~一滴の雫~
1
───長い。
「ふっ!」
戦闘が始まって、どれくらいたったろうか。
ぎらつく目で自分を殺そうと飛びかかってくる人々。
人々の波が途切れ、リィはレイピアを地に突き立て、それに体重を預けて喘いだ。
「はぁ・・・っ」
どうにか崩れおちるのを堪え、顔をあげようとすると、人の気配を感じた。
「リィさん!」
駆け寄ってきたのは、リィより少し若い少女。
「フ、ロル・・・?」
───フロルと、ロサード村の人々がそこにいた。
「皆・・・どうして」
「・・・一年くらい前から、私達の村に黒いフードを被った女性が来るようになりました。そして、私達に剣や簡単な魔法を教えて去って行くんです」
「なっ・・・!」
一年前から、フォリアは人々に剣と魔法を。
何のために。
「最近は、国に対する不満を煽るような言動をとって・・・何をしたいのか分からなくて、取りあえず言うとおりにしてたんです。でも、国に剣を向けろと言われて」
そんなことはできない。逆らう勇気もない。
「戦場になってしまえば、いちいち私達のことなんて気にされないと思って、リィさんのところに来ました。───私達も、リィさんと戦わせてください!」
「───」
「一年前、俺達はあなたに救われました。その恩返しをさせてください!」
ロサード村の人々の気持ちがなにより嬉しくて、胸が熱くなる。今、人手も力も足りない。
彼らの言うとおり、戦ってもらって───
「ごめんなさい。それだけは無理」
「何故・・・!」
「私は、あなた達が傷つくところを見たくないの」
「ならば!」
フロルが感情を露わにして叫ぶ。
「ならば、ただ後ろで膝を抱えて、あなたの重荷になれというのですか⁉」
「───ッ」
「・・・そんなの、私達だって嫌です。私は弱い。弱いからこそ、意志だけは曲げない!」
リィは、村人達を見渡した。
「あなた達は、それでいいの?」
「勘違いしないでください。───俺達がそれをしたいのです」
リィはため息をつく。もう、何を言っても村人達は意見をかえないだろう。
「・・・分かった。ただし、無理はしないで」
「そのままそっくりお返しします。リィさん、傷だらけじゃないですか」
「流石に全部は避けきれなくて。・・・あそこの、シュヴァリエっていう建物の一階で怪我の治療をしてる。怪我したら、そこに行けばいいわ」
「それも、そっくりお返ししますよ」
望んで厳しい戦いに足を踏み入れる村人達は、そう言って笑った。
2
フロル達を見送り、リィはレイピアを地から引き抜いた。呼吸を整え、駆け出す。
───自分ではまだまだやれるつもりだったのだが、体は思いのほか限界に近付いていたらしい。
疲労が判断力の低下を招き、反応が遅れた。
ドスッという鈍い衝撃を感じ、次いで焼け付くような痛みが走る。
「ぐ・・・うっ」
呻き声を奥歯を噛んで押しとどめる。視線を落とすと、脇腹に太い氷の矢が突き刺さっていた。
油断した。フロルが剣と簡単な魔法を教わったと言っていたではないか。人々の中に、得意な者がいてもおかしくない。
唇の端から血を零し、感覚が薄れてくる手足に力を込める。
軽く治癒魔法を使うが、出血は止まらない。
これ以上治癒魔法を使おうとすれば、戦う分の魔力がなくなる。それは避けねばならない。
力が抜ける。全身が凍るように寒い。
こんなところで、気を失うわけにいかないのに。
地面に倒れ込み、朦朧とする意識の中、顔に影が落ちた。冷たい鋼の切っ先が、空に向けられる。相手の顔は見えないが、恐らく私を殺そうとしているのだろう。
体は、動かない。
刃が振り下ろされるまでの僅かな時間、震える口を開く。
「レ、イル・・・」
囁きとともにこぼれ落ちた一滴の雫は、地面に跡を残して、消えた。




