に溜めることがある」
直人は貝へ目を戻した。
「焼いても駄目なのか?」
「こういう二枚貝の毒は、見た目でも匂いでも分からない。加熱しても消えないものがあるから、安全が確認できない以上、やめておいた方がいい」
「そうか」
直人はすぐに立ち上がった。
「じゃあ、他を探すか」
相希も頷いた。
二人は二枚貝をその場に残し、別の潮だまりへ向かった。
少し進んだところで、相希が岩の表面を指さした。
「こっちは巻貝だな」
直人が近づいて見る。
黒っぽい殻を持った小さな貝が、岩へ張りついていた。
「これは食える?」
「見た目はシッタカに近い。ただ、似た種類も多いから断定はできない」
「万が一もあるし、やめておくか?」
相希は少し考えた。
「いや。巻貝は、岩についた海藻なんかを削り取って食べる種類が多い。海水を濾して餌を取る二枚貝よりは、毒を溜め込む危険は低いと思う」
「絶対ではない?」
「ああ。全部の巻貝が安全というわけでもない」
「じゃあ、どうする?」
「全部避けていたら、何も食べられない」
直人は巻貝を見つめた。
「それもそうだな」
「形といる場所から考えても、危険な種類の可能性は低いと思う。ただし、最初は少量だけ食べて、体調を確認しよう」
「分かった」
直人は手袋をつけ、貝を岩から外そうとした。
強く張りついていて、簡単には取れない。
指を滑らせないように力をかけると、貝は小さな音を立てて外れた。
「取れた」
「殻を割るなよ」
「分かってる」
二人は同じ形の巻貝を五つだけ集めた。
見つけたものをすべて取ることはしなかった。
少し離れた潮だまりでは、小さな磯ガニが岩陰へ逃げ込んだ。
直人が容器を片側へ置き、相希が反対側からゆっくり手を近づける。
逃げ道を塞がれたカニが横へ走り、そのまま容器の中へ入った。
「一匹」
「思ったより簡単だったな」
「今のは逃げる方向が分かりやすかっただけだ」
次のカニには、あっさりと岩の隙間へ逃げられた。
その次も失敗した。
それでも、時間をかけて二匹を捕まえた。
直人は容器の中をのぞき込む。
「巻貝が五つに、カニが二匹」
「二人分としては少ないな」
「昨日は何も食ってない」
直人は容器を持ち上げた。
「それに比べたら、豪華だろ」
「豪華という言葉の基準が下がりすぎてる」
「昨日よりは豪華」
相希は少しだけ笑った。
二人は帰る前に、もう一度周囲を見渡した。
潮が引いた岩場には、まだ多くの生き物がいる。
だが、何が食べられて、何が危険なのか。
今の二人には、分からないことの方が多かった。
「結構いたな」
直人が言った。
相希は潮だまりを見つめた。
「昨日まで、見えてなかっただけかもしれない」
「何が?」
「食べ物だよ」
相希は岩場全体へ目を向けた。
「何もないと思っていた。でも、ちゃんと探せばいた」
直人も周囲を見た。
「じゃあ、明日はもっと取れるかもな」
「潮の時間や場所も覚えれば、今日よりは効率が上がる」
「それなら、今日は下見もできたってことだ」
「ああ」
二人は来た道を引き返した。
直人は巻貝とカニの入った容器を持ち、相希は濡れた岩へ足を取られないよう、前方を確かめながら歩く。
砂浜へ戻ると、遠くに拠点が見えた。
細い煙が、空へ向かって上がっている。
蒸留器の火は、まだ消えていなかった。
昨日までの二人は、生き延びる方法を探していた。
今日の二人は、この島で生きていく方法を学び始めていた。




