~それぞれの思い2~
1
自宅に帰り、リィは枕に顔を埋めていた。
「───リィ」
横に立つレイルが声をかけてくるが、顔は上げられない。
───悲しい、のだろうか。怒っている、のだろうか。
否。
空虚だ。胸のうちにあったものが全てこぼれ落ちてしまったような空虚さ。
今は、誰にもこの顔を見せたくない。見られたくない。
だって、きっとひどい表情をしているから。
ルッカに辛い思いをさせていたことに、自分が楽しくだけやっていると思われていたことに、衝撃を受けた。
目を強く瞑る。
───リィは、過去の渦へと沈んでいった・・・。
同時刻。
「───どうかしたのか?」
訓練場の静寂を破ったのは、さっきまで確かにいなかったテセウスだった。
「本当にいきなり出現しますね・・・。騎士長から瞬間移動でも教わったんですか?」
ロートの軽口に笑い、テセウスはベンチに座り、顔を俯けたままのルッカに目をとめる。テセウスの横には、
「・・・お姉ちゃん?」
今一番会いたくない人物がいた。
「サクリ・・・」
「何で、ここにいるの・・・?」
その声に、耐えきれなくて。
「何でって・・・サクリも、お姉ちゃんも、皆私を村に取り残して王都にいるんでしょう⁉」
「───」
「私・・・私だって、楽しいことしていたいのに!何で、私だけ・・・‼」
「───なら、逆に聞くが、そなたは何ができるのだ?」
これまで見せたことのない、氷のような冷たい光を瞳に浮かべ、テセウスが言う。
「何も出来ることはないのに、まわりはこうだろうと決めつけ、同じものが自らにないことを嘆く。それは」
「リィに、サクリに、レイルに、そしてここに集まる騎士達に対する───侮辱だ」
テセウスの、言葉の意味が分からない。
騎士達の毎日は、村で変化しない、なんの面白みもない毎日と比べ、どれほど大変だというのだ。
納得のいかないルッカの表情を見て、テセウスは失望したように息をはいた。
「この者に言葉を尽くしても、恐らく理解などしないだろう。考え方が違い、理解しようともせぬ相手に説くだけ無駄だ。何せ、世界が違う」
立ち去ろうとしていたテセウスが何かに気づいたように振り返り、
「そなたとサクリは決定的に違う。───そなたは、サクリにはなれない」
その一言は、ルッカの心を深く、深く切り裂いた。
2
翌日も騎士達の間には重い空気が流れていた。
ルッカは行く場所がないので、とりあえず宿舎の空き部屋に泊まって貰っている。
控室のドアが開き、入ってきたのはレイルひとりだけだった。
「おはようございます。・・・騎士長は?」
「今日は、無理みたいだ。・・・食事もとらないで、寝室に閉じこもってる」
それだけ、昨日の出来事はリィを深く傷付けたのだろう。
「殿下はああ言ってましたが、どうにかしてルッカちゃんに理解してもらわないと」
「でも、言葉で伝わらないのに・・・」
フォリアが呟く。
そのとき、エイスが手を上げた。
「・・・俺も初めてだし、上手くいくかは分からない。けど」
他人の過去の恐怖を乗りこえてから、口数が多くなったエイスが続ける。
「やってみたいことがある」
エイスの説明を聞いた騎士達は、迷いを見せながらも頷いた。
「───言葉で伝わらないなら、実際に体験させてみれば自ずと理解するはずだ」
3
ルッカは、どことも知れぬ回廊にいた。
廊下をひたすら歩くが、先に見えている曲がり角に一向に近付かない。───次第に、焦り始める。
疲れて立ち止まり、すぐ横にあるドアを開け───
意識が、押し流されるような感覚。
自分が自分でなくなる恐怖。
やがて、『自分』は『自分』になっていた・・・。
リピアは、結界の近くを馬で走っていた。長い休暇をとり、フリーデン王国のあちこちを回っているのだ。これは仕事ではなく、単にリピアがしたいと思ったからしているだけの事である。守るべきものをこの目で見ずにどうやって守るのかと思った結果だった。
この日も夕方まで走り、宿に泊まった。翌朝、宿の一階で朝食をとっていると───
「あなたは、どこに行くの?」
隣に座った淡い桃色の髪の女性が話しかけてきた。恐らくリピアより十は年上だろう。
女性───ミリアは画家で、自然を、人々の営みを描くために旅をしているのだと言った。
聞けば、ミリアはリピアと同じ方向を目指しているらしい。
「ね、もし良ければ一緒に行かない?一人だと危険もあって」
リピアは頷き、
「───私は騎士です。何かあっても守りますから、安心して下さい」
ミリアは驚いて目を見開き、にこりと微笑んだ。
旅の中で、二人はいろいろな話をした。馬で並走し、他愛ないやり取りを続けた。
宿がなく、道端で眠った次の日の朝、リピアは必ず剣の稽古をする。宙を舞う葉っぱ相手に剣を突き出すのだ。そのようすを、ミリアはよく絵に描いた。
「───綺麗ね」
ミリアがそっと囁いた。
動きを中断し、リピアはぱちくりと瞬きした。
「あなたの剣技は、夜空をかける流星みたい」
ミリアが描いている途中の絵を見せてくる。
色はまだ塗られていないが、その絵はリピアそっくりだった。
「凄い・・・。色を塗ったらまた見せてくださいね」
───そして、その日はやって来た。
宿を出て数分、リピアは忘れものをしたことに気付いた。
「ごめんなさい、ミリアさん。先に行っていてもらえますか?」
「え、でも・・・」
「大丈夫です。・・・すぐに追いつきますから」
そこでミリアと別れ、宿に置いたままだった荷物を背負い、再び馬にのる。
先ほど別れた場所に戻ってきたとき、馬が怯え、顔を背けた。前に進んでくれず、リピアは地面に降り、馬を木に繋いだ。
このあたりは足場が悪い。転ばぬよう気をつけて───
リピアは、見た。
馬が転倒している。見覚えのある毛の色だった。
自然と、視線は結界の方に向いた。
結界の外───かなり離れた場所に、何かが倒れているのを見つけた。その周りには、魔獣の姿があった。
結界を出て、近づく。
血だまりの中にあり、真っ赤に染まった全身。髪の色は、桃色だった。
それに気付くと、リピアはレイピアを抜き、魔獣に斬りかかった。
「魔獣・・・魔獣─────────!」
叫び声を上げ、激情に任せて剣を突き出し、魔獣を屠るとリピアはミリアに駆け寄った。自分とミリアに小さな結界を張り、呼びかける。
「ミリアさん、返事して・・・!」
おそらく馬が転倒して吹き飛ばされ、ミリアは不運にも結界の外に出てしまったのだろう。
脈をとると、間隔が長く弱かった。治癒魔法を行使し、今にも消えてしまいそうなミリアを引き留めようと、リピアは声をかけ続ける。だが、傷の治りが遅い。傷の深さに対して、魔法が弱いのだ。これでは間に合わない。
ミリアの目が、うっすらと開く。
ミリアが震える腕を持ち上げ、何かを差し出した。
───色をぬったら見せてくれと頼んだ、あの絵だった。
ミリア自身の血で赤く塗られた絵。
腕が、ぱたりと落ちた。
息を抜くような音をたてて、瞼が力なく閉じる。
二度と、ミリアの目が開くことはなかった・・・。
───私は、過去を見る。
過去を、思いを、見続ける・・・。




