第12話「新年と、バータの本音」
2006年になった。
元日の朝、ガラケーに何件かメールが入っていた。
ユースケから「あけおめ! 今年もよろしく! 英語頑張る!」。バータから「あけましておめでとう。今年もよろしく」。フミから「明けましておめでとう。今年もよろしく」。
3人それぞれの性格が出ていた。ユースケは感嘆符つきで元気よく、バータは丁寧に、フミは最短で。
キョンからは元日の昼前に来た。
『あけましておめでとう。今年もよろしくね』
去年の同じ日にも、似たようなメールをもらった気がする。でも去年は「去年」ではなく、20年以上前の元の記憶の話だ。今のこれは今の現実だ。
『おめでとう。今年もよろしく』と返した。
少し考えてから、1行追加した。
『今年はいい年にする』
送信してから、少し恥ずかしくなった。アラフォーが高校生の体で「いい年にする」と送信している。客観的に考えると微妙だ。
でも10分後にキョンから返信が来た。
『私も。なんかリュウのその言葉、信じられる』
恥ずかしかったのが吹き飛んだ。
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3日に、4人で初詣に行った。
地元の神社に集まって、参道を歩いて、賽銭を投げて、おみくじを引いた。
ユースケは大吉を引いて「さすが俺」と言った。バータは中吉で「まあこんなもん」と言った。フミは小吉で「別に」と言った。俺は吉だった。
「リュウ、吉かよ」とユースケが言った。
「大吉じゃなくていい。吉は着実に良くなっていく意味だから、むしろ好きだ」
「詳しいな」
「調べたことがある」
「また調べたことがある、か」とフミが静かに言った。
「何?」
「いや、何でもない」
フミが少し口の端を上げた。笑いをこらえているような顔だった。珍しかった。
屋台でたこ焼きを買って、4人で食べた。1月の外は寒かったが、たこ焼きが温かかった。ユースケが「今年こそ宇宙関係の志望校を絞る」と言った。バータが「俺も外部受験の学校、年明けに決める」と言った。フミは黙って食べていた。
「フミは今年の目標は」とバータが聞いた。
「勉強」
「もっと具体的に」
「成績を上げる。奨学金の申請を通す。バイトを週2に減らす」
「ずいぶん具体的だな」
「具体的に決めないと動かないから」
バータが「バイト減らせるの?」と聞いた。
「少し工夫する」とフミが言った。俺の方をちらりと見た。
何も言わなかったが、目で「お前のおかげだ」と言っていた。
「バータは? 今年の目標」
「受験する学校を決める。あと、ちょっと気になってることがあって、年明けにリュウに相談しようと思ってた」
「今でいいぞ」
「今日は4人でいるから、場所変えてからでもいいか?」
「俺だけでいいか、という意味か」
「そう」
「わかった。帰り道にでも」
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初詣が終わって、ユースケとフミと別れた。
バータと2人で歩いた。住宅街の細い道で、風が冷たかった。
「何の話だ」
「起業のこと」とバータが言った。
「具体的に考え始めたのか」
「考えてる。でも、俺みたいな奴が起業とか、現実的なのかなって迷ってて」
「バータみたいな奴、ってどんな奴だ」
「勉強ができるわけじゃないし、特別な才能があるわけでもないし。外部受験するつもりだけど、どこに入れるかもわからない。そんな奴が起業を考えてるって、笑われるかと思って」
「笑わない」
「ユースケには言えなかった。なんかからかいそうで」
「ユースケは笑わないと思うけど、まあ、タイミングがあるだろ」
「フミには話せる気がしなかった」
「フミは意外と話せるぞ、ちゃんと向き合えば」
「そうか。まあ今日は、リュウに聞きたかった」
「何でも聞けよ」
バータが少し考えながら歩いた。
「起業って、どこから始めるんだろ。大学で起業サークルみたいなの入ればいいのか、インターンとか行けばいいのか、全然わからなくて」
「どっちも意味がある。ただ、一番大事なのはその前の話で」
「前の話?」
「何をやりたいか、だ。起業は手段であって目的じゃない。何のために、誰の何を解決するために起業するのかが決まってないと、形だけ作って終わる」
「何をやりたいか、か」
「バータって、人と話すの得意だろ」
「まあ、苦手じゃない」
「人を動かすのも得意だ。カラオケでも、みんなの空気を変えるのはバータだったし、話すと元気になる感じがある。そういう強みを活かせる何かを考えたら、方向が見えてくるかもしれない」
バータが少し黙った。
「リュウって、なんで俺の強みを知ってるんだ」
「一緒にいれば見えてくる」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
「……ありがとな、リュウ」
「礼はいらない。続き、話せよ」
「起業するなら大学で仲間を作った方がいいって聞いたんだけど」
「そうだ。一人でできることには限界があるから、信頼できる仲間と一緒にやった方がいい。大学でのネットワークは重要になる」
「仲間って、どうやって見つけるんだろ」
「自分が何をやりたいかを話せば、同じ方向に向いてる奴が集まってくる。黙ってても見つからない」
「なるほど。まず自分がやりたいことを決める、か」
「焦らなくていい。大学入ってからでも遅くない。でも、今から考え始めるのは正しい。早く考え始めた分だけ、いい方向に向かいやすい」
バータが歩きながら、少し考えた。
「リュウが一緒にやってくれたら、一番心強いんだけどな」
「俺は?」
「お前って、なんか、先が見えてる感じがするじゃないか。ビジネスのこと、経済のこと、なんか詳しいし。一緒にやれたら頼りになる」
38歳の知識と、大学で学ぶ経済学と、投資の経験を合わせれば、確かに力になれる気はした。バータの起業をサポートすること自体は、元から考えていたことだ。でも「一緒に起業する」という形は、少し違う。
「俺はサポートする立場の方がいい。起業はバータが中心でやれ。俺は知識を提供したり、考え方を整理する手伝いをしたりする」
「なんで自分が中心じゃないの?」
「お前の方が向いてるから。リーダーには人を動かす力が必要で、それはバータの方が俺より持ってる。俺はサポートが得意だ」
「そうか。でも、サポートしてくれるってこと?」
「する。大学入ってからも、ちゃんと一緒に考える」
バータが少し黙った。
「お前、なんかいつも先を見てるよな」
「そういうわけじゃない」
「そういうわけじゃないかもしれないけど、そう見える。なんか、大学入った後のこととか、もっと先のこととか、ちゃんとイメージしてる感じがして」
「イメージしてる、は合ってる」
「なんで」
「失敗したくないから」
バータが少し立ち止まって、俺を見た。
「失敗ったって、まだ高校生だぞ。何を失敗したんだよ」
「……俺の言い方が悪かった。今後、失敗したくないから、先を考えてる。それだけだ」
バータは少し首を傾けたが、それ以上は聞かなかった。
「わかった。じゃあ頼む、リュウ。大学入ってからも、ちゃんとサポートしてくれ」
「する。約束だ」
「よし」
バータが俺の背中をどんと叩いた。大きな手だった。少し痛かったが、悪い気はしなかった。
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家に帰ると、ガラケーにキョンからメールが来ていた。
『今日、初詣行ったの?』
『行った。4人で』
『楽しかった?』
『まあまあ。たこ焼きがうまかった』
『それが一番じゃないの』
『そうかもしれない』
少し間があった。
『来週、オープンキャンパスの準備できてきた。当日に聞くこと、6個に絞った』
『6個か。多くないか』
『多い?』
『時間が決まってるから、優先順位をつけた方がいい。一番聞きたいのから順番に並べて、時間が足りなくなったら下から切れるようにしておく』
また間があった。
『確かにそうだね。やってみる』
『来週の日曜だな。楽しみだ』
『リュウが楽しみって、なんか変な感じ』
『なんで』
『私のオープンキャンパスなのに、リュウが楽しみにしてる』
『キョンが行きたいとこだから、俺も楽しみなんだよ』
少し長い間があった。
『……また言う』
『何を』
『こっちが困ることを』
『意図してない』
『してるでしょ、絶対』
してないわけではないが、それを認めるには少し早かった。
『おやすみ』とだけ送った。
10分後に返信が来た。
『おやすみ。来週よろしく』
2006年の最初のやり取りは、そうして終わった。
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*(第13話へつづく)*




