~それぞれの思い3~
───息絶えたミリアを抱え、リピアは蹲っていた。
どこからか、叫び声が聞こえる。胸が掻き毟られるような、声。
それが自分の声だと気付かずに、リピアは耳を塞ぐ。
これが、いっときの悪い夢なら。
朝起きて、こんな夢を見たんだよと、ミリアに言えたなら。
むせかえるような血臭が鼻腔に入りこみ、願望を打ち砕く。
血に濡れたミリアの体が、逃げることを許さない。
涙は、流れなかった。否、流せなかった。
───ミリアを先に行かせたのは、他でもない、自分なのだ。
願望を抱くことも、逃げることも、泣くことすらもできずに、リピアは声を上げ続けた。
ふっと夢から覚めるように、『自分』は『自分』に戻ってきていた。あの終わりのない回廊に立っている。
「い、今のは・・・」
ぺたりと座り込み、ルッカは体を震わせた。
再び意識が別のものと入れ替わり、ルッカは床に倒れ込む。
一人称が再度自分になり───
ミリアの死からリピアの時は止まったまま、二年が過ぎていた。
口数が少なく、感情が凍り付いたリピアに、二人だけ、声をかけてくれる騎士がいた。
二人の騎士───カイルとアルトはリピアにどれだけ冷たく突き放されてもめげずに接してきた。
カイルは緑髪で、人をからかうのが好きな人物だった。赤髪のアルトはツッコミ役で、二人は良いコンビだった。
いつしかリピアは少しずつ心を許すようになっていた。
恋愛感情があったわけではない。ただ、一緒にいて気が楽だったから、それだけ。
「───人と模擬戦をやってるのと、実戦って違うよなぁ」
鍛錬の途中、カイルが呟いた。
「嫌な予感をひしひしと感じつつ言うけど、どういうことだ?」
アルトの問いの答えは、カイルの手にのせられた小さな小瓶だった。
「魔獣寄せの薬だよ。昨日作った」
「作ったぁ──────⁉」
「ルーリアっていう木に魔獣は寄りつくみたいなんだ。確証はないが。そのルーリアの葉を煮詰めたものが、これだ」
リピアはアルトの嫌な予感が当たったことを悟った。
カイルは、この薬で魔獣を集め、実戦をするつもりなのだ。
だめだ、と言いたかった。だが、ここで反対すれば、もう彼らとはいられないかもしれない。
そんな理由で、リピアは何も言えなかった。
無言を快諾と受け取ったのか、
「よし!じゃあ明後日休みをとって、三人で行こう!」
二日後、三人は結界の外、境界線から少し離れたところにいた。
手のひらに魔獣寄せの薬を塗り込むと、すぐに唸り声が聞こえた。
「ほら、やっぱり効い・・・」
カイルの声が、途中でしぼんだ。
数匹どころではない。百匹におよぶ魔獣が集まってきていた。あのとき、止めればよかった。
後悔しても、魔獣達は増える一方。
死を覚悟した、その時。
「え・・・⁉」
体が横抱きに持ち上げられた。見れば、背中をアルト、足をカイルが支えている。
「「せぇのっ!」」
二人は息を合わせ、リピアを投げ飛ばした。
「待っ───」
宙をくるくると舞う中で、アルトとカイルの瞳が見えた。
この状況を作った後悔、覚悟、そして、リピアを助けられた、満足の色。
結界の中に投げ込まれ、体が地に叩きつけられる直前、リピアは受け身をとった。衝撃が全身を駆け抜ける。
「アルト、悪いな。巻き込んじまって」
「お前の重い体を一人では投げ飛ばせないからな、カイル」
声が、聞こえて。
───それが、最後だった。
飛びかかる魔獣達の姿で、二人はもう見えない。
最初は魔獣達の断末魔の声が響いていたが、それも聞こえなくなる。
受けた衝撃が強すぎてすぐに立てない。今、動かなければならないのに。今、助けなければ。なのに───
見ていることしかできない中、咀嚼音が混じるようになり───
魔獣がいなくなったあとには、何も残されていなかった。
日が傾き、夜になっても、リピアはそこにいた。
どうして、何故、自分は止められなかったのだ。止めていれば、カイルとアルトは死ななかったはずなのだ。
それなのに───自分だけが、助かってしまった。
夜明け頃、冷たい雨が降り出した。濡れるのも構わず、リピアは雨に打たれ続ける。
私が、私がもっと───
雨は三日三晩降り続け、リピアは延々と悔悟に苛まれていた。
四日目の朝、雨は止み、太陽の光が顔を照らす。
突然、カイルとアルトは死んでしまったのだと、胸にすとんと落ちてきた。どれだけ後悔しても、悔やんでも、帰ってこないのだと、もう会えないのだと、この瞬間、はっきりと理解した。
涙が、溢れる。後悔が沈み、変わりに湧き上がってきたのは胸を引き裂かれるような哀しみだった。
泣いて、泣いて、泣いて。
「───絶対に、誰も失わせない。絶対に、誰にも守れなかった後悔を、失った哀しみを味わわせたくない」
「私をかばって傷ついたアルクスに、肝心なときにいてあげられなかったミリアに、そして」
「最後私を助けてくれたカイルとアルトに───誓うよ」
大切な者達に誓ったから、前を向いてゆく。
リピアはリィになり、救える人々を救うために、己の身を削ってでも、守り抜く。
きっと、守り抜いてみせるから───
意識が浮上し、目を開けると、そこは控室のソファーの上だった。
今さっきまで見ていたのは、夢ではなく───
「リィの───リピアの過去を、見てきたか?」
水色の髪の騎士が、問いかけた。
「あれは、お姉ちゃんの過去なの・・・?」
「・・・リィはリピアの生まれ変わりだ。リピアの記憶を持っている。君が見たのは、リィの抱えてきた思いだ」
実際に言葉にされると、ルッカの体に衝撃が走った。
「レイルが記憶を失う前に考案した闇魔法の幻惑と、俺自身の『追体験』の能力を掛け合わせ、君に彼女の過去を見せた」
エイスの言葉が脳に浸透し、ルッカは震え始めた。───自分が何も知らずに、リィを傷つけたのかが分かったからだ。
「私・・・お姉ちゃんに・・・」
テセウスの言葉のとおりだ。自分は何もできないのに、平穏な日常に嫌気がさして、自分とは違うことをしている人を羨ましがる。相手が、どれほど苦労していても、勝手に決めつけて。
「お姉ちゃんに・・・サクリに、謝らなきゃ・・・」
ルッカが自分の行いを悔やんでいたとき、リィもまた、過去を振り返っていた。
リピアのときは、辛いことも哀しいことも、たくさんあった。でも、リィはどうだろうか。
楽しくだけやっているというルッカの言葉を、否定できないのではないか。
自分を、見失いそうになる。
強く在ろうと、前を向いていた自分を───
───そんな自分、本当にいたのだろうか。
強がって、そう思い込んでいただけではないのか。
深く、深く、落ちてゆく。
自身の闇へと。
底なし沼のような闇へと。
もう這い上がれないのでは、と思うほど、深く。
───落ちていった。




