~MEMORIES~
1
───声が、聞こえた。
幼い子供の声。
───声が、聞こえた。
友達とはしゃいでいる声。
───声が、聞こえた。
両親を呼ぶ声。
───青髪の少年の声が、聞こえた。
2
「それじゃ、ごめんリュナ。今日中に帰ってくるようにするから、留守番お願いね」
リィは支度をしながらリュナに声をかけた。レイルの傷が完治したので、思い出の地巡りをするのだ。
「うん。・・・いってらっしゃい」
手を振るリュナが可愛すぎて、思わずむぎゅっと抱き締めてしまう。
名残惜しく腕を緩め、立ち上がるとリィはレイルと手をつないだ。
「瞬間移動するから。───いくよ!」
「はい!・・・って、瞬間移動?」
次の瞬間、リュナの顔がゆらいで見えなくなり、村の入口に立っていた。村の西側には森が広がっている。天気がよく午前中なので、多くの人が働いているのが見えた。
「ここは、レイルの故郷のスィーブ村。フリーデン王国の隣の、リーシア王国にあるの」
レイルは食い入るように景色を眺めていたが、突然歩き出した。
「レイル⁉」
レイルはリィの声も聞こえない様子で村の中を歩く。村人達の視線を浴びながら、レイルが立ち止まったのは───
「この家・・・レイルの・・・!」
扉をノックすると、青髪の女性が出てきた。その後に、男性も。
リィはここに来る前に迷った末、現状を伝える手紙をレイルの両親宛てに送っていた。
寂しげな顔の二人に、レイルは───
「お母さん、父さん・・・」
父も母も、リィも驚愕の表情を浮かべた。
「レイル、あなた、記憶が───」
震える手で口元を覆ったリィが囁く。
「全部、じゃない。でも・・・子供の頃のことは、思い出してきた」
レイルの口調が変わった。───かつてに近い口調に。
レイルは家の庭に植えてある大きな林檎の木を指で指し、
「あの木に登って林檎をとろうとして、落ちたことがある」
「───」
「他にも、広場でチャド達と遊んだこととか───」
レイルの言葉が途中で途切れたのは、母が思い切り抱きしめたからだ。
「本当に・・・本当に、思い出したのね」
「嬉しい・・・凄く、嬉しい・・・!」
3
玄関先での一幕を経て、四人はリビングに向かい合ってソファーに座っていた。
「つまり、十歳から今までの記憶はなくしたけど、生まれてから十歳までの記憶を取り戻したってことか・・・」
リィの呟きに父と母が頷くが、何のことかさっぱり分からない。その様子に気付いたリィが、
「レイルは十歳のとき、一度記憶を失ってるの」
聞けば十八年生きてきた中で、二回も記憶喪失になっているらしい。どうにか十歳のころの記憶を探す。
───浮遊感の直後、凍るような冷たさに包まれ、頭に重い衝撃が───
「───井戸」
「そう、井戸だ。井戸を覗き込んでいて落ちて、そのあとは───」
何も、ない。
井戸に落ちた瞬間の記憶と、目覚めてリィを目にした記憶の間に、空白が横たわっている。
それが、途轍もなく恐ろしく思えて───
「無理に思い出そうとしないほうがいいわ。───少し、風にあたってきたら?」
リィの声で、自分が汗をかいていることに気付く。立ち上がり、表に出た。
「・・・リィさん、あなたにも迷惑をかけるわね」
レイルの母が声を発した。
「いいんです。お義母様の気にすることではありませんから。───それに」
「それに?」
「レイルは、どこも変わってません。私の知るレイルと、どこも変わってない。だから、大丈夫です」
これは嘘でもなんでもなく、リィの本心だ。微笑んだリィに、二人は息をのむ。
「レイルはいい奥さんを見つけたわね」
「ああ。・・・羨ましいぐらいだ」
「・・・ちょっと、それどういう意味なの」
「───さて」
失言を誤魔化し、レイルの父は頭を下げた。
「息子のこと、よろしくお願いします」
4
その後、新婚旅行で行った海や沢、リィの実家などをまわったが、十歳から後の記憶は戻らなかった。
「ごめん、リィ。思い出せなくて」
「いいの。それより、今日はどうだった?」
「楽しかった。───良い、思い出になったよ」
ふと、思った。
記憶を失ったままでも、新たな思い出を積み重ねていければそれでいいのではないか、と。
事故に遭って、下手したら死んでいたかもしれない。そんな中、今も生きている。生きてくれている。こうして、話ができる。
───それだけで、充分だろう。
『過去』を取り戻すことばかり考えて、『今』を蔑ろにしないようにしよう。思い出を作り上げていく中で、記憶が戻るなら最高だ。
リィとレイルと、リュナやサクリ、テセウス、騎士団の皆と、開いている空白を埋め尽くすような思い出を。
「あの、リィ」
決意を固めていると、レイルが話しかけてきた。
「瞬間移動って、凄いね」
「あれは、一度でも行ったことがあれば移動できる・・・って」
しばし黙考し、がばっと顔を上げると、
「何で私、気を失ったレイルを運ぶとき、瞬間移動使わなかったんだろう──────!」
大体頭を強打しているのに揺らすとは。
大事にならずにすんだからよかったものの───
「・・・私も、まだまだだな」
冷静さをなくした自分に呟いたのだった。




