~笑顔~
1
「リィ。僕に、剣と魔法を教えて欲しいんだ」
レイルにそう頼まれたのは、朝食を用意している時だった。数日前にレイルはリィ達の家に戻ってきていたので、自宅のキッチンでの料理だ。
「剣と魔法を?」
「僕は騎士だったって言ってたよね。ちょっとでも記憶を取り戻すために、使えるようになりたいんだ」
リィは何かを考えた後、一度首を振って、
「───分かった。そのかわり、手加減はしないからね?」
2
「・・・と、いうわけで、今日からレイルも訓練に参加するわ」
「皆にとっては久しぶり、かな。僕の治療をしてくれたのは皆だってリィに聞いている。───ありがとう」
騎士達全員が、驚いていた。───レイルの変わらなさに。
「記憶がなくても、俺達にとって副騎士長は副騎士長です」
誰よりも早く言葉を発したのはロート。彼は前に出て手を差し出すと、
「───これからもよろしくお願いします、副騎士長」
レイルはロートの手を握り、
「こちらこそ。・・・皆も、よろしく」
3
初めのうちは長いこと体を動かしていなかったせいもあり、少しの運動で息が上がってしまったが、訓練をやりはじめて三日四日立つと、騎士達についていけるようになった。
剣を練習していた記憶がないので、基礎から習う。やってみるとすんなりと動けて不思議だった。体に動きが染みついているのかもしれない。
剣の修練は順調に進んでいったが、魔法はそうはいかなかった。魔法にはイメージが大切だ。幼い頃のおぼろげな記憶だけでは上手く想像出来ないのだ。風と陰の魔法を使えるヴェールに実物を見せてもらいながら練習を続けた。
夜遅くになっても、レイルは魔法を放とうとしていた。
失敗が続く中、魔力が枯渇しかけたので練習を中断して、地面に横たわった。
リィが訓練場を覗きこむと、レイルは中央で寝転がっていた。わざと足音を立てて近付き、
「あんまり無理しないで。最初上手くいかないのは当たり前のことだもの」
リィはレイルの隣に腰を下ろした。レイルはじっとリィの顔を見上げ、
「僕は・・・焦って、いるのかな」
レイルがぽつりと呟いた。
「怖いんだ。意識は十歳のときのままなのに、体は十八歳で・・・記憶が、全くないことが」
「僕は、どんな人間だったんだろう。八年間、どういう風に生きてきたんだろう。・・・なんにも、分からないんだ。自分っていう存在が消えてしまいそうで」
───そのとき、リィにはレイルが凄く小さな子供に見えた。
レイルの腕をとり、袖をまくると深い傷痕が露わになった。事故のとき負った傷だ。完全に塞がっているが跡は一生消えないだろう。
傷を指でそっとなぞり、
「───私は、レイルに記憶があるかどうかっていうのはあまり気にしてないよ」
「え・・・」
「だって、レイルはレイルだもん。今までのレイルとの思い出は、私がちゃんと覚えてる。夢じゃなくて、現実にあったことだって分かってる」
レイルの顔を覗き込んで目を合わせ、
「自分が消えてしまいそうだって言うのなら、私がつなぎ止める。記憶の空白が怖いなら、これまでのレイルを知ってる私が、寄り添ってあげる」
「だから・・・焦らずにゆっくり進んでいこう」
にこりと笑ったリィを見て、レイルが顔を覆った。
やがて、レイルは体を起こした。背中についた砂と土を払う。リィに微笑んで、
「ありがとう、リィ」
───それはもしかしたら、記憶を失って以来初めての、心からの笑顔だったのかもしれない。
少なくとも、リィはそう思った。
もっと良い言葉があっただろう。レイルの求めていた言葉ではなかったはずだ。
でも、たとえほんの少しでもレイルの助けになれたなら。
リィは横で支えることしかできない。ならば、その役目だけでもしっかり果たそう。
レイルが笑顔でいられるように。
二人は家に帰るために立ち上がったのだった。




