~それぞれの思い~
1
夜。三つならんだベッドのうち二つは空。
真ん中にひとり横たわり、暗い天井を見上げる。
胸を苛むのは劣等感。何もかも、置き去りにされているような、そんな劣等感だ。
───このまま、私は終わるのだろうか。
姉のように王都で騎士になることも、妹のように第五王子様と結婚することもなく、山に囲まれた村で、終わるのだろうか。
嫌だ。
私が幸せになって何が悪い。
私は───ルッカは、ベッドから身を起こすと、寝間着を着替えて荷物をまとめ、部屋を出た。
2
レイルとロートは訓練場で剣を打ち合わせていた。
「ふっ!」
短く息をはき、剣を振る。空気を裂く一撃をロートは剣で受けた。だが、衝撃に後ろに吹き飛ばされる。ロートは空中で一回転し、地面に足で着地する。が、その隙をレイルは逃さない。
地を蹴って踏み込み、着地の体勢のロートの首に剣を当てた。
「そこまで!」
審判の位置に立っていたリィの声がかかり、二人は剣を鞘におさめた。
「副騎士長、前と同じかそれ以上に強くなってますよ」
「そうなのか?・・・良かった」
笑顔のレイルにつられてロートも笑う。
そのようすを微笑ましそうに眺めていたリィが、何かを感じたようにふっと顔をあげた。
「騎士長・・・?」
「ここは・・・村の外・・・!いけない・・・!」
リィは焦ったように呟き、目を閉じて瞬間移動した。
残された騎士達は呆然とリィの立っていた土を見つめるしかなかった。
3
リィが瞬間移動したのは、結界の外の山の中だった。
悲鳴が聞こえる。近くに転移したつもりだったが、姿は見えない。悲鳴が聞こえてきた方向に走り出した。
ようやく姿が見えた。地面に座りこむ少女の前には、大型の魔獣。
「いや・・・嫌、助けてよ・・・お姉ちゃん・・・っ」
少女の声が微かに届いた。
───大丈夫。私が、守るから。
一筋の流星となり、リィは駆ける。今まさに噛みつこうとしていた魔獣の眉間に、レイピアが深々と刺さった。
「お・・・姉ちゃん・・・」
リィは魔獣からレイピアを抜くと、魔力を剣に少し流し込み、血を浄化した。
「ルッカ、怪我はない⁉」
リィは血のつながった妹に駆け寄る。
すがりついてきたルッカを抱き締め、
「結界の外だから、一度王都に行くわよ」
「えっ・・・?」
驚きの声をあげるルッカを抱いたまま、リィは訓練場へと一瞬で帰還した。
4
「騎士長、急にいなくならないで・・・って、どうしたんですかその子は?」
ロートが文句を言おうとして、ルッカに気付いた。
「え?え?」
今だに状況を理解できないルッカが首をひねる。
「ルッカは私の妹。ルッカが魔獣に襲われてるのに気づいて、助けにいってきたの」
「・・・いやにさらりと言いましたけど、騎士長、それだいぶ普通じゃないですよ」
「サクリが魔獣に利用されたことがあったから、ルッカには陽魔法で印をつけておいたの」
「印?」
リィはルッカの額に手をかざした。金色の不思議な紋様が浮き出てくる。
「これは、まあその・・・安全対策・・・かな?」
騎士達が微妙な視線でリィを見る。
「その『印』のところに瞬間移動したっていうのはわかりました。でも、襲われてることにどうやって気付いたんですか?」
ロートの疑問に対して、騎士達はうんうんと頷いた。
「簡単よ。───ルッカのいる位置が結界の外なら、いつ襲われてもおかしくないもの」
リィはこともなげに言うが、これはそう易々と出来ることではない。脳内に寸分の狂いのない地図を描き、魔法の位置を照らし合わせるのだ。魔法を使った経験がない──正確には忘れているのだが──レイルですらも、唖然としている。
「・・・騎士長の人外っぷりが改めて証明されたところで、その・・・ルッカちゃんは大丈夫なんですか?」
「大きな怪我はなさそう」
リィはルッカを壁際のベンチに座らせて、
「なんで、村から・・・結界から出たの?」
「・・・王都に、行きたかったから」
「王都に?言ってくれれば遊びに連れてきたのに・・・」
「違う!」
突然ルッカが叫んだ。涙で潤んだ瞳でリィを見て、
「そうじゃない。お姉ちゃんは何にも・・・何にも分かってない。分かるはずない!」
「───」
「お姉ちゃんもサクリも、私をおいて・・・王都で楽しくやってるだけのお姉ちゃんに、村に一生いるのかって思った私の気持ち、分かるはずない!」
「嫌い・・・何もかも、嫌い・・・」
沈黙が空間を支配する。それを破ったのは、リィだった。
「───どうして?」
「何もかも嫌いなら、魔獣に殺されそうになったとき、どうして私に助けてって言ったの?」
「それ、は・・・」
言葉に詰まったルッカ。追い打ちをかけるようにリィは、
「・・・確かに、私は仲間と一緒に楽しくやってる。なら、ルッカは私の気持ちが分かるの?」
「戦うのは怖い。戦わなくていいなら戦いたくなんてない」
「じゃあ、何で・・・」
「───戦わなきゃ、守りたいものを守れないから。もう、失われるのを見たくないから」
騎士達とルッカは、長い年月を経ても消えない哀しみの一端を感じた。
「あなたは、そうじゃないでしょう。村は知り合いも多くいるし、住み慣れている。王都よりは多少安全だわ」
「そんな、村と王都で違いなんて・・・」
「───言わなかった?・・・レイルは王都で、馬車の事故に遭って・・・記憶を失ったの」
そう言ったリィの瞳は揺れていた。
「ルッカは、これを聞いても王都にきたいって思える?・・・私が、ただ遊んで楽しくだけやってるって、本気で思ってるの?」
ルッカは何も言えなかった。何も言えないルッカを、リィは悲しげに見ていたが、やがて背を向けた。そのまま訓練場を出て行く。レイルが後を追った。
ルッカは顔を覆う。肩を震わせ、嗚咽を堪えて俯いた。
言いたいことはあった。だが、それを言えるときは過ぎ去り、言える相手はこの場にいない。
暗い心情を映し出したかのように降り出した雨が天井を打つ音だけが響いていた。




